【雪舞う十字路[Cross-Road]】

まじめなぴゅう太郎
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葛葵中将 @katsuragi_rivea

【雪舞う十字路[Cross-Road]】

2016-02-17 21:48:10
葛葵中将 @katsuragi_rivea

その日の舞鶴市は列島に押し寄せた寒波の影響からか気温が低く体に当たる風は冷たい。 その港湾部、連絡船待機所の少広場に設置されたベンチに少女は腰をかけていた。 海鼠色のショートボブ、えんじ色のスカート、外套を羽織り胸元には濃紺色のリボンが結ばれていた。 1

2016-02-17 21:50:32
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「矢矧ちゃん、遅いなぁ…」 少女は姉の名を口にした。この世に彼女が再び生を与えられた際に唯一覚えていた姉妹艦 軍艦の記憶が途切れる最期の時に見た光の影響で彼女の記憶は曖昧になっていた 人伝にあの大戦の話を聞いても、ライブラリの記録を目にしても未だにピンとは来ていない 2

2016-02-17 21:53:40
葛葵中将 @katsuragi_rivea

右も左もわからない状態だった自身を姉は一目見るなり大粒の涙を流しながら力強く、優しく抱きしめてくれた。 そんな矢矧のことが少女は大好きで彼女よりも上の二人の姉以上に懐いていた。 横須賀に籍を置き前線を張る彼女を誰よりも尊敬していた。 …ただ一つ、懸念があるとするならば… 3

2016-02-17 21:56:37
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「ごめん!酒匂、待った?」 少女は酒匂と、そう呼ばれた。声の先に視線を移すと件の姉がビニール袋を片手に立っていた 普段の阿賀野型制服と違い、酒匂同様に私服。 グレーのコートの下にベージュのセーターと赤いマフラーを首に巻き、 ボーイッシュなジーンズといった出で立ち。 4

2016-02-17 21:58:06
葛葵中将 @katsuragi_rivea

黒く長いポニーテールを靡かせる彼女こそ阿賀野型軽巡洋艦三番艦、矢矧。 末妹である四番艦、酒匂より大分大人びて見える少女だ。 矢矧の手に下げるビニール袋を見て、酒匂は少々呆れた 「ハイ、コレ。カイロでしょ、手袋に、帽子…あと」 姉は妹のこととなると過保護になるのだった。 5

2016-02-17 22:00:03
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「や、矢矧ちゃん!酒匂、大丈夫だから。全然寒くないよ!寒くない!」 「あら、そう?だって貴方そんな恰好をしてるものだから…」 こういった厚意はありがたいのだが時折、些か行き過ぎている様子は他から見ても否めないものであった。 「心配しすぎだよ〜!」 「そうかしら…?」 6

2016-02-17 22:02:07
葛葵中将 @katsuragi_rivea

酒匂と矢矧の二人はこの日特別に休暇を貰い、ここ舞鶴に足を運んでいた。 無論、上二人の姉も誘っての姉妹全員で小旅行と洒落込んだのだった。 それぞれの司令官達も快くそれを了承し、今日の実現へと至った。 戦線に身を置く彼女達にとってはしばし憩いの一時となる。 7

2016-02-17 22:04:38
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「やっぱり良くない…若いうちに体を冷やすと…」 ブツブツと何かを未だに口にする矢矧に酒匂は苦笑いをするしかなかった。 そんな姉を尻目に、ふと酒匂は頬に冷たい粒が当たる感触を覚え、空を仰いだ。 「…雪?」 気がつくと寒いながらも晴れ渡っていた空は曇天へと変容していた。 8

2016-02-17 22:07:18
葛葵中将 @katsuragi_rivea

薄灰色の背景に白い粉雪が舞う。肌に触れる度に瞬時に溶け、細かな水滴へと姿を変える粒を彼女は掌で受け止めた。 酒匂はその雫を見て、何かを思い出す。 「…ねぇ、矢矧ちゃん」 逡巡を含んだ声色と共に酒匂は顔を俯けた。矢矧は目を丸くし、彼女の顔を覗き込む。 「どうしたの?」 9

2016-02-17 22:09:12
葛葵中将 @katsuragi_rivea

急に顔色を儚い物へと変えた酒匂に矢矧は少々眉をひそめた。 「あの日も、今日と同じ雪だったね?」 あの日。その言葉を聞いた姉は全てを察した。 妹、酒匂にとって、自分含む阿賀野型四姉妹にとって、 その絆を確かめることとなった重要な事件と…それに関わった一人の士官の物語。 10

2016-02-17 22:11:37
葛葵中将 @katsuragi_rivea

時を二年前に遡る。ーーー11

2016-02-17 22:12:14
葛葵中将 @katsuragi_rivea

冬の十字路。冷たい風に身を凍えさせながら少女、酒匂は暗い道にぽつりと灯る街灯の先に立つ男の姿を見た。 その男は黒い第一種軍装を身に纏い、腕には「中佐」を示す腕章を巻きつけていた。 脱走を図った艦娘、ようするに酒匂を目の前にしても一切動じる様子も無い。 12

