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バス製造メーカーの話から始まった業界再編の考察

拙作としてまとめたバスの車体専門のメーカーの話を茶番形式まとめたところ、反応を頂いた2人の方々を交え、業界再編の流れで起こったことの背景を考察したリプの応酬に。 そのあたりをまとめてみました。
バイク バス 富士重 西工 コーチビルダー
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■前提

日本にはバスのシャーシとボデーをセットで生産する体制のメーカーが4社「ありました
・いすゞ自動車(いすゞ)
・日野自動車(日野)
・三菱ふそうトラック・バス製造(ふそう)
・日産ディーゼル(日デ)

今バスを製造している会社としてあるのは、バス部門から撤退した日産ディーゼル改UDトラックスを除いた3社です。

これにそれぞれメーカー系の車体部門として
・いすゞと日野→ジェイ・バス
・ふそう→三菱ふそうバス製造

があります。

直近ではいすゞいすゞバス製造日野日野車体工業と分かれていましたが、2005年に統合してジェイ・バスとなっています。

ふそうはかつて、自社の車体部門以外に呉羽飛行機をルーツに持つ別会社系統の呉羽車体工業という外部のバス製造メーカーがありましたが、両者ともほぼおなじ車体を並行して長らく作っていたものの紆余曲折を経て三菱が比率を上げて新呉羽車体工業に、その後合併し三菱自動車バス製造に、現在は自社系の三菱ふそうバス製造に社名が変わっています。
日産ディーゼルは特殊な位置づけで、長らく自社でバス製造部門を持っていませんでした。

一方、シャーシを自社で製造せず、上記4メーカーからシャーシを供給してもらってボデーを作って載せてバスを売るボデー製造専門のメーカー、いわゆる「コーチビルダー」が主に2社「ありました」。
・富士重工業(富士重)
・西日本車体工業(西工)

いずれも車体専門のメーカーですが、前者は重工メーカーの部門として、後者は鉄道事業者の西日本鉄道の子会社として成立した企業でした。
車体製造部門を持たない日産ディーゼルは、いずれかのメーカーの車体を載せないと商品完成となり得なかったので、富士重と西工はある意味日産ディーゼルの車体製造部門としての意義も持っていました。

戦後まもなく、戦闘機を製造していたメーカーは戦後の民間向けの製品を作るメーカーとして転換を迫られました。
中島飛行機は富士重工に、九州飛行機は西日本車体工業に転換。

元々飛行機の製造技術で持っていた高い技術はバス製造でも活かされることになり、ほそぼそか、あるいはあとあとメーカーで立ち上がったメーカー直系の車体部門よりも高い評価を得ていた、というのが長らくの評価です。

しかしそれはモノコックボデー時代まで。軽量化が大幅に実現された80年代から外板でも剛性を持たせて骨組みを軽量化したスケルトンボデー時代に入ると、徐々にマンパワーに頼っている面が強かった富士重と西工のコーチビルダーは、技術を身につけて追いつきつつあるメーカー系の車体部門や、バブル崩壊後のコスト低減という流れにもまれ、徐々に体力を失っていきます。

