埼玉の稽古場の近くに、とっても美味しいパン屋さんがあって。お昼休憩の時に、山のようにパンを買ってきてた。みんなの分も。自分は1個なのに。たくさん。「これ美味しいぞ。先、とっちゃいな。」って。美味しいやつ、教えてくれた。
2016-05-12 18:33:09蜷川幸雄さんが亡くなられた。僕にとって劇場を作るきっかけ。劇団を作るきっかけだった上に悲しすぎる。蜷川さんからの演出指導で靴を投げられ怒られた事は今になっては良い思い出です。お悔やみ申し上げます。
2016-05-12 17:58:17蜷川幸雄さん逝去。「血の婚礼」では、舞台上に大雨を降らせる演出に度肝を抜かれました。駆け出しの演劇記者だった頃、二度ほどお話を伺う機会に恵まれましたが、巷間言われる激しいイメージとは違って、武骨ながらも優しい方でした。 asahi.com/articles/ASJ5D…
2016-05-12 18:49:46蜷川さんが亡くなられた。前職で何度か対談の写真を撮らせていただいたが、とても温和な方だったし、笑顔が素敵な方だった。ご冥福をお祈りします。 しかし、これで何人目だ。今年になって、本当に多くの尊敬すべき人達が旅立たれた…。まだ半年も経っていないのに…。残念無念。
2016-05-12 18:48:02蜷川幸雄さんも逝った。ギンギンの沢田研二さんを起用した『唐版・滝の白糸』は、大映の撮影所で公演。蛾が飛び回るポスターはオレが描いた。「ラスト、箪笥から蛾が飛び出す演出はいただいたよ」とニコッと笑ったのが、もう四十年前になるか。アレからスペクタクルが始まっていった。お疲れ様でした。
2016-05-13 11:50:05蜷川幸雄さん…マジか…。 蛇ピアスの現場の時に肩を叩いて、「いいね。いいガタイしてるわ」って言ってくれたのが最初で最後の思い出でした。 御冥福をお祈りします
2016-05-13 12:02:18ああ、演劇のすごみをこの方には何度見せつけられたことか…ご冥福をというより「ありがとうございました!」と叫びたい。→演出家の蜷川幸雄さん死去 80歳 現代劇からシェークスピアまで多岐に - Yahoo!ニュース headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160512-… #Yahooニュース
2016-05-12 17:35:50蜷川さんは一度だけ、ヨーロッパ企画の本多君のインタビュー企画でお会いしました。レコーダーの調子が悪くて取材がなかなか始められなかったけど、蜷川さんが「早くしろよ」と言った瞬間動き始めるという冗談のような奇跡が。機械すら恫喝で動かす蜷川様恐るべしというのが私の一番の思い出。
2016-05-12 17:46:50前述の取材、本多君が灰皿投げについて果敢にも質問するなどして、蜷川さんも「すごく楽しかった」と言ってくださってたらしい。記事の方も、編集長にテープ起こし全文を見せたらあまりの面白さに急遽増ページになった。私史上最も幸福な取材だった。蜷川さんには改めて感謝したい。もちろん本多君も。
2016-05-12 17:51:0225年ほど前、蜷川幸雄さんの芝居を観に行って、「柳さん、せいれつな戯曲書いてよ。いっしょにやろう」とお声を掛けていただいたことがある。 帰宅して「せいれつ」を辞書で引いた。 凄烈か、清冽か……凄烈だろうな、たぶん、と思った。(つづく)
2016-05-12 17:42:13その後、私は小説に軸足を移した。でも、頭の片隅で常に蜷川さんに渡す「せいれつ」な戯曲のことを考えていた。そして、もしかしたら、凄烈ではなく清冽の方かもしれないな、と思ったりもした。もう、「せいれつ」な戯曲を蜷川さんに渡せないと思うと、無念だ。
2016-05-12 17:42:33