『PANDA ~色を失くしたらっこ達~』

19世紀初頭、人類はパンダと遭遇する。
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ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

『PANDA~色を失くしたらっこ達~』

2015-08-20 22:11:14
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

19世紀年、ユーラシア大陸で一つの種が見つかる。彼の種は色を何処かへ捨てて来てしまったかのように、単調な色合いの毛皮で、竹藪の奥で何かを護るように佇んでいたという。その脚は走るのに向かず、彼の種はその場を動こうとはせずに笹のみを食べていた。

2015-08-20 22:14:35
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

人類は彼の種に、竹やぶに住まう者、という意味でパンダと名付けた――これは人類が『PANDA』と誤認した彼の種の物語である。

2015-08-20 22:16:26
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

オホーツク海よりユーラシア大陸へ、彼の海に漁船が居れば漁師は港に帰ってこう語りついだであろう。『海を覆い尽くすような巨大な魚が居たんだ」と。しかしそれはほら吹きと笑われるべきであり、事実を伝えるものではなかった。彼の海を覆い尽くさんとする影は、らっこの大群。

2015-08-20 22:19:06
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

己が住処であるオホーツク海を捨ててユーラシア大陸を目指すには意味があった。らっこの女王たる『ホタテを喰らう者』の懐妊。らっこの群れは女王の息子たる次代の王の為に、身重の彼女を最適な場所へと送り届けんとしていたのだ。もちろん、斯様な速度での曳航が続くわけもない。

2015-08-20 22:21:23
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

先頭を往くらっこ達は皆、女王の名と、産まれいでる次代の王への幸いを叫んでは、その身を深海へと委ねて群れから消えていく。斯様な過酷な行軍であってもらっこ達の統率は乱れてはいなかった。互いに手を繋ぎ、背には女王を乗せ、脚は休むことなく海を掻いていた。

2015-08-20 22:23:35
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

一億を超すらっこの群れが、半ばを喪った頃。彼等の体毛は色合いを喪いつつあった。決死の泳法は彼等の力を喪わせていくのだ。しかし女王に泳がせるわけには行かない、彼女には今代のらっこの力と色を時代に受け継ぐという崇高な責務があるのだから。荒れる海原で顔を挙げたらっこは見る。

2015-08-20 22:25:40
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

そう、ユーラシア大陸より、大海へと出でる大河、その河口を。

2015-08-20 22:26:07
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

大河を遡上するらっこ達の旅は過酷を極めていった。潜るに適した彼等の泳法も、背に載せた女王の為に発揮できず、まるで神の与えた試練かのような嵐と共に荒れる大河は、力尽きたらっこ達を呑み込み、彼等の心を砕いていく。女王を担いでいた老らっこ達が、若らっこ達を集め、女王を託しながら言う。

2015-08-20 22:28:34
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

『わしらが道となる』 そう告げた老らっこ達は、己が身を杭と化し、大河に打ち込んでいった。川上へと続くらっこ達の道、若らっこ達は風雨に負けぬ滂沱の涙を流しながら、先人の遺志を継いでただただ河上へ――。

2015-08-20 22:30:44
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

いつしか女王の伴は3匹のらっこのみとなっていた。彼等の旅は執着に近づき、大河は彼等を祝福するような穏やかさを見せ、周囲には長い茎をもつ植物が群生していた。その頃には泳ぐらっこ達の色素は須らく失われ、毛並は白く、ただ手や目の周りに黒の色彩を残すのみ。

2015-08-20 22:32:49
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

らっこ達は知らぬが、竹林と人類が呼ぶ場所を最後の場所と定めたらっこ達は、最も若く、しかし勇気ある若らっこに女王を担がせ、陸に上がらせる。最後まで伴をしていた残り二人は、震える脚で立ち上がる若らっこを支え、重い足取りで前へと進みだした彼を見送ると、川べりの石となって果てていった。

2015-08-20 22:35:28
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

若らっこが竹を健在に城を作り、笹を捧げて膳として数日が立ち……笹の山に寝かされていた女王の色が失われ始めていった。色を喪い、白と黒となった若らっこは、涙も、言葉すらも漏らさずにそれを見届ける。今代最後のらっことして、全てを見届けるまで果てる事は出来なかったのだ。

2015-08-20 22:37:55
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

そしてついに竹林に産声が上がる。それは笹のざわめきのようでもあり、しかして確かにこの世界には今までなかったものだった。若らっこは遂に堪えきれなくなったのか、頬に一滴の涙を流しながら産まれいでた時代の王、全ての色彩を持った仔らっこを抱きあげる。女王は一輪の竹の花となっていた。

2015-08-20 22:40:41
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

そして数年がたち、仔らっこが立派ならっこになると、既に海を泳ぐ術を失くし、よろよろと歩く事しかできなくなった若らっこは彼を抱えて、二つの大きな岩がある河原へとやってきた。これから彼は幾多の苦難を乗り越えオホーツクへと戻っていく。途中、らっこでなくなったらっこ達と出会いながら。

2015-08-20 22:42:26
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

仔らっこが元気に川を下り始めたのを見送った若らっこは、笹を手に竹林へと戻っていった。彼が最後まで抱いていたのは忠義だったのか、恋慕だったのか、竹林の奥に咲いた一輪の花を護る為に。

2015-08-20 22:43:31
ヒソヒソらっこ。 @Rakko1984

こうしてユーラシア大陸で人類は色を喪い、そしてらっこではなくなった若らっこに出逢う。 人類は彼の事をパンダと呼んだが、彼はそれを否定することはなかった。らっこの名を継ぐ者は今、オホーツクへと至ったはずなのだから。

2015-08-20 22:45:02