- all_zen_bu
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修理屋 1 イライラした声で。 刺々しい態度で。 ドアの向こうには、サイズの大きい部屋着を着た小柄な女性が立ってた。 「すぐ直ります??」 「あ、いや見てみないと…」 「あぁそう…」 着いて第一声がそれ。 まだ何も見てへんのに…。 明らかに不機嫌そうな顔。
2016-01-06 17:53:012 そら真冬にエアコン壊れたらそんな顔したくもなるやろうけど。 綺麗な顔が台無しですよ、お姉さん。 喉までそんなセリフが出そうになって、飲み込む。 「とりあえず本体から見ますね。」 言うとリビングに通された。 なんだか妙にガランとした、物の少ない部屋。 寒そうに肩をさする依頼人。
2016-01-06 17:53:043 「あ、寒いでしょうから…別の部屋で待ってても…寝室ならエアコンありますか??」 「…ないから呼んだんでしょ。」 「あ、そうですか。」 「外したの。」 「えぇと…じゃあ、始めますね。」 リビングのホットカーペットだけが唯一の暖房器具みたいや。
2016-01-06 17:53:074 そこに体育座りをして、まるで他人の家のように落ち着かない様子で部屋を眺める彼女。 気になったけど修理に集中する。 「こっちは問題なさそうですね。ブレーカーはどちらですか??」 「お風呂場。」 案内されて中を見る。 しばらく作業していると後ろでカチッカチッという音が聞こえた。
2016-01-06 17:53:115 振り返ると彼女がタバコを咥えてる。 手には不似合いなジッポ。 うまく火が点かへんみたいや。 「ちょっ、と!!何するの!?」 彼女が大きい声を出した。 「あ、」 体が勝手に動いてた。 彼女からタバコとジッポを取り上げる。 「いきなり何!?」
2016-01-06 17:53:146 「いや、その…」 「返して。」 「すみません…あの、でも、」 「なに…??」 「す、吸いませんよね??タバコ。」 彼女がキョトンとした顔をする。 「やって、持ち慣れてへんし…ジッポも点けられへんし……いつもは吸わないんやろ??」 「……だったら、なんだって言うの…」
2016-01-06 17:53:187 苦虫を潰したようなしかめ面で睨まれる。 「苛々してるだけやったら、吸わんといて下さい。体に悪いし…」 「意味分かんない…」 「無理…してるように、見えるから…」 「そんなの、なんで…あなたに…言われなきゃ…」 彼女の目から大粒の涙が溢れた。 「ご、ごご、ごめんなさい!!!!」
2016-01-06 17:53:218 首に下げてたタオルを差し出したけど、受け取ってくれない。 焦ってそのタオルで顔を拭いた。 「汗くさい…」 「あぁっ、すみません!!!!」 「余計な、お世話よ…」 怒りながら涙をこぼす。 「な、泣かないで下さい…」 彼女は部屋着の袖で涙を拭った。
2016-01-06 17:53:249 どんな関係か知らんけど、ここは男が出ていったあとの部屋だ。 タバコとジッポと、部屋着。 残されたのはたぶんそれだけで。 寒い部屋に独り取り残された。 「馬鹿みたい。いい歳して…」 「歳なんて関係あらへん。誰やって泣きたい時くらい、あります。」
2016-01-06 17:53:2810 「……ありがと…」 「あの!!コレ!!」 着ていたコートを差し出す。 「え??」 「それ、脱いで下さい!!」 「は??」 「僕持って帰ります!!」 「…なんで、」 「忘れた方がいいです、たぶん…」 「ッフフ、たぶん??」 「預かりますよ。」 「何息巻いてるの??」
2016-01-06 17:53:3111 「泣いてほしくないだけです。」 しばらく黙りこんだあと、大きな溜め息。 「じゃあ、渡しちゃおうかな。」 「え、ホンマに??」 「自分が言ったんでしょ??」 「あ、はい!!」 「…持ってたら…すがっちゃうから。ちょうどいいわ。」 やっと見せた笑顔はあまりに切なくて胸が痛んだ。
2016-01-06 17:53:3512 自分のコートを頭から被せた。 「ヒューズ飛んでたんで、明日朝イチで修理に来ます!!」 「え??あ、ハイ…お願いします。」 「それまで、泣かんとってな??」 「……それは、どうだろう(笑)」 2度目に見せたのは、遠慮がちな小さな笑顔だった。 「頑張ってみます。」
2016-01-06 17:53:3813 消えてしまいそうな笑み。 今度はその笑顔、僕に守らせて。 明日はそう言おう。 持っていたホッカイロも全部渡して部屋を出た。 あなたの心も、直します。 明日は笑ってくれるように。 おしまい。
2016-01-06 17:53:41番外編 1 「エアコン直っとるやん??」 突然出ていった、暗い眼をしたあの人が。 今度は突然現れた。 「お店に…頼んだの。」 「ふぅん。」 「置いていったものなら…もうないよ??」 「捨てたんか??」 「ここには、ない。」 「あれぇ、俺用済み??」 「…」
2016-01-06 20:10:122 それは、こっちのセリフ。 まるでもう要らないモノみたいに、棄てて出て行ったのは、あなた。 「直しに来たのって…男??」 「電気屋さんの、ね。」 「俺以外の男、部屋に上げるなって…」 玄関先。 土足のまま踏み込まれた。
2016-01-06 20:10:153 「何度も言うたよな??」 その眼の奥に光はない。 体の芯が震える。 「話もするなって…」 「黙って出てったの、隆平だよ…」 声もうまく出てこない。 「別れるなんて、言うたっけ??」 ひんやりした指先が顎先をなぞり、そのまま頸部を掴んだ。 「お前、誰のや??」
2016-01-06 20:10:194 「言えって…」 「りゅぅ、へ…の、」 涙がこぼれた。 何の涙?? 帰ってきてくれた。 私のところに。 そうでしょ?? これは悦びの涙。 丸山さんの顔なんて、浮かばない。 「おいで。」 耳に絡み付く甘い声。 振り払うように目を閉じた。 あのコートの匂いも、 あったかい笑顔も。
2016-01-06 20:10:235 全部忘れる。 手を引かれたら、ここへは2度と戻らない。 歪んでても捻れてても、隆平の手を取ったから。 選んだから。 ゴメンね、丸山さん。 この人じゃなきゃ、駄目なの。 たとえそれが、 愛とは違うと知ってても。 おしまい。
2016-01-06 20:10:28