即興小説・冬の日と穴の話

即興で書きました。
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

目の前に、真っ白で分厚い氷に覆われた湖があると思ってください。そして、そこに、一筋のスケートの跡がすうっ、と流れているところを想像してください。それが、その時の僕の視界です。今年の冬は一番乗りで滑ろうと思っていたところ、先を越されてがっくりきている鼻の頭の赤い子供、それが僕です。

2016-01-25 18:05:35
佐々木匙@やったー @sasasa3396

僕は、心底残念がりながらも仕方がない、とスケート靴を履き、滑る準備を始めました。後から兄たちも来るはずでしたが、待っていられません。一体自分より先にスケート遊びに興じているのは誰なのか、確かめてやろうと思いました。つう、と僕の靴は氷の上で滑り出します。

2016-01-25 18:07:49
佐々木匙@やったー @sasasa3396

爽快! 冷たい風がびゅんびゅんと頬を撫でます。僕は軌跡を辿って湖を滑っていきました。なんだかその跡はずっと真ん中の方を目指しているよう。僕は少し不安になりました。岸の近くで遊びなさい、と固く言いつけられていましたから。戻ろうかしら、誰も見当たらないし。そう思った時のことでした。

2016-01-25 18:10:30
佐々木匙@やったー @sasasa3396

白い景色の中、なんだか色が違うものが視界に飛び込んできて、僕は慌ててブレーキをかけました。ざあっ、と音を立てて僕の身体が止まります。それは穴でした。分厚い氷に空いた、丸いぽっかりとした穴でした。中は暗く、下の水が見えるような見えないような。スケートの跡はそこに続いておりました。

2016-01-25 18:13:27
佐々木匙@やったー @sasasa3396

僕はそれを見た瞬間、ぞっとしてひどく汗をかいたような心地がしました。慌てて岸へと引き返し、ちょうど到着していた兄達に穴のことを訴えました。たちまち大騒ぎになって、大人達やら消防やらが駆けつける騒ぎになったのです。僕はガタガタ震えながら、家へと帰りました。

2016-01-25 18:15:09
佐々木匙@やったー @sasasa3396

夕方になる頃、やはり湖に赴いていた父が少し変な顔をして帰ってきました。そして上着を脱ぐなり、僕に「なあ、本当にお前は穴を見たんだね?」と言うのです。僕は何回も頷きました。「それがどうもおかしいんだな。大人達で調べたが、湖のどこにも穴なんて空いてないんだよ」

2016-01-25 18:17:31
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「本当だよ、本当に穴が空いてて、そこに向かってスケートの跡が」僕は必死で言いました。父はそれを制止します。「うん、お前がそんなすぐばれるような嘘を言っているようには見えないな。わかっているよ。しかし、だとすると一体何があったのか」首を捻りました。

2016-01-25 18:19:49
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「……化かされた、のかもしれないね」そして父は、どこか神妙な口調で言ったのです。「化かす?」「ああ、何か、人でないもの、怪しいもの、そういう何かに、お前は誘われたのかもしれない。もしかしたら、そのまま湖の中に落とされていたかもしれないし、からかわれて終わりだったかもしれない」

2016-01-25 18:22:04
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「なんで僕なの?」僕は呆気に取られて聞きました。「スケート一番乗りを狙うくらい、元気のいい子だったからかもな。それはそいつに聞かないとわからない。でも、もしそうだとしたら、罠に引っかからないで無事に帰ってきて良かった。良かったよ」父はそう言って、僕の頭を撫でてくれました。

2016-01-25 18:24:24
佐々木匙@やったー @sasasa3396

その後しばらく、僕は学校で人騒がせな嘘つき扱いを受け、からかわれたり、遊びに誘ってもらえなかったり、ということがありました。そんな時、この父の言葉がどれほど救いになったことでしょう。「ねえ、父さん」しばらくした頃、僕は思い出したように父親に話しかけました。

2016-01-25 18:26:19
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「そういえばおかしいんだ。あの穴、よく考えたらきれいな丸になってた。普通、割れて人が落ちたならもっとギザギザの穴になるはずだよね」すると、父が愉快そうに笑ったのを覚えています。「そりゃあ、ずいぶんとまた詰めの甘い罠だったんだなあ」と。

2016-01-25 18:28:04
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、時はずいぶんと経ちました。僕は年老いた両親の暮らす田舎を離れ、都会で独り暮らし。この街は思い出の土地よりは暖かいところですが、それでも雪は降るし、冬の寒さは骨身にしみます。ある夜、僕はぶるぶると震えて目が覚めました。なんだか外が静かです。僕はカーテンをさっと開けました。

2016-01-25 18:31:05
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「おや」と声が出ました。外は雪が積もって真っ白になっていたのです。街灯の光が白に映えて、少し眩しいようでした。僕はなんだか年甲斐もなくわくわくして、思わずパジャマの上にコートを着込んでドアを開けました。外はもう降り止んでいたようなので、どうせなら一番乗りを狙おうと思って。

2016-01-25 18:33:17
佐々木匙@やったー @sasasa3396

さて、ドアをがちゃりと開いた僕は、地面を見て思わず動きを止めました。そこには、真新しい黒い靴の跡が点々とあったからです。なんだって、と僕は思いました。一番乗りのつもりが台無しです。僕はそのまま部屋に帰って寝ても良かったのですが、悔しくて外に足を踏み出しました。

2016-01-25 18:35:30
佐々木匙@やったー @sasasa3396

色を失いしんとした街に、足跡はどんどん続いておりました。僕はその足跡をずっと追っていきました。やがて目印が裏道に入っていったところで、僕はなんだか嫌な予感がして立ち止まりました。目の前に、なんだか黒いものがありました。穴です。丸く、大きな。石造りの道にぽっかりと空いた穴。

2016-01-25 18:38:15
佐々木匙@やったー @sasasa3396

僕はそれを見て、子供の頃のあの湖でのことを思い出していました。もしかしたら、これはあの時の化かしと同じなのかもしれません。なんだかよくわからないものが、僕を罠にかけようと、あるいはからかおうとしているのかもしれません。僕はすうっ、と息を吸い、声を出しました。「こらっ!」

2016-01-25 18:40:32
佐々木匙@やったー @sasasa3396

たちまち、穴と足跡は、するすると溶けるように消えていきました。後に残ったのは、雪と、僕と、僕の足跡だけ。僕は大きく息を吐きました。白い息は、ゆらゆらと雲で覆われた空に立ち上っていきました。僕はくるりときびすを返します。家に帰らないと。

2016-01-25 18:42:41
佐々木匙@やったー @sasasa3396

その後、似たようなことは特に起こってはいません。雪の日の次の日、僕は父に電話で話したところ、彼はたいそう面白がっておりました。冬の夜、僕は空を見上げながら考えます。あんな心臓に悪いいたずらじゃなくて、もっとかわいらしいやつなら、引っかかってやらないでもないのにな、などと。

2016-01-25 18:45:51
佐々木匙@やったー @sasasa3396

そう思った瞬間、空から何か小さなものが降ってきて、かちりと僕の額にぶつかりました。僕は小さく顔を顰めます。幸い、怪我をするほどのことではなかったようです。落ちたものは地面に転がり、なんだったのかはわかりません。首を捻る僕の耳元で、誰かが小さくくすくす笑う声が聞こえたようでした。

2016-01-25 18:48:01