まとめ1

かいたのまとめた
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夜狐 @minori_1201

嘆いた所で現状が変わる訳ではないーーそれくらいの理解はあっても、嘆いてしまうのだから現界というのは厄介なものだ。サーヴァントという、全くもって己には相応しくない型を与えられたそれは、眉をつりあげて苛立ちを表明した。誰が聞いていなくとも嘆くくらいの権利はある。 「全くもう!」

2015-11-12 13:10:08
夜狐 @minori_1201

怒りと苛立ちを孕んでなお鈴を転がすような愛らしさを湛えて、その声は壁に反響し、虚しく床に落ちた。 鮮やかな薊色の髪は掬う指先を誘うほどに軽やかで、小さな顔に整った造作は、幼い形に完成された美しさで配置されている。白い肌は生まれてこの方世界に害されたことのない滑らかさだ。

2015-11-12 13:14:02
夜狐 @minori_1201

しかしその真白い素足は砂に汚れ、石に瑕を付けられ、無残な姿を晒している。壁に手を付き、その小さなサーヴァントは息を整えた。そうしている間にも後方からは、足音が近付いてくる。 あの人間、と彼女は内心だけで呻いた。いや、記憶に留めるのも屈辱的なので可能であれば覚えたくはないのだが。

2015-11-12 13:25:14
夜狐 @minori_1201

あの黒髭とか言ったあまり記憶に留めたくない男か、あるいはその部下か。今ひとつやる気にかける会話が漏れ聞こえるーー「ねぇ、本当に探すの」「仕方ありませんわ」ーーからには後者であろう。 逃げ切れるかもしれない、と彼女は足元に目を落とす。 全く侭ならない。人間相手に逃げるなんて。

2015-11-12 13:28:29
夜狐 @minori_1201

(全く皮肉な話だわ!) 自身の名の由来を思えばそうとしか思えず歯噛みして彼女は足音をひそめ、壁伝いに角を曲がった。 (駄妹も《私》も居ない、私だけの現界なんて) システムの不具合としか思えないではないか。 (しかもこの迷宮はーーアレ、でしょうに。糸も無いのよ、こっちは)

2015-11-12 13:31:31
夜狐 @minori_1201

世の理不尽を数えながら歩く。覚えていなさい、と誰に向ける宛もない決意をしながら。何より、理不尽を課す側の彼女に理不尽が襲い掛かっているこの現状こそ最大級の理不尽であった。

2015-11-12 13:34:23
夜狐 @minori_1201

息を殺し、歩く事しばし。幸いにして伝承に歌われる迷宮は、彼女に味方したようだった。追ってきていた足音が遠ざかって行く。安堵に胸を撫で下ろし、それから彼女は腕組みをした。糸はない。迷宮を切り抜ける加護は彼女にはない。何たる皮肉かと、改めて彼女は眉根を寄せた。

2015-11-12 20:39:07
夜狐 @minori_1201

さてこのまま迷宮を彷徨って、このサーヴァントとしての己は終わるのか。あるいは何者か、それこそ「怪物を倒す勇者」が現れて巨大な迷宮が砕かれるのが先か。考えるのも億劫になり彼女はその場に座り込む。が、僅かな休息すらも迷宮には用意されていないらしい。

2015-11-13 00:12:33
夜狐 @minori_1201

膝を抱えたその瞬間、彼女は悟った。ここは迷宮で、自分は彷徨いこんだ異物に過ぎない。安息など叶うはずもなかった。 ずるり、ずるりと重たい物を引き摺る音が近付いてきて、彼女は顔を上げる。陽の差しこまない廊下の向う、松明に揺れる影が角の方から近づいてくるのが知れた。

2015-11-13 00:17:46
夜狐 @minori_1201

揺れる影から察するに異形の類か。《迷宮》という形で顕現した宝具に引き寄せられたこれも《型》であろう。であれば、侵入者に好意のあろう筈もない。彼女は考える。 半端に与えられた戦う力には自覚がある。 確かに、彼女は弱い物だ。そして同時に完全でもあった。今はどうだ。

2015-11-13 19:55:02
夜狐 @minori_1201

半端に与えられた力こそが、間違いなく、その完全さを損ねている。 (不完全な人間がみっともなく悪足掻きするのものも分かるわね。ええ、ええ、分かりたくなんてないけれど!) 彼女は立ち上がり、思案した。道は2つだ。化物を突破して逃げるのか、元来た道を戻るのか。

2015-11-13 19:59:37
夜狐 @minori_1201

戻れば先の、黒髭の手下と遭遇する可能性がある。思案に裂ける時間も多くは無い。 結論としては、彼女は前者の道を選んだ。 あの男に捕まるくらいであれば、英霊としての死を迎えた方が幾らかマシ、という捨てばちな思考もあったかもしれなかった。

2015-11-13 20:01:23
夜狐 @minori_1201

ーー弓を構える。与えられた力は彼女の完全性を損ねるものだが、今は抗う術でもある。 ああ、まるで人間みたいじゃないの、みっともない。 内心の嘆きは一先ず飲み干し、巨大な蛇体を引き摺る魔物へ一撃を見舞う。狭い場所だ、相手の図体の大きさではかわしようもない。