2016-03-04 00:14:41
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「…ハイ。舞鶴市内の…◯丁目付近の十字路です。」 男は手にしていた端末で酒匂の所属する鎮守府、舞鶴へと連絡していたようだった。 脱走兵、それも武装を解除していない艦娘となると檻を抜け出した猛獣と扱いは同様。 直に憲兵隊がここに来る。待ち受けるのはおそらく…処分。 13

2016-03-04 00:16:26
葛葵中将 @katsuragi_rivea

酒匂の頭によぎるのは、黒い囁き。 (この男を殺せば逃げ生き長らえる…) 良心の呵責がそれを阻むも、自身でも知らず知らずのうちに格納していた砲塔を展開し… 震える手を抑え男に砲身を向けた。 護国の民を守るための力をこんな形で行使することになるとは思いさえしなかった。 14

2016-03-04 00:18:22
葛葵中将 @katsuragi_rivea

(ごめんなさい!) 震える指を引き金にかけた酒匂に…男は左手の掌を向けて制した。 (えっ?) 変わらず電話の向こう側の相手と話しながらも一瞥するだけに留まった。 「…抵抗の意思は無いようだ。たしか彼女には姉妹艦がいただろう?その娘達だけで保護しに来てくれ。大丈夫だ」 15

2016-03-04 00:20:37
葛葵中将 @katsuragi_rivea

酒匂は驚愕の目を男に向けた。 たった今、命を奪おうとした相手に怖気づくことも無く慈悲を見せた男は、 酒匂が砲を下ろすのを認めると僅かに微笑み「いい子だ」と口だけを動かし、再び意識を端末に向けたようであった。 (何なの…この人…?) 16

2016-03-04 00:22:29
葛葵中将 @katsuragi_rivea

不審の目を向ける酒匂を他所に、男は話相手に対し怒号を飛ばした。 「それはあんたらの問題だ!知ったことではない!沖田少佐に…私は中佐だ。聞き入れろ。と伝えておいてくれ」 男は通話を一方的に切ったらしい。端末を二つに畳むと懐にしまい込み、ため息をついた。 「さて…」 17

2016-03-04 00:24:51
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「…おっと!撃たないでくれよ?出来ればその物騒な物をしまってくれるとありがたい」 男が両手を広げ大仰な動作と共に発したその言葉を聞き、慌てて酒匂は砲塔を納めた。 何故そうしようと思ったのかはわからない。この風変わりな男に従うべき。本能でそう感じての行動に他ならない。 18

2016-03-04 00:26:41
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「おじさん…誰?」 「…名乗るほどの者ではないが、おじさんでは無いな。それより…」 男は苦笑いを浮かべ肘にかけていたコートを酒匂に差し出した。 「私の物じゃない上に、持ち主もわからない。けれど今、君に必要な物だ。 …そんな姿でよくこの寒い中逃げ回っていたものだ。」 19

2016-03-04 00:28:48
葛葵中将 @katsuragi_rivea

酒匂の姿は舞鶴鎮守府を抜け出した時のまま。阿賀野型に支給された制服、薄着の状態。 温度調節機能(サーモスタット)による暖を取る方法は艤装を展開した際の主機のタービンの排熱に依存している。 今の酒匂は普通の人間が雪山に防寒着なしで投げ出されたようなものだ。 20

2016-03-04 00:30:40
葛葵中将 @katsuragi_rivea

男は凍える身の娘を案じてそれを差し出したのだろう。 彼の厚意を受け取らない理由は…無かった。 差し出したコートを受け取る酒匂を男は満足そうに頷くと、 路上に積もる雪など意に介さず座り込み顎髭を撫でた。 「私は北国出身らしい。何故だかこうして座ることに抵抗を感じない」 21

2016-03-04 00:32:19
葛葵中将 @katsuragi_rivea

男は空を見上げた。ちらちらと舞い降りる雪の結晶が顔に当たる度に瞬きをしているようであった。 「思い出せそうで…思い出せないな。それがいいことか悪いことかもわからない」 ふと憂いを帯びた眼差しに変わる男に酒匂は問いかけた。 「おじさんも何か思い出せないことがあるの?」 22

2016-03-04 00:33:53
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「…おじさん"も"?」 問いかける酒匂に男は問いで返した。憂いの目は無い。 酒匂は頷いた。自身の記憶の中にあるあの光を頭をよぎり眉をひそめた。 「そうか。じゃあこの十字路で私達が出会ったのは何か因縁めいたものでもあるかもしれないな。」 23

2016-03-04 00:40:26
葛葵中将 @katsuragi_rivea

男は瞼を閉じ、一息つくと先ほど見せたような穏やかな笑みを浮かべ語る。 「道とは交差するものだ。ここで私達の道は…重なったんだ」 冷たい風が辺りを吹き抜けては遊ぶ。暗い夜空の中で真摯な二つの瞳が少女を見つめた。 不思議と透き通るような眼の主は優しい口調で言う。 24

2016-03-04 00:47:48