吉野朔実さんの訃報に関する、創作関係者のツイート
私は結婚はもちろん、自分が子どもを産むなんてこれっぽっちも思っていなかったのだけど、子どものことに関しては、何となく、誰にともなく申し訳ないような気持ちがあった。その気持を救ってくれたのは吉野朔実さんだった(続く
2016-05-08 21:16:50続き)大した遺伝子ではないにしろ、ず〜〜っと繋がってきたものが自分で終わることへの私が抱える申し訳なさに対して、吉野朔実さんは言ってくれた。「それって、自分を作るために続いてきたんだ、と思えばいいじゃない、私はそう思って割り切ったよ」と(続く
2016-05-08 21:21:50続き)その吉野さんの言葉が、どれだけ私を楽にしてくれたか。どれだけその当時の私を救ってくれたか。巡り巡って、たまたま私は今、母になっているけれど、吉野さんのその言葉は、いつも私の中にある。「母の日」の今日だから、誰かに残したくてつぶやいておく。
2016-05-08 21:25:27彼女との思い出は、エメリッヒ版「ゴジラ」がいかにすごいかを熱く語って呆れられたり、なぜか「大怪獣ヤンガリー」のビデオをくれたり、一緒に「マトリックス・リローデッド」を観に行ったり、およそ吉野朔実らしくないものばかりだ。いつもこちらの趣味に合わせてくれていたんだろうなあ。
2016-05-02 16:32:31ぼくの『本の雑誌』デビューは文筆家としてではない。吉野朔実さんが連載漫画の中に登場させてくれたのが最初だった。1998年くらいの号だったかな。エアコレクターの概念に気づき始めた頃だ。すごく嬉しかったな。 pic.twitter.com/6ZuihbSL16
2016-05-06 11:07:52ぼくは吉野朔実さんとの大事な約束をひとつ忘れていた。あるとき、ぼくが自分で篆刻した落款(いつもサインと共に捺してるやつ)を見せたら、彼女はとても気に入ってくれて、わたしのも彫ってほしいと言ってきた。→
2016-05-16 10:10:12→といっても石選びから始めるのではない。以前彫ったやつ(たしかご自分で彫ったと言ってた気がするが、そこは記憶が定かでない)があり、石は気に入ってるけど、気分を変えたいので印面を削り落として、改めて彫ってほしい、ということだった。→
2016-05-16 10:10:22→安請け合いしたのはいいけれど、家に帰って、さて取り掛かろうと思っても、なかなか実行することができなかった。小さな石に彫られている「朔実」の文字がとても愛らしく、そこにヤスリを当てて削り落とすことができなかったのだ。→
2016-05-16 10:10:31→結局、何もしないまま何年もの時間が過ぎてしまい、彼女に謝ることも、石を返すことも出来なくなってしまった。一度も督促されなかったけれど、きっと出来上がりを楽しみしていてくれただろうことを思うと、本当に申し訳なく思う。→
2016-05-16 10:10:47→このツイートの最後に押印した画像を載せようかと思ったけど、この落款を紙に捺していいのは彼女だけなので、それはしない。 pic.twitter.com/gqcFdKOg7n
2016-05-16 10:11:21