今一度考える、福島事故におけるベント操作を中心とする現場対応と今後の対策

1年ほどまえだが、事故当時の1Fでの状況と現場対応について事後的に(つまり後知恵で)検証し、リスク低減という観点で今後の事故対策について考察していた。せっかく色々調べながら書いたので、忘れないようまとめておく。
21
Flying Zebra @f_zebra

しばらく前にも少し言及したと思うが、原子炉の過酷事故におけるベントについてもう少し考えてみたい。1F事故では、いよいよベントが不可欠となった時には既に弁操作の手段の多くを失っていて、思うようには実施できなかった。もし、もっと早い段階でベントを決断、実施していればどうだったか。

2014-10-08 23:05:12
Flying Zebra @f_zebra

発電所正門のモニタリングポストでの空間線量率は、震災の翌日、3月12日早朝、午前4時頃に元々の0.1μSv/h未満から約4μSv/hに急上昇している。その後、1号機爆発や3号機ベントのタイミングで一時的に数百μSv/hまで上昇するが、すぐに4μSv/h程度に戻っている。

2014-10-08 23:06:30
Flying Zebra @f_zebra

これは、爆発やベントによるFPの放出は限定的で、空間線量率の背景値にほとんど影響を与えていないことを示している。一方、12日午前4時頃の線量率上昇をもたらした放出は背景値を4μSv/h押し上げるだけの、まとまった量であったことが分かる。線量率の値は東電事故調報告書p269による。

2014-10-08 23:07:28
Flying Zebra @f_zebra

次に線量率の背景値が大きく上昇するのは14日深夜で、一時的な急上昇を除いても背景値として300μSv/h程度まで上昇してしまっている。これは2号機の、ベントによらない気相部からの漏洩であることが分かっている。FPの放出量としては、もちろんこちらが桁違いに多い。

2014-10-08 23:08:38

FP:fission product 核分裂生成物

Flying Zebra @f_zebra

事故の際に大気中に放出され、今なお住民の帰還と正常な生活を阻んでいるFPの大部分は14日深夜から16日にかけて、主に2号機から放出された。制御されたベント操作によらない、格納容器からの直接漏洩は周辺環境に非常に大きな影響をもたらす。

2014-10-08 23:09:56
Flying Zebra @f_zebra

新しい規制基準ではフィルタードベント装置の設置が義務付けられているのはこれが理由だ。ところが、フィルターを介さない従来のベント操作の効果と、それに加えてフィルターを追加した場合の効果が検証されているわけではない。何となく「安心」というだけで、「安全」に効果があるのかは疑問だ

2014-10-08 23:11:52
Flying Zebra @f_zebra

BWRでは、ベントラインはサプレッションチャンバから繋がっていて、水をくぐらせた上で(スクラビングと言う)大気中に放出することになっている。これでどの程度FPが除去できるのかはデータが少なく評価が難しいが、3号機のベント操作と正門MPの線量率変化から、ある程度推測できる。

2014-10-08 23:12:12

MP:モニタリングポスト

Flying Zebra @f_zebra

ベントのタイミングで線量率は急上昇するがすぐに戻り、上昇前との変化は読み取れない。つまり、濃いプルームが通過する際には一時的に線量率が上がるが、FPが沈着して線量率の背景値が高くなることはほとんどない。スクラビング効果で、気体成分以外のFPがかなり除去されていることが伺える

2014-10-08 23:13:32
Flying Zebra @f_zebra

後知恵ではあるが、もし仮に近隣住民の避難完了や官邸、保安院の許可を待たず、速やかにベントを実施していれば結果的にFP放出の大部分は避けられ、近隣住民の初期被曝もかなり低く抑えられた可能性が高いと思う。今さら言っても仕方ないが、今後の防災計画を考える際には考慮すべきだろう。

2014-10-08 23:14:42
Flying Zebra @f_zebra

なお、12日午前4時に4μSv/hの線量率上昇をもたらしたのはベント操作ではない。所長が総理、経産相及び保安院にベント実施を申し入れたのは12日午前1:30頃だが、経産大臣がベント命令を出したのは午前6:50、実際に作業を開始したのは午前9:04である。

