宮廷歌手小森輝彦さんのツイートまとめ第24回「メンデルスゾーンのオラトリオを歌い終え、今思うこと」

日本人初ドイツ宮廷歌手、小森輝彦さんのツイートまとめです。
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小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

3月の演奏会です。 これで3か月のうちにメンデルスゾーンの二大オラトリオを制覇することに! 指揮は両方とも山田和樹さんです。 月並みな言葉だけど、本当にすごい作品です。曲の準備をする時間が至福の時間です。 bit.ly/1QjiUyd

2016-03-19 07:41:29
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

先日メンデルスゾーンの「パウルス」というオラトリオを歌う機会を頂いた。数年前にこの作品を歌わないかとお声がけを頂きながらスケジュールの都合で実現しなかった作品だったので、今回歌えて本当に嬉しかった。素晴らしい合唱を聴かせて下さったコーロ・ヌォーヴォの皆さん。その意味でもありがとう

2016-03-24 08:24:33
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

1月に仙台フィルで同じメンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」を歌わせていただき、この作曲家の大作オラトリオを両方演奏できた。しかもタイトルロール(って、言わないですけどね。普通) でもこの予言者や使途のパーソナリティーを担うというのは、単にオラトリオのソロを歌うのとは意味が違った

2016-03-24 08:26:28
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

なぜなら、世界中のキリスト教徒が知っているその人物を担う重責というのはオラトリオの一パートを歌うのとでは全く意味が違う。感情の動きや品性、キリストへの愛。すべて寄り添う必要があるから。そしてそうなる必然性があったのだと思うが、ものすごくドラマティックなオラトリオです。両方とも。

2016-03-24 08:27:58
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

この両パート、演奏会を終えて多くの方に「あってるね」といっていただけた。そういう意味ではこんなに重い賛辞はない、と言うくらい感激した。違和感がなかったと言うことは、それだけで一つ大切な仕事を全うできたことになる。色々反省はもちろんあるんですが。

2016-03-24 08:29:39
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

僕が日本に戻った頃に良くインタビューで喋っていたことがあって、それを今回思い出す羽目になった。 洋の東西のメンタリティーギャップ考察は僕のライフワークになる勢いだがそれ絡み。我々の自我、自己は欧米人のそれに比べて「弱い」といって差し支えない。これは表現者には致命的な欠陥になり得る

2016-03-24 08:31:18
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

そして僕は真剣に悩んだのだが、これは民族性であり、変えることがほぼ不可能と思っている。また、変えるべきでもない。 でも、演奏で自己表現をするべきなのは自明。どうしたら良いんだろう。我々日本人は。西洋音楽を東洋人が実践するという悩みでもある。考察は当然多岐にわたり、ゴールは遠い。

2016-03-24 08:33:08
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

僕が好んで話すメンタリティーギャップがらみのエピソードで草津音楽祭での話しがあるのですが、うーん。140文字だとむずいので、これは場所を改めて。 とにかく、誰もが「そうなんだよな。日本人は自分の表現が苦手」と言ってしまうケースが沢山ある。

2016-03-24 08:35:48
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

僕はドイツに渡ったあとメンタリティーギャップについて考えて考えて、最初はとにかく「自分を出す事だ。そうしないとこの人達(ドイツ人)に対抗できない」と思って行動してました。でもね、これ、きついんです。無理矢理自分の意見を出していくこと。これが苦手なんだから。僕たちは。

2016-03-24 08:37:25
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

「発言しないと意見がないと思われる」というのは本当で、ドイツではこれがあるからとにかく発言していった。でも、これ自分の意見を「無理に押し出す」事で、そもそも居心地が悪い。でもやらないと意見がないと思われる。やり続ける。たまにやり過ぎる。自己嫌悪になる。そういうサイクルが続いた。

2016-03-24 08:40:25
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

でもあるとき思った。これは自分の取るべき道ではない。と。 蜷川さんの芝居「道仙」を見て禅の本を読んだのも関係あったかも知れない。 我々の適性や美学、指向、嗜好は、自分を無理矢理押し出すことよりも、「無私」「忘我」の境地の方にあると。 ・・・時間切れなのでまたあとで続きを書きます

2016-03-24 08:43:20
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

復帰しますた。 「無私」「忘我」が我々日本人の素質がある方向性では?と言う話でした。そうすれば「自分の音楽がない」とか「自分ならではの表現がない」ことは逆に強みにさえなるわけです。そこに気付いてからは少し気が楽になりました。ヨーロッパ音楽、社会との対峙に力みがなくなってきたのです