■きっかけ

自分が富士重と西工がなくなるまでの拙作となる茶番形式の話をまとめたところから

さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
【ザ・茶番】日本のコーチビルダーがなぜなくなったか ※会話形式でくだけた内容ですが、実際の事象を想定したものであるのであり特定企業を毀損するものではないことをご了承を
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---1995年--- 富「事業者要望であれこれ作ったしまだまだなんとかなりそう」 西「うちも合わせて作るぜ」 ◆「富士重工業」「西日本車体工業」の二社。この頃はRN作ったりノンステ出してみたり。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---1996年--- い「うちもそろそろ製造一本化したいんだけどー」 富「いやいやいや続けてくれよ」 西「うちもそれは困る」 い「えー・・しょうがないな」 ◆いすゞバス製造へ社名変更のタイミングでシャーシ供給止めようとするも失敗
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---1998年--- 日・ふ「ところで、流石にシャーシ供給もう止めるわ」 富「なんということか」 ◆日野とふそうの富士重へのシャーシ供給停止により、両社のシャーシ架装を中止。4メーカー架装体制終わる
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2000年、交通バリアフリー法施行--- ∪「いよいよノンステ本腰入れて作らんといかんけど、お金かかるしなあ」 富・西工「頑張って作る」 ◆KL-規制への移行期、日野がBRC、いすゞがエルガを発売。ノンステップ車ラインナップを加える。コーチビルダー2社も両車種に対応。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2002年--- ∪「うちもそろそろ懐厳しいから、シャーシ供給西工だけに絞るわ、おつかれさん」 富「こんなところで力尽きるのか」 ◆2002年1月、日産ディーゼルがシャーシ供給を西工へ一本化により 富士重、バス製造部門からの撤退を決定
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
西鉄「今まで以上に頑張ってくれ」 西工「とうとうUDの架装がうち一本になったからなんとかがんばらんと」 西鉄「今まで以上にコスト下げて」 西工「ウイッス」 ◆メーカーのバス車体内製化が進んだこの状況で、マンパワーの強い西工も製造コスト低減を迫られる
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2005年--- 日・い「一緒にバス作ることにしたからシャーシ供給止める」 ∪「うちは継続」 ふ「うちはちょっとだけにする」 西工「」 ◆いすゞバス製造と日野車体の合併によりJ-BUS誕生および両社シャーシ供給停止。日デは継続、ふそうは少数の供給に。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2006年--- い「シャーシ供給復活する」 西工「おお」 い「でも事業者要望の形で限定的にね」 ◆J-BUS体制以降後、日野といすゞからのシャーシ供給が2006年に復活  この辺りが西工最後の輝きだったのかもしれない
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2007年--- ふ「日デとOEM提携するからうちのシャーシ供給止める」 ∪「ふそうへOEMはやるので君んとこにその分も作ってもらうから」 西工「きつい」 ◆ふそうとUDの両者の相互OEM供給発表。製造部門一本化で製造系の経営統合をにらんだもの。車種が相互にわけられた。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---この頃の西工と西鉄は--- 西鉄「もっと安く作れよ」 西工「これ以上は」 西鉄「ジャンプしてみ?」 西工「う、うん(チャリン)」 西鉄「まだ小銭持ってるね?」 西工「ひええ」 ◆西鉄本体もこの頃から純正仕様導入開始。バス部門のリストラの進捗もあり西工への受注数減少
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---OEM開始後、ふそうユーザーからはこんな状況が--- ユ「バス発注したけどこない」 ふ「申し訳ありません、製造が追いついてなく」 ユ「あとなんか仕上げ荒くね?」 ふ「すいません、すいません」 ◆西工の生産体制がオーバーフロー、OEM車種の納期遅延が発生。対応を迫られる。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
ふ「うちのラインでまたノンステ作るしかないな(あんなに作れないとは思わなかった)」 ◆ここで一度なくなったふそう本体のノンステップ車製造ラインを復活させ、ワンステップベースでノンステップ車を製造開始。  これがPKG-MP系。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2009年--- ふ「この形で新規性クリアするぞ」 ∪「OEM元も合わせていくぜ」 ふ「ただしエンジンはうちので載せるで」 ◆LKG-代に移行、ふそうはMPを、日デはOEMでAPを発表(発売は少しあと)。 MPもAPもふそうエンジンに統一された。相互とはなんだったのか。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
ふ「合併協議始めるで(クライスラーが怪しいけど)」 ∪「前向きに検討するで(ボルボがちょっと怪しいけど)」 ◆両社のバス事業に関する合弁会社設立協議開始。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---2010年初頭--- ∪「うち社名変えたけどこれからもよろしくな」 西工「バス製造は?」 ∪「大丈夫大丈夫」 ◆日産ディーゼル工業が「UDトラックス」に社名変更。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
ふ「合弁にともなって製造ライン一本化したいと思う。納期遅延イヤ」 ∪「なら西工とは手を切るしかないな」 ◆合弁会社設立に当たっての条件として、ふそう側からバス製造の一本化を提案。UD側もこれに同意し、西工側に通知を行う。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
∪「西工とは残念だけど打ち切るね」 西工「ぬわぁぁぁぁ」 ∪「ふそうと同じように作れる?」 西工「無理」 西鉄「コスト削減は?」 西工「それも無理」 (続く)
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
(承前) 西鉄「じゃあもう続ける意味ないな、今はメーカー製のほうが安いし解散だ解散」 西工「うわぁぁぁぁぁ」 ◆製造の一本化決定に伴い、UDと西工との製造パートナーとしての関係解消。会社解散決定。 戦後60年の歴史に幕を下ろす。
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
ふ「そんかわりしばらくはうちの作る分で売ってくれ」 ∪「忍びねえな」 ◆西工の受注停止と解散に伴い、UDトラックスの販売車種は実質ふそうからのOEM車種だけになる
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
---合併協議--- ふ「で、販売の見通しは」 ∪「親会社(ボルボ)のがあるからそれで行ける」 ふ「すぐに日本市場に対応できないし輸入車売れない環境で?だったらうちの車種でいい」 (続く)
さくらにわ(サ)@バーモント宗ジャワ講 @sakuraniwa39
(承前) ∪「そっちので作れと」 ふ「親会社(ダイムラー)の部品を上手いこと使えるし」 ∪「それでも安くない、ひとまず西工を戻して安く作ろう」 ふ「すでに解散したし無理だろ、あとそうしたところでおたくのバスあんまり売れてなかったじゃん」 ∪「バカにしてんのか」 (続く)
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コメント

うえぽん @kaorurmpom 2016年4月24日
北村のようになっててもおかしくは無かった、と。
Yoshi_せんしゃぶ!連載中 @Yoshikun21c 2016年4月24日
バスについてはメーカー・コーチビルダーとも海外展開が恐ろしく少なかったのが意外。国内需要で会社が維持できると考えたのか、営業や経営に海外進出の意志が乏しかったのか。
ウミノ工機@呉市岩方通 @kado_busdev 2016年4月24日
Yoshikun21c 海外に出している事例はそこそこありますが、根本的には80年代までは「作れば国内で売れる」時代でしたから、リスクを負って海外に打って出る理由に乏しかったんですね。日野がRCをニューヨークに売るという話も実現寸前まで行きましたが、寸前で一気にひっくり返されたりという事もありましたし。
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j 2016年4月25日
バス・トラック業界の再編と消えるコーチビルダーと「富国強兵の遺産」 - よりぬき障害報告@はてな http://d.hatena.ne.jp/lm700j/20110224/1298515176
ウミノ工機@呉市岩方通 @kado_busdev 2016年4月25日
lm700j 「対応力の高さは器用貧乏と表裏一体」という辺りは、ひとつの重要なポイントでしょうね。
げんしんご @bomber45gen 2016年4月25日
三菱の2度の不祥事が業界再編にどの程度影響を及ぼしたか気になる。公営事業者では不祥事による指名停止でJバス連合に偏った印象があるし、これまで三菱ふそうだけを入れていた民間事業者でもJバス系を新規導入したケースもみられる。
和光同塵堂 by CAMMIYA @CAMMIYA_HE5 2017年10月29日
そもそも、なぜUDは富士重を捨て、西工を選んだのか? 単にコスト面だけの選択なのか?
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