《5》章ちゃんの失恋の方法

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hikari∞短めのお話 @love_suzume

1. 「ごめんなぁ、こんな時間に」 「ぜーんぜん!ね、章ちゃん、なに見せてくれるの?」 そこそこ暗い夜の公園なのに、彼女はぴかりと明るくて。 そこだけ真っ昼間みたい。 見せたいものがあるって口実で、呼び出した。

2016-05-23 22:22:07
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2. 長い長い片想いはもう、どれくらいになるんやろ。 きっと干支が一回りするくらい? 怖くて数えられへん。 じゃーん! 大げさに言って箱を開けたら、目がキラキラになって、思い知る。 これやからやっぱ俺、やめられんねんなぁって。

2016-05-23 22:22:17
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3. 「これ?章ちゃん作ったの?」 おいしそーって目を細めた。 脱サラしてパテシエになったのは2年前。 初めてオーダーメイドのバースデーケーキを任せてもらった。 何枚も何枚も下書き描いて、店終わってから何回も試作品作って、ようやく迎えた昨日の本番。 なのに...。

2016-05-23 22:22:30
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4. 「注文したお客さん、来てくれんかってん。記念に持ってってえーよってオーナーが」 お客さんはひと目見て分かるくらい忙しそうな、30代くらいの男性で、奥さんのバースデーケーキだって言うてたけど...。 「初めてのオーダーメイドやったしさ、誰かに見てもらわな報われんやん」

2016-05-23 22:22:47
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5. で、ケーキの箱の蓋を閉めようとした俺に言った。 「...え?終わり?」 「ダイエット中...やろ?」 丸い顔を気にして、いつもダイエットしてる。 ちょっとふっくらしてるくらいがいちばんええと俺は思うんやけど。 まあ、俺が何言うたって響かへんし。 それに...。

2016-05-23 22:23:00
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6. そう、彼女の今の彼が、男にしちゃかなり細身やねんって。 彼より体重重いなんて恥ずかしい!って、前よりハードにダイエットするようになってしまった。 「えー...でもこれ、どうするの?」 「んー、半分くらい食べて、後は捨てる、かなぁ...。全部食われへんし」

2016-05-23 22:23:17
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7. 「...じゃあ、私食べてもいい?」 きっと、そう言うって分かってた。 ほんまは、おいしいものを食べることが何より好きで、とりわけ甘いものには目がない子やもん。 カバンから、紙皿と木のフォークと小さなナイフを出すと、彼女は小さくガッツポーズをする。

2016-05-23 22:23:29
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8. ナイフ入れようとしたら、ちょっと待ってって。 「ハッピーバースデー歌わなきゃ」 「えぇ?」 「だって、バースデーケーキでしょ?」 それはそうやねんけど。 「はっぴばーすでーとぅーゆー...」 手拍子しながらいきなり歌い出して、なんとなくつられる。

2016-05-23 22:23:38
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9. 「はっぴばーすでーでぃあ......誰かさーん」 誰かさんて...。 歌が終わってぱちぱちぱちぱちって拍手した。 なんやこれ。 「だってその、誰かさんのおかげで章ちゃんはパテシエデビューできたわけだし、私はそれを食べられるんだから。感謝しなきゃ、ね?」

2016-05-23 22:23:55
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10. 確かに。 そして俺は、彼女にこうして会えたわけやし。 ありがとうやな、ほんまに。 彼女は紙皿を両手に持って、もう待ちきれないみたいな顔でケーキを見てる。

2016-05-23 22:24:14
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11. ふわふわのスポンジの上に生クリームとラズベリーのムース、フランボワーズとブルーベリーをあしらって、マジパンでつくったピンクとブラウンのしましまのリボンをかけた。 お客さんには特にこだわりないんでおまかせって言われたけど...。

2016-05-23 22:24:24
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12. 参考にしたいんでって言って、見せてもらった、幸せそうな家族写真。 で、奥さんの雰囲気そのまま、かわいいけど大人っぽい、そんなイメージのケーキになった。 紛れもない、俺の力作。 「はぁー...もうっ、おいしー!」 口いっぱいにケーキを頬張っては、何度も言う。

2016-05-23 22:24:36
hikari∞短めのお話 @love_suzume

13. 「章ちゃんは?食べないの?」 ここだけの話、俺自身は甘いもんがそこまで好きなわけじゃない。 パテシエになったのだって...。 「んー、でも、やっぱり章ちゃんの味するー!」 彼女が、甘い甘いスイーツが大好きだから。

2016-05-23 22:24:46
hikari∞短めのお話 @love_suzume

14. 彼女の気をひきたくてお菓子づくりを始めて、おいしいって言われたら嬉しくて、もっと笑顔になって欲しくなって...。 今に至る、というわけで...。 盛大にアホやと自分でも思うけど。 「あー、幸せ。ほんとすっごくおいしかった!」

2016-05-23 22:24:56
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15. 魔法瓶に入れてきたアイスティを飲みながら嬉しそうに彼女は言って、でも次の瞬間、脇に置いたスマホが光って飛びついた。 「......彼氏?」 「これから家くるって!」 「そか...」 顔あげたその表情が、幸せそうで。 「初めて...会いたいって言ってくれたの!」

2016-05-23 22:25:13
hikari∞短めのお話 @love_suzume

16. ケーキ食べてるときより、ずっと。 「どうしよう!太ってない?」 立ち上がってお腹のまわり気にしてる。 俺やったら...なんて。 そんなこと、何千回も考えてる。

2016-05-23 22:25:23
hikari∞短めのお話 @love_suzume

17. 俺やったら、もし仮に、俺より体重重くなったとしても、いや、むしろおいしいもんいっぱい食べて、100キロ超えたって、ずっとずっと毎日好きやって言えんのにな。 どうやったら、その瞳に俺を映してくれるんやろ。 それは何年も前から一向に進歩のない、俺の悩み。

2016-05-23 22:25:54
hikari∞短めのお話 @love_suzume

18. 「行かなきゃ!ありがとう、ごちそうさまでした!」 あっという間に小さくなってく、後ろ姿を見送った。 どうせ、ろくな男ちゃうのになぁ。 負け惜しみとかやなく、そう思う。 彼女は昔っから、少し危なっかしい感じのする男が好きで...。

2016-05-23 22:26:02
hikari∞短めのお話 @love_suzume

19. 一方的に惚れ込んで遊ばれて、いいように使われて、捨てられる。 その繰り返しやもん...。 行くなって...言えたらええんやけどな。 なんでかな、言われへんの。 最近思ってること。 もしかしたら俺は、誰かに恋をしてる彼女が好きなんかなぁって。 なんて、言い訳やな。

2016-05-23 22:26:10
hikari∞短めのお話 @love_suzume

20. 空になったケーキの箱と魔法瓶を袋に入れて、立ち上がった。 誰にも言うてないこと、もう一個ある。 俺の夢。 彼女の、ウエディングケーキをつくること。 隣に居るのは...。 俺やない...んやろな、きっと...。

2016-05-23 22:26:23
hikari∞短めのお話 @love_suzume

21. それでも。 人生でいちばん幸せでいちばんキレイな日が、俺のケーキでもっと輝くように。 そしたら...。 片想い、ちゃんと終えることができるような気ぃすんねん。 「あーあ」 思わず声が出て、口を押さえる。 それも言い訳やって、もう嫌っていうほどわかってるから。

2016-05-23 22:26:36