即興小説・悲劇作家と喜劇役者の話

即興で書いた話です。
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

ある街に、一人の劇作家がおりました。彼はいつも精力的に脚本を執筆し、時には自分で監督や演出を行い、いつしか不動の評価を得るようになりました。新聞も彼の舞台を褒めそやします。しかし、彼はその名声にとても満足できないでいました。それには、ひとつ大きな理由があったのです。

2016-01-02 05:18:38
佐々木匙@やったー @sasasa3396

劇作家は、いつもユーモアを込めて作品を作り上げてきました。言葉遊びや愉快な動き、あっと驚くどんでん返し。しかし、どういうわけか、彼の芝居を見た観衆は、いつも涙にくれながら劇場を後にするのです。なんて悲しい物語だろう、思わず泣いてしまった、と口々に呟きながら。

2016-01-02 05:21:13
佐々木匙@やったー @sasasa3396

劇作家は悩みました。どうして自分の舞台はいつも不本意な評価に終わるのか? 彼は演出に凝ったり、自分の名前を伏せたり、ありとあらゆる工夫を凝らしました。しかし、悲劇作家としての彼の栄光はいや増すばかり。だから劇作家は、いつも不機嫌な顔をしておりました。

2016-01-02 05:23:14
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて一方、こちらには一人の役者がおりました。彼はまだ年若い青年でしたが、類稀なる演技力と観察力、忍耐力に恵まれ、下積みから徐々に評価を得るようになってきたところでした。しかし、彼はいつもどこか不満げでした。それにはやはり、ひとつ大きな理由があったのです。

2016-01-02 05:26:30
佐々木匙@やったー @sasasa3396

役者は、いつも大真面目に舞台に取り組み、役を演じてきました。人物の繊細な感情を余すところなく表現する点に関して、彼の右に出る者はおりませんでした。しかし、彼の芝居を見た観衆は、一様にどっと笑い転げるのです。なんて面白い演技だろう、ああ、お腹が痛い、と。

2016-01-02 05:29:25
佐々木匙@やったー @sasasa3396

役者も悩みました。どうして自分の伝えたいことが上手く伝わらないのか? しかも劇団も、喜劇役者としての彼を重宝し、できるだけ楽しい芝居に出すようにするものですから、彼の笑いの名声はいや増すばかり。だから、彼もいつも不機嫌な顔をしておりました。

2016-01-02 05:32:50
佐々木匙@やったー @sasasa3396

ある日、劇作家は、一人の役者の名前を耳にします。どんな舞台も笑いと喜びに満ちたものに変えてしまう、魔法のような俳優。この人なら、自分の舞台を喜劇にしてくれるのではないか。彼はそう思い、早速役者に連絡を取ったのです。

2016-01-02 05:34:40
佐々木匙@やったー @sasasa3396

役者は、高名な劇作家の連絡に耳を疑いました。誰よりも深刻で涙の出るような作品を作り続けてきた作家。この人なら、自分を一流の悲劇役者にしてくれるのではないか。彼はそう考え、ぜひ主演をしてくれないかという提案に、迷う間もなくはい、と答えました。

2016-01-02 05:37:36
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、稽古が始まりました。新聞はすぐにこの舞台のことを聞きつけ、最高の悲劇作家と新進気鋭の喜劇役者との取り合わせを面白おかしく書き連ねました。はたしてどちらが勝つのか? 現場はそれどころではなく、衝突の連続でした。お互いがお互いのやり方について文句を言い合っていたからです。

2016-01-02 05:39:39
佐々木匙@やったー @sasasa3396

二人は、作風の違いに留まらず、性格も水と油でした。何かあるごとに衝突し、周りははらはらしすぎておっかなびっくりしながら毎日稽古に出ていたほどです。しかし、二人はそれ以上に芝居については真剣でした。劇作家と役者は互いに不機嫌な顔をしながら、準備はどんどんと進んでいきました。

2016-01-02 05:42:14
佐々木匙@やったー @sasasa3396

そうして、やがて初演の日がやってきました。晴れているような、曇っているような、なんだか少し煮え切らない天気の日でした。人々は口々に、一体どんなお芝居になるのかしら、と話し合いながら劇場へとやってきました。開演のブザーが鳴り響きます。さあ、劇の始まりです。

2016-01-02 05:44:16
佐々木匙@やったー @sasasa3396

その舞台は、一見なんだかとてもちぐはぐな印象を受けるものでした。演出や物語は明るいのに、どこか寂しさと薄暗さがありました。でも、主演俳優はまるで道化師のように観客の笑いを誘うのです。劇を見ている者たちは、笑ったり泣いたりしているうちに、だんだんその様に引き込まれていきました。

2016-01-02 05:49:01
佐々木匙@やったー @sasasa3396

役者が他愛のない洒落を言う時、観客は思わずくすっと笑いながら、その裏にある絶望や苦しみを思いました。登場人物が辛い運命に翻弄されている時、観客はその裏腹のおかしみに薄く笑みを浮かべました。その舞台は悲劇でも喜劇でもなく、また、その両方でありました。

2016-01-02 05:52:06
佐々木匙@やったー @sasasa3396

やがて、最後の場面の照明がふつりと消え、幕が降りました。劇作家と役者は息を呑みます。観客席は、しん、と静まり返っていました。ぎゅっと心臓を掴まれているような苦しさが、二人を襲いました。失敗だったろうか、と。

2016-01-02 05:54:24
佐々木匙@やったー @sasasa3396

その次の瞬間、爆発するような大きさの拍手と歓声が、劇場全体に響き渡りました。幕が再び上がり、カーテンコール。役者は観客席を見ました。彼らは泣いても笑ってもおりませんでした。その両方を兼ね備えた、なんとも不思議な表情をしておりました。彼は、目を細めて深々とお辞儀をしました。

2016-01-02 05:56:58
佐々木匙@やったー @sasasa3396

あまりに拍手が続くので、やがて劇作家も舞台へと出てきました。歓声はさらに大きくなりました。劇作家は役者の手を取り、大きく腕を上げました。汗まみれの役者は、ちらりと作家を見ます。作家も、ちらりと役者と目を合わせました。仲の悪い二人ですから、周りは少し緊張します。

2016-01-02 05:59:26
佐々木匙@やったー @sasasa3396

二人は、それまで皆が見たこともないような表情で、ニヤリと初めて笑い合ったのです。歓声は続きます。二人は礼をしました。いつまでもいつまでも、この素晴らしい舞台への賞賛の声は止みませんでした。

2016-01-02 06:01:26
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「悲劇作家と喜劇役者の話」おわり

2016-01-02 06:02:05