2014-10-08 23:15:28
Flying Zebra @f_zebra

遠隔操作での弁操作ができず、既に現場は高線量となっていて手動での作業も大きく制約されていたためベント作業はなかなか進まず、最終的にD/W圧力の低下からベントの成功を確認できたのは12日14:54頃だ。では、午前4時の放出は何が原因だろうか。

2014-10-08 23:16:03

D/W:ドライウェル。BWRの原子炉格納容器のうち、原子炉容器(圧力容器)が納められている容器。もう一つがS/C(サプレッション・チャンバ)

Flying Zebra @f_zebra

どの事故調報告にもはっきりとした原因は書いていないが、この時間帯の作業内容は細かく記載されており、そこから読み取ることができる。11日夕方から12日未明にかけて、ICによる冷却・圧力抑制が働いているにしては説明の付かない事象が続き、対策本部は原子炉への注水を試みていた。

2014-10-08 23:17:25
Flying Zebra @f_zebra

電源に依存する通常の注水系統は全て使用不能だったため、ディーゼル駆動消火水ポンプ(D/D-FP)を使って消火水系統から注水しようとしていた。ところが燃料切れ、バッテリー上がりにセルモーターの地絡とトラブルが続き、D/D-FPを用いた注水はなかなか成功しなかった。

2014-10-08 23:18:20
Flying Zebra @f_zebra

そこで、消防車を用いた注水の検討も同時に行われ、12日午前2時頃から津波の瓦礫を撤去しながらタービン建屋大物搬入口付近の送水口の捜索を開始した。ようやく見付けた送水口に消防車のホースを繋ぎ込み、消防車から原子炉への中止を開始したのがちょうど午前4時頃である。

2014-10-08 23:19:18
Flying Zebra @f_zebra

消防ホースの接続部は、気体を密封する仕様にはなっていない。送水口から原子炉に注水できるラインが繋がったということは、逆向きに流れれば原子炉から送水口までFPが出る道ができたことになる。消火水系統には、普通は逆流を防ぐ逆止弁は設置されていない。

2014-10-08 23:20:20
Flying Zebra @f_zebra

この時間帯には他に関係のありそうな作業は見当たらず、2号機からの大量放出に次ぐ規模のFPを放出したイベントは、消火水系統を使った注水ラインを逆流した、1号機原子炉容器からの直接放出であった可能性が高い。つまり、スクラビングは効いていない。

2014-10-08 23:20:43
Flying Zebra @f_zebra

所長が格納容器圧力異常上昇と判断したのは12日午前0:49なので、そこから速やかにベントに向けた操作を開始していたとしても、消防車を用いた注水開始より前にベントが成功していたかどうかは分からない。しかし、ベントの目処が立っていれば低圧注水はベント後にしていたかもしれない。

2014-10-08 23:22:08
Flying Zebra @f_zebra

また、FPの大部分を放出した2号機では1号機が水素爆発を起こした12日夕方にはいずれベントが必要になると判断し、準備に着手している。何度かラプチャーディスクを除くベントラインを構成していながら、弁を開状態で固定できないことから何度もやり直しを強いられている。

2014-10-08 23:23:32

ラプチャーディスク:破壊弁。通常は「閉」で、ある設定された圧力に達すると弁体が破壊することで「開」となる弁。ディスクはその弁体。

Flying Zebra @f_zebra

しかも、官庁等への被曝影響評価の説明や避難状況の確認を待ったり、班目原子力安全委員会委員長からベントより減圧・注水を優先するよう連絡が入ったりと、現場の外からも邪魔が入っている。この時期(12日以降)、現場実態からかけ離れた具体的な要求が官邸等から頻繁に出されている。

2014-10-08 23:25:14
Flying Zebra @f_zebra

ベントの実施は官邸や保安院の許可を得るまでもなく、東電の役員判断でできることになっていた。従って東電に大きな責任があるのは当然だが、現場の実態も非常時のルールも無視して混乱を助長した当時の政府首脳は大いに反省すべきだと思う。

2014-10-08 23:25:45
Flying Zebra @f_zebra

2号機で速やかにベントが実施できていれば、大規模な放出は避けられた可能性が高い。1号機での消防ホースからの漏洩が避けられなかったとしても、発電所敷地外での線量率は強制避難が必要なレベルに達することはなかっただろう。1~3号機の全てが炉心損傷したとしても、である。

2014-10-08 23:48:06