2016-03-24 15:35:54
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

我々再現創造に係わる演奏家にとって、再創造(シラー的には追創造)にどういう態度で臨むのか、というのは大問題です。が、あまりここについて語られることは多くない気がしています。何故だろう?当たり前だからでしょうか?僕にとっては全然当たり前じゃなくてすごく考えさせられました。

2016-03-24 15:37:49
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

追創造という行為を考えるとき、その元になっている作品を創造した作曲家の意図は我々にとって絶対のものです。作品と作曲家への尊敬無しには良い演奏は生まれ得ない。でもただ書いてあるものを正確に再現するだけでは足りない。「追創造」ではなく「再現」ですね。

2016-03-24 15:40:15
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

追創造という行為が作者の受けたインスピレーションに届くとき、演奏は作品の誕生と一体化するわけです。その意味で作品、楽譜はゴールではない。ゴールはその向こうにある。だから「作品は窓だ」と言い続けたい。その窓の向こうを見ようじゃないかと。

2016-03-24 15:42:10
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

そう。楽譜はゴールではない。栗山昌良先生は「楽譜は結果だ」とよく仰ってた。尊敬を持つべきではあるけど、神聖なものではない。神聖なのはその結果たる楽譜を導いた泉の方ですね。 その泉に視線を向けてインスピレーションを音にのせて客席に運ぶ演奏家は、僕はミサでの司祭に似ていると思う。

2016-03-24 15:44:00
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

そう。楽器である我々の肉体は(これは声楽に限らず)その神聖なインスピレーションを宿すための神殿だと思うのです。神殿が万全に準備されたとき、そこに神が降りてくる。そう言うときは、ホール全体が神聖な空気に包まれ一体となるわけです。至高の体験ですね。

2016-03-24 15:45:41
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

だから、我々演奏家が肉体(これは知性、魂を含めての意味で)を研ぎ澄まして、神殿となる事が、作曲家の霊感を迎えるための条件ではないかと思うわけです。 そして、無私、忘我の境地を美学として生活レベルから知ってる我々にとって、これは比較的近いところにあると思う。ヨーロッパの人達よりもね

2016-03-24 15:47:38
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

ながーい話でしたが、これがそもそも神殿という言葉と人間の体について僕が考えていたことでした。そしてやっとパウルスの話に戻ります。(前振りがどんなに長いんでしょうかね) パウルス第二部のパウルスのアリアに「神は人間の作った神殿には住まない」とあります。

2016-03-24 15:50:53
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

異教の偶像を退けて言う言葉ですが、「神は人間の作った神殿には住まない」であれば、神殿は何か、と言うと「あなた方は知らないのか?あなたたち自身が神が作った神殿である事を」と続けます。これを初めて読んだとき涙が出ました。神は天と地と海を、そして人間を作ったんです。神殿は作っていない。

2016-03-24 15:55:03
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

このアリアについてオケ合わせで、指揮の山田和樹さん、テノールの松原友さんと話しました。後半がどうして短調に?という山田さんの問いには松原さんが非常に的確な答えを出していて、僕も横で聴いていて勉強になっちゃいました。松原さんありがとう。

2016-03-24 15:56:47
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

で、レチタティーヴォからアリアの流れ、件の神殿の話は人間賛歌だと思う。キリスト教徒でなければ救われない、と言うことだよね、という話も出たんですが、僕は、信仰する対象がなんであれ、人間が神殿でありそこに神が宿る(可能性がある)のだ、と思ってます。D-Durの人間賛歌。素晴らしい。

2016-03-24 15:59:52
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

何だか文字にすると若干こじつけくさくなりましたが、僕としては二つの異なる概念の運命的な出会いという気がしたので、すごく唸ったのでした。 古代ギリシャの哲学者も(だれだっけ)「圧倒的な印象を与えるものは数多くあるが、人間ほど圧倒的な印象を与えるものは他にない」と言っていたと思う。

2016-03-24 16:02:38
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

ホームページから、色々な情報を発信している不定期の「『テューリンゲンの森から』ニュースレター」。最新の出演情報や、プロダクションによっては優待チケットの案内などもさせて頂いています。 teru.de/h/web/newslett…

2016-03-24 19:42:08
小森輝彦 Teruhiko Komori @TeruhikoKomori

今年7月に演じるアルマヴィーヴァ伯爵。昨年夏のドイツでの演奏会で歌ったアルマヴィーヴァ伯爵のアリアです。僕が歌っていた街の一つ、アルテンブルクの城、煌びやかなFestsaal(大広間)でコンサートをやらせてもらいました。bit.ly/1ngn1iA

2016-03-21 07:41:44