2015-11-13 20:04:02
夜狐 @minori_1201

のたうつ蛇体の異形を小さな体ですり抜け、走る。だが。 「あら」「…あ」 巨体の異形の反対側に、銃とカトラスを構えた二人が、居た。 伝説となったのはその絆そのもの。故に、2つの体で現界しうる、無二の魂を持つサーヴァント。女海賊は瞬間、視線を交わし合い、すぐに動いた。

2015-11-13 21:28:44
夜狐 @minori_1201

迫る小柄な体躯に彼女は逃げようとし、背を向ける事も出来ず後退る。後方からはもう一人の声。 「傷付けては駄目よ、船長命令でしょう」 「無茶言うよね」 「ええ全く」 なる程、攻勢に勢いが無いのはそのためか。とはいえ相手は場数をこなした海賊の英霊。無力な女神が抗うには重荷だ。

2015-11-13 21:32:17
夜狐 @minori_1201

最初の一太刀が、身を掠めた。縮めた身体の横を掠めたカトラスの白に、受肉した身体は生理的な反応として背筋を強張らせる。彼女に負けず劣らず小柄な、しかし全身に負うた傷の多さが潜った鉄火場の数を容易く窺わせる姿は、振り抜いた白刃を手首の動きで返して、くるりと身を回す。

2015-11-15 23:02:58
夜狐 @minori_1201

「大人しくして」 感情を見せない淡白な声色に告げられた勧告に、歯噛みする。突き付けられた白刃が何をもたらすものか、無縁であった女神と雖も知らぬわけではない。

2015-11-15 23:16:18
夜狐 @minori_1201

怯えに身を竦めたと思われるのだけは屈辱だった。視線だけは上げて強く相手を睨み据える。眼前の女が、視線を受けて微かに揺らぐ。が、 「気を付けて。彼女には魅了の力があると聞いています」 後方で隙なくマスケット銃を構えた女の声に、すぐに視線の力が戻った。

2015-11-15 23:40:34
夜狐 @minori_1201

即座に小さな手が伸び、彼女を捕えようと動く。彼女は身を捩り逃げ出したが、その足元に銃弾が突き刺さり、たたらを踏んで停止せざるを得なかった。睨み遣る先には金髪に長身の女。

2015-11-15 23:42:32
夜狐 @minori_1201

「く――」 それでも視線を動かした先、小さな壁の亀裂を見つけて彼女は唾を呑んだ。カトラスを構える眼前の女と、背後で銃を構える女、挟まれていた彼女は壁に向かって走り出した。今にも転びそうになりながら、彼女は身を投げる。小さな亀裂は、小柄な体躯でも通り抜けるので精一杯だった。

2015-11-15 23:45:24
夜狐 @minori_1201

亀裂を潜った直後に銃声。銃弾は、彼女が転がり出た壁の外にまで届き、彼女を掠めてそこに生えていた木に刺さった。またも反射で身を竦めてしまい、恐怖よりは苛立ちで彼女は拳を握る。そうしながら辺りを見渡すことは忘れない。 四方を壁に囲まれたそこは、しかし光に溢れていた。

2015-11-16 14:12:58
夜狐 @minori_1201

南国のものであろう、鮮やかな羽根に長い尾を持つ鳥が一羽、彼女を恐れる風もなく舞い降りて、恭しく彼女の前に降り立った。 背後の亀裂の方からはまだ銃声と女の声がするから逃げ切れた訳でも無いが、四方を見て彼女は嘆息した。自分が潜った亀裂以外は、出入り口思しきものはない。

2015-11-16 14:16:17
夜狐 @minori_1201

(行き止まりね) 人間じみてみっともなく足掻いた結果がこれか。半ば諦めも交えて彼女は足元に頭を垂れる南国の鳥に手を伸べた。鳥は目に鮮やかな羽根を開いて、しかし彼女の手を無視してばさり、と羽音と共に飛び上がる。視線を向ければ、飛び去る先、迷宮に聳える壁の上に、巨大な影があった。

2015-11-16 15:57:27
夜狐 @minori_1201

遠目にも分かるような巨躯だ。 その両手足には何処かに繋がれていたのか、鎖が残っている。化け物、と最初に見えたのは、その人物が被った仮面のせいであろう。背後に太陽光を置いて逆行のため、影しか見えない。だが、その仮面の奥の眼差しがこちらを捉えたのを、彼女は知覚していた。

2015-11-17 21:47:24
夜狐 @minori_1201

赤く爛々と光るような眼はヒトのそれというよりは獣のそれだ。「それ」はゆっくりと物憂げに鎖の残った足を引き摺り、迷宮の中にぽかりと開けた中庭に、無造作に飛び降りてきた。 着地の重たい衝撃に、彼女は思わず後ずさろうとして、樹の根に足を取られて無様に座り込む。

2015-11-17 21:49:35