@sq_tale “船”は若干の風にはさしたる影響は受けず、安定した“航海”を約束する。 だが、“結界”の中となれば別だ。 船団のほとんどが、これまでの”結界”越えにより、激風の中に沈んでいった。生き残りはわずか二艦。そこに旗艦はない。
2016-01-12 23:47:37@sq_tale それでもなお使命を果たそうとする彼らは、満身創痍ながら戦意を失っていなかった。 残りし船の一艦の中、短めにそろえた金髪の青年が、眼鏡越しの青い瞳で風貌の外の様子を睨め付けていた。臨戦態勢のために着込んだ鎧は、重量感を醸し出している。
2016-01-12 23:51:42@sq_tale 同じような意匠の鎧に身を包んだ部下が、小走りに近寄った。 「ヘルモーズ様、ローゲル卿より入電です」 「繋いでくれ」 操舵盤に近づきながら、ヘルモーズと呼ばれた青年は応じた。 通信兵が操作盤で二、三の操作を行う。
2016-01-12 23:55:48@sq_tale 操作盤中央部に埋め込まれた長方形の硝子板が淡く光り、その上に、掌に乗るほどの大きさの人物の朧な姿が映った。明暗のみで映るため髪や鎧の色は判別できないが、金髪の青年と同年代の顔立ちに見える男だった。霧に映る影のごとく不安定な姿に、ヘルモーズは語りかけた。
2016-01-13 00:00:03@sq_tale 「やあ、ローゲル。そちらの様子は?」 努めて明るい言葉を放つ。なにしろローゲルはひどく憔悴しており、倒れそうだったから。 「……今回は私が先行する」 返る言葉は静か。反してローゲルの表情は、半ば睨み付けるようだった。 「お前は後から来い、モーズ」
2016-01-13 00:03:24@sq_tale 「……陛下のことは、お前の責じゃない」 ヘルモーズの言葉に絶句の体。ローゲルはしばらく口を開かなかったが、それも長くなかった。 「どちらか片方だけでも到達できなければ、作戦は失敗だ。ならば、片方がその身を呈してでも、もう片方の安全を確保するべきだろう」
2016-01-13 00:05:57@sq_tale 「より危険な方がお前の分担なのに、理由があるのか?」 「お前にはウルディアちゃんがいるだろう!」 激高した声の中に我が娘の名を聞き取り、ヘルモーズは一瞬怯んだ。今すぐ船首を翻せたら、どれだけよかっただろう。だが、自分がここにあるのは、他でもない、その娘のため。
2016-01-13 00:08:59@sq_tale 「お前にだって、ハルフョズルがいるだろうに」 「私が戻らねば騎士養成所に入れるよう、手配した。問題ない」 「奇遇だね。ウルディアもだよ。君の預かり子よりは入所が遅くなるだろうけどね」
2016-01-13 00:13:51@sq_tale 今の故国は恵み乏しく、少ない糧を争う有様だ。だが、国土の護り手を育てる養成所ならば、少なくとも飢え死にはしない。彼ら帝国の双璧の実娘と被保護者となれば、養成所も素質を期待し、受け入れを約束してくれた。もちろん費用も謝礼も支払っているが。
2016-01-13 00:17:53@sq_tale となれば、どちらにも後顧の憂いなし。双璧は沈黙の中、互いに探るような目線を交わす。やがて、どちらからともなく凝りを溜息として吐き出した。 「ローゲル、結界はこんな俺らの事情など汲んでくれまいよな」 「結界は“アレ”を出さないためだけにある。そこに意思などない」
2016-01-13 00:23:51@sq_tale 「“アレ”にだって、昔は『心』があったのだがなぁ」 記録上でしか知らない、歴史の彼方に思いをはせる。「それが、どうしてこんなことになぁ」 「呆けているなら先に行く」 突如、ローゲルが言い放った。「せいぜい、無事を祈ってくれ、友よ。オーヴァー」
2016-01-13 00:28:51@sq_tale 「……あ!? こら! 抜け駆けはずるいぞこのバカ!」 思わず伸ばした手は虚像を貫く。次の瞬間、ふつりと像が消えたのは、単にローゲルが通信を切ったからだろう。闇を取り戻した硝子板を前に、ヘルモーズは溜息一つ。 「……あいつは責任感が強すぎていけない」
2016-01-13 00:31:37@sq_tale あれは――双方の主君を奪ったあの現象は、ヒトがどうにかできるものではなかったのだ。だから責任を負って命を賭ける必要はないのに。 とはいえ、別の意味では命を賭けなくてはならない。目の前にある結界は、人の感傷を解釈して手心を加えてくれるわけではないのだ。
2016-01-13 00:36:17@sq_tale 「……いや、こいつはあいつへの侮辱か」 ローゲルとて心底では分かっているだろう。主君への哀悼を盾にした無茶など、部下を従える立場でするはずもない。彼一人であっても、やめてほしいが。 であれば、自分も今まで通り、彼と力を合わせ、難関を突破するだけのことである。
2016-01-13 00:42:16