フジロック2015で思ったこと。「音楽における再帰的な身体性」。

フジロック2015の土日に行ってきました。いくつか印象が残ったのだけれど、特にトッド・ラングレンのEDMスタイルが強烈で、そこから全体的な傾向をこじつけてみました。
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東郷正永 @TOGO_Masanaga

今回、身体と音楽というもう言い尽くされているだろうテーマを改めて思ったなあ。音を素材として扱うという態度がテクノのひとつの要素だと思うけど、技術が進化して素材として扱えばなんでもできてしまうようになった、という再帰的な立場からの、身体と音楽の関係性の再構築。

2015-07-27 01:56:01
東郷正永 @TOGO_Masanaga

21pilotsや、キュウソネコカミや、cero や、FKAtwigsなど、今回いいなあと思ったものの多くに「身体」という要素があったように思う。21pilotsは必ずしも音楽的には必要のないであろうピアノの生演奏(なにしろ彼らはボーカルとドラム以外はすべてバックトラック!)。

2015-07-27 02:00:11
東郷正永 @TOGO_Masanaga

キュウソネコカミはバンドで演奏してたと思ったら、バックトラックが流れるとドラムとベース以外楽器放り出して踊り出すことに驚いた。ceroはいかにも文学ロックという雰囲気のバンドだけど、なぜかチープなアナログシンセを隠し味に使ってる。まあ、ここまではまだ再帰的、という説明にすぎない。

2015-07-27 02:02:46
東郷正永 @TOGO_Masanaga

ところがFKA twigsは、テクノといってもいいバックトラック+ボーカルの構成だけど、声を出す楽器としての身体という感覚が強烈。実際言葉ではない音としての声を使う曲もあった。ダンスも音楽にのせているというよりは、ダンスもまた音楽を奏でる行為のひとつだ、というような感覚で踊る。

2015-07-27 02:05:59
東郷正永 @TOGO_Masanaga

ということを考えると、御大トッド・ラングレンがなぜかDJセット+ダンサー2人で、EDMのようなステージを見せたのは、このテクノを経由したあとの再帰的な身体性、みたいなものへのトッドならではのチャレンジだったのではないか。あの微笑ましいステップを踏むダンスも、上手い下手じゃない。

2015-07-27 02:08:37
東郷正永 @TOGO_Masanaga

これと重なるのがシーナ&ロケッツ。鮎川誠はお世辞にも歌は上手いとは言えないと思うけど、亡くなった(…残念!)シーナの代わりに誰かを立てることを拒絶して、自らの声で歌った。誰かを立てることはテクノではないけど、音楽を素材化するということで共通するところもあるんじゃないかな。

2015-07-27 02:10:48
東郷正永 @TOGO_Masanaga

そして最後に見たのが、電撃ネットワーク。笑い転げたけれど、まさに「身体を張った芸」であることに間違いない。まあここまで来るとこじつけだが(まあ最初からこじつけだがw)、しかし「音楽における再帰的な身体性」というのは、今後さらに重視されるような気がする。

2015-07-27 02:14:11
東郷正永 @TOGO_Masanaga

情熱大陸で見たダンサーの菅原小春さんについても、なんかずっと似たようなことを考えている。再帰的な身体性、というのは音楽に限ることでもないのかもしれない。

2015-07-27 02:19:05
東郷正永 @TOGO_Masanaga

文学における身体性とはなにか。さらにそれが再帰的になるというのはどういうことか。

2015-07-27 02:37:00