同題ペダル

しきや @nohonoka

部屋が仄明るいのは月ではなく外灯のせいだ。汗に湿ると黒髪が畝にそって光に青く黒く色を帯びることはよく知っている。夜の雲みたいに夜の海みたいに俺をあやす髪に潜りこんで深く息を吸う。埋もれた薄い耳の縁を齧る。汗くせーだろって含み笑いは生臭い残り香を揶揄う。春だ。 #同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

青八木と青八木んちの犬なんかどっちも喋らないで会話してんだぞ、というのが純太の言い分だった。俺なんかまだまだだと言いたいらしい。犬みたいにずっと触っていられるならそれでもいいかも。けどそうもいかないから声で触れてほしいから「純太は喋って」。照れた。言葉は要る。　#同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

選択授業がわかれて純太のノートにのたうつ数式は謎の呪文レベルだ。→は「ならば」と読むのだと思い出すにも相当時間がかかった。pに髪をラクガキして、目玉をひとつ描いて、それ俺なのか。純太に絵心はない。壊滅的だ。「これは真」。どうやらすごい告白をされてるらしい。 #同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

筒抜けですやんと呆れられた、隠したくないんですかと訊かれた、純太に全てを読み取られる俺は随分無防備にみえたらしい。純太は気持ちは偽れないよって言う。俺を騙してもいいけど自分に嘘をつくと心が死ぬよって言う。だから俺は純太を好きでいていい。俺の心は純太が守っている。#同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

高速で回転するスポークでは薄い漣のように形にならない。路面に落ちたホイールと丸まった背中と西日を踏んで前へでる。二人では逃げるも逃がすもない。山を周回するあいだ俺達はくりかえし互いの影を踏み抜いては走り続けた。あの夏最後の鬼は俺だったから、いま純太の影を踏む。 #同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

黒は黒で描かない。黒を黒だと知っていることと黒を見ることは違う。光と影の複雑な視覚効果は黒い髪に、沈む青、藍紫、膜のような飴色、淡黄をのせて、指にかきまぜられてまた色を変える。あっちー、まだ五月なのにな、ボトルを抛ってくる純太が俺を見て目を細める。「光の色だ」 #同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

純太と進路がわかれ、気軽に夕食の待ち合わせすらできない距離にわかれたことを、驚いたのはむしろ周りのほうだった。純太にいわせると合宿のあとから俺は怖いものしらずになったらしい。「漕げる距離でゴールは青八木」と言われて何の不安があるだろう。山越え谷越え純太がくる。　#同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

ガラスではなくてアクリルで何十センチもあるらしい。テレビで聞いた話をすると、人懐っこいイルカと顔を見合わせていた純太は、こんなに近くに見えてんのに、とくっつくくらい顔をよせた。「それってちょっと怖いよな」と呟く横顔。薄暗い水底、俺たちは手を繋いで大水槽を眺める。#同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

ハチマキで右足と左足を括るとそれで準備は終った。ちょっと遅れぎみの進行で、あとすこしかかりそう。購買でポカリと午後ティを買って、後輩の走る障害物競走を応援する。まだ競技じゃないから肩は組まない。足首だけを繋げて歩く。自転車と違ってくっついても倒れないのが新鮮だ。#同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

台風の丸がだんだん大きくなっていく天気図、あれは台風の大きさではなくて進路の可能性の幅なんだと教わったのはいくつのときだったろう。北へ東へ、あらかじめ決まった、でも扇型にひろがった予測図が未来という言葉のイメージになった。偏西風の急カーブ、このあたりが純太。 #同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

おまじないでもジンクスでも何でもいいよ、ようはいいイメージをつくってルーチンにする。いかにも俺がいいそう。いったらしい。あの頃は互いがいればそれが最強のイメージだったからそれでよかったんだけど、そばにいないからってそれはどうだろう。だからスマホの俺を撫でるな。 #同題ペダル 青手

しきや @nohonoka

距離がゼロだからってなるわけじゃない。触れる。掴む。抱きつく。どれにもいつもの、俺だけにわかる、笑顔がかえる。オールグリーン。見つめる。呼ぶ。スイッチなんてオンオフじゃなく、もっと淡い。もっと揺れてる。実験検証、データが足りません。まだ俺の知らないはじめがいる。#同題ペダル 青手