♯1 知らない人から物を貰ってはいけません
只今から放流しますのは、探偵ランサシリーズ最新作の第7話【「呑気な探偵が事件を回す」♯1知らない人から物を貰ってはいけません】となります。頼んでもらえれば幸いですが、煩いようでしたらミュートなりリムなりしていただければと思います。それでは、始まります。
2016-03-08 21:02:28「手を頭の後ろに回して座って!しばらくおとなしくしているだけでいいんですよ」午後の閑静な地方銀行にそんな声が響く。続いて銃声。上に向けて発砲された弾丸が、白い天井に穴を開けていた。先ほど入ってきた男三人のうち一人が、急に拳銃を取り出し、そう叫んだのである。1
2016-03-08 21:03:18派手なバラクラバなどではなく、揃いのニット帽にサングラス。おそらく彼らこそが、ここ数日ニュースを騒がせている連続銀行強盗犯だろう。これで三件目の犯行となる。「おっと、通報なんて野暮な真似はやめてくださいよ。それはお互いにとって面倒な話になるだけだ」2
2016-03-08 21:05:16男はわざとらしく笑う。「どうせ自分の懐ではないんです。『ちょっと刺激的で嫌な思い出』程度で終わらそうじゃありませんか」そう言って一人が客を威嚇し、もう一人が行員に目を向ける。そして残った一人が金庫からカネを受け取る。そういう流れだ。3
2016-03-08 21:06:58「心配無用ですよ、我々の仕事の間そうやっていてくれさえすれば、あなた方には手を出しません。我々は人殺しが目的ではありませんので」客側を担当する男が、カウンターの上に立ち、拳銃を振り回しながらそう叫び、数人の客を威嚇し続ける。4
2016-03-08 21:08:31事態の異常さと拳銃という死と暴力の象徴への恐怖、そしてなによりこのような事件の当事者になってしまったという現実感のなさで、客のほとんどは茫然自失で言われるがままに手を頭の後ろに回して座っている。恐怖と緊張感が支配する空間。粛々と。恐々と。時間だけが過ぎていく。5
2016-03-08 21:10:05しかしそんな中、客である一人の男がゆっくりと手を上げた。くたびれたジャケット姿に、呑気と怠惰を乱雑に混ぜあわせたような、やる気の見えない表情をした男。熱を感じない、印象に残りにくい、いかにも平凡そうな男だ。だがそんな彼の行動は、平凡とは真逆であった。「あの、一ついいですか?」6
2016-03-08 21:11:39その行動に誰より驚いたのは他ならぬ銀行強盗犯たちである。「お前、なんのつもりだ!」慌てて二人で拳銃を向けてその男を威嚇する。だが男の方はそんな銃口にもほとんど怯むこともなく、どこか呑気な態度のまま立ち上がると、手を上げて一応の無抵抗を示しながら客担当の強盗犯の方へと寄っていく。7
2016-03-08 21:13:31人が良さそうに見えてなにを考えているのかわからない、気味の悪ささえ感じるうっすらとした微笑み。通常なら他人を警戒させないためのその笑顔が、今この場ではもっとも恐ろしい顔に見える。そもそも、こんな状況でなぜこの男はそんな表情が出来るのか。8
2016-03-08 21:15:01考えれば考えるほど、それと対峙する客担当の強盗は目の前まで来たその男の心理がわからなくなり、恐怖が込みあげる。おかしい。恐怖で場を支配しているのは自分たちの方ではなかったのか。男はそんな強盗犯たちの心理を知ってか知らずか、立ち止まると、ゆっくりと言葉を切り出した。9
2016-03-08 21:16:29「あ、いえ、実は私も同業者なんですが、下見に来たらあいにく、あなた方に先を越されてしまいましてね……」言葉を反芻する。同業者だと言った。下見に来たと言った。先を越されたと言った。ではこの男は何者なのか。目の前には笑ったままの顔。「いえ、あなた方の邪魔をするつもりはありません」10
2016-03-08 21:18:01「ただ、私も少しそちら側に混ぜてもらえれば、と思いまして」その提案に強盗犯たちも耳を疑い、呆然とするばかりだ。この男は突如やってきて、自分も仲間にしろと言い出したのだ。「……あんた、自分がなに言っているのかわかってるのか?」驚きを隠し切れないままに、客担当は呆然とそう尋ねる。11
2016-03-08 21:19:44だがもちろん、男の方の言葉はその程度では止まらない。「物の本にも書いてあるじゃないですか『銀行強盗は四人で行うのがいい。三人乗るのも四人乗るのも同じならば、四人の方が良い』って。自分で言うのもおかしな話ですが、お役に立つと思いますよ、私」「本当に、おかしな話だ……」12
2016-03-08 21:21:10我慢できずに、男に向けてあらためて銃口を突きつける。しかし、それによって男は返ってその笑みを強いものにした。「えっと、ではまずその銃の使い方について、ひとこといいですか?」向けられた銃口にまったく臆することなく、男はまるで自分が既に仲間に入れてもらったかのようにそう言った。13
2016-03-08 21:22:48「あなたのそれ、モデルガンですよね? あちらの方の物はともかく、その銃は本物じゃないでしょう」それを聞かされて、銃口を向けながらも、客担当は自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。その真実は、この場においてかなり危険な暴露である。「な、お前、なにを……」14
2016-03-08 21:24:15取り繕いながらそう言って、他の客を確認する。訝しむ視線が刺さる。だがそれ以上に、他の客もその一人の強盗犯の新メンバー候補の動向を凝視しているようである。なにしろ本当に強盗犯の仲間になってしまったのなら、この男もまた、客たちにとっては敵対的人物になりかねないのだ。15
2016-03-08 21:25:50ただ、当人はそんな周囲の目などまったく気にする様子もない。なんら変わることなく言葉を続けていくばかりだ。「いや、明らかに軽すぎるんですよ、銃の扱いが。心理的な面についてもあるんですが、それ以上に、なんというか、物理的に、ねえ……。だから、これを……」16
2016-03-08 21:27:26男はそれだけ言うと、客担当が呆然としている間に、懐に手を入れ、そこから一つの黒い塊を取り出した。重い金属の音とともにその塊がカウンターに置かれる。17
2016-03-08 21:29:21それはまさに、鉄の重みを伴った拳銃そのものであった。「え、お前、これ……」「多分、そちらの方が持っているものと同じものだと思いますよ。トカレフTT―33の中国での製造品、54式拳銃です。そちらのが正規品か密造品かまでは流石にわかりませんが……。ああ、私のは密造品です」18
2016-03-08 21:30:58しれっと、まるで家電量販店で商品の説明をするかのごとくスラスラとそんな説明が口から出続ける。誰もがその解説になんの反応もできないままでいたが、それを気にすることなく男の言葉は吐かれていく。19
2016-03-08 21:33:20「おそらく、日本でもっとも入手しやすかった拳銃ですよ。まあ最近はロシア製のマカロフとか他のも色々出回っているみたいですが、こんな地方都市なんかではまだまだこっちが強いですね。こいつらも横流しの横流しのさらに横流しくらいでしょうしね。それでもまあ貴重なものですが」20
2016-03-08 21:34:49聴き終えて強盗犯たちは思わずその男の顔を凝視した。いかにも平凡な風貌でありながら、その裏側にあるものは明らかに自分たちよりも危険ななにかである。銃を手放し、無防備であるにもかかわらず、この場の誰よりも恐ろしい。なんとかその恐怖を打ち消そうと、客担当は置かれた銃を手に取った。21
2016-03-08 21:36:30ずっしりと手に重い。先程まで持っていたモデルガンとは重みが違う。強盗犯たちは顔を見合わせ、頷き合う。「……わかった、アンタにも協力してもらおう……」そして、客担当は絞り出すようにそう口にした。なにより、彼を敵に回すのが恐ろしかったのだ。22
2016-03-08 21:37:49