シロツメ簪

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❥blue box @sweetblue818

・・シロツメ簪・・ 1. 演者として生きる。 この痣をして身を立てる術はほかになかった。 化粧でさえ隠しきれない素顔を、演者として人前に晒す。 芝居をもって自分を偽る。 どこにもとどまらず彷徨うままに。 pic.twitter.com/Ti0cfeDfcp

2016-05-22 19:29:35
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2. *** 「遊郭?」 「せや。この橋の向こうに丸山遊郭ゆうてな、日本三大遊郭の一つがある。少しは女の味知ってこい。お前の芝居には色気も深みも何にもない」 「僕はそんな」 こんな躰で。 「相手も客商売や。そのお前の躰も少し積めばどうにかしてもらえるやろ。ほら」

2016-05-22 19:30:35
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3. 手のひらに小袋を握らせる。 「足りん分は自分でどうにかせぇ」 *** (この橋を渡れば) 橋を前に考えを巡らす。 (僕が、女を抱く?)

2016-05-22 19:31:02
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4. ** 「ひぇ!」 僕を見た女たちは声にならない悲鳴を上げた。 「遊んで行かれます?」 顔を上げた忘八はさすがに特別な反応は見せへんかった。 「あんたにはちょっと積んでもらわんば」 「金ならある」 有り金を見せると、忘八はにやりと笑った。

2016-05-22 19:31:53
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5. 忘八が見渡すと女たちは一斉に目を逸らした。 うずくまり震える女もいる。 「お安、あんたが行きな」 おやす、と呼ばれた女はこっちを一瞥だにせず立ち上がった。 「八番部屋」 ** (怖がればいい) この痣を見て、恐れ慄けばいい。

2016-05-22 19:32:33
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6. 情けをかけられて抱かせてもらうなんてごめんだ。 逃げ惑う女を力づくで、その方が気が晴れる。 そう思いながら部屋で女を待つ。 ** 「入っても?」 「ああ」 襖を開けた女の視線が止まり、あ、と小さく口が動いた。 (怖がれ、) 悲鳴を上げるか、それとも逃げるか。

2016-05-22 19:33:27
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7. 女はそのどちらでもなかった。 「お安です。あなたは?」 「え?」 「お名前」 「言わなあかんのか」 「あ、いえ…」 年は同じくらいか。どこかあどけなさが残る顔。なのに、独特のなまめかしさがあった。 「お酒、召し上がりますか」 「…いや」

2016-05-22 19:33:56
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8. 「どうなさいます?」 まっすぐに目を見て尋ねるとお安はまた痣に視線を落とした。 「怖いか」 「いえ」 「嘘をつくな」 「嘘ではありません」 ゆったりと言葉を紡ぐ。 「なら、」 話は早い。寝床に誘うこともなくその場でお安の躰に重をかけた。 「ここでええな」

2016-05-22 19:34:53
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9. 「貴方がお望みなら」 「、」 見つめ返すお安の眼差しに気後れしている自分がいた。 ** 「…まだええ」 お安の肩を突いて身を起こした。 「時間はある」 「そうですか」 「お前、年は?」 「わかりません」 お安は首を振った。

2016-05-22 19:35:46
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10. 「…彰太って、呼べ」 お安の艶から逃げるように背を向けた。 「多分…あまり変わらへんやろ。普通に喋ってええから」 少し間があったあと、 「…彰太」 お安は呟いた。 ** 部屋の隅と隅に腰を下ろす。 言葉を交わさないまま時間だけが過ぎた。

2016-05-22 19:36:52
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11. 「それ、痛かと?」 「え、」 「触っても良か?」 「なん、で…、」 この痣を見てそんな反応を示した人間はいなかった。触れるとうつるんじゃないか、呪われた躰なんじゃないか、そんな声しか浴びたことはなかった。 「綺麗か、」 お安は細くて白い指で痣をなぞった。

2016-05-22 19:37:39
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12. その瞳には憐みの色は見えない。 「…どこが」 「え?」 「どこが綺麗なん、こんな躰。遊女の戯言か!」 「彰太が悲しそうな理由がわからん」 不思議そうな顔でこっちを見ると、再び痣に視線を落としてそっと手のひらで触れた。 「絵師が…彰太の躰ば彩ったごた」

2016-05-22 19:39:33
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13. 「何、言うてん、」 「本当に綺麗か…」 僕は動けなくなった。 pic.twitter.com/itIAOoGO40

2016-05-22 19:40:51
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14. *** 翌日も翌々日も僕は橋を渡ることができなかった。 また逢う理由もない。遊郭で遊ぶお金も度量も。 でも、 (本当に綺麗か、) お安の声と香り、痣をなぞる指先の感覚が橋向こうから誘い続けてきた。

2016-05-22 19:42:04
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15. *** 「ええ芝居しおった!」 舞台終わりに肩を叩かれる。 「丸山行ったか」 「、」 「ほぉ、抱いてきたか」 にやりと笑う。 「っ僕は!」 「なんや、金だけ払ってお預けか」 「、」 「情けない。女の味知ってこい言うたろ。あと八日もすれば次の町に出る。

2016-05-22 19:51:03
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16. 丸山ともお別れや。お前もええ加減男にしてもらえ」 (あと八日、) 橋の手前で息を吐く。ふと目をやると白い花が揺れていた。 金の入った小袋を握りしめ、橋を背に走り出した。

2016-05-22 19:52:37
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17. *** 「ほぉ、あんたか」 忘八は面白そうに煙草の煙を吐いた。 「お安は、」 「気にいっていただけたようで」 「、」 「お安は今他の客の相手ばしよる。玉代は?」 他の客。無意識に躰に力が入った。 「…ある」

2016-05-22 19:54:08
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18. 「それはそれは。あ、来た。お安、お前しばらく廻し部屋におれ」 初めて会ったとき同様、疲れた表情のお安はこっちに視線を送らなかった。 そしてその自失したような目は空気をたゆませるほど妖艶だった。

2016-05-22 19:54:58
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19. ** 「彰太!」 驚きの声を上げたお安から妖艶さが消えた。 「また来たと?」 「うん」 「何で?…って。あぁ」 …ここは遊郭。僕はそれを振り払うかのように切り出した。 「これ、渡したくて」 小箱を渡す。 「開けてみて」 お安は息を飲んだ。

2016-05-22 19:56:00
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20. 「橋の脇に咲いてた」 白く小さな花。 「摘んできてくれたと?」 「うん」 「何て花?」 「シロツメクサ」 「しろつめ?」 「大切な人に大切なものを贈るとき、中のものが壊れてしまわへんようにこの白い花を詰めてたって」 ため息をついて見つめるお安。

2016-05-22 19:56:58
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21. 「ありがとう」 「あ、いや。…僕のほうが」 え?という顔でこっちを見る。 (この痣を綺麗だと言ってくれて…ありがとう) 「ごめん」 「え?」 「ホンマはかんざしを真ん中に置きたかってん。けど、手に入れられへんかった」 「…彰太」

2016-05-22 19:57:45
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22. 「空っぽやな」 僕みたいに。 「手、貸して?」 お安は僕の手を取ると指の間にシロツメクサを挟めた。 「彰太の指、髪に差して」 ゆっくりとお安の髪に指を通す。 「彰太かんざし、似合うとる?」 「うん。よう似合うとる」

2016-05-22 19:59:05
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23. 「…綺麗か?」 伏し目がちに尋ねる。 「綺麗や」 …… …… 「どした?」 「わたし…こがん気持ち初めて」 「え、」 「…嬉しか」 pic.twitter.com/zaQpoI5vD7

2016-05-23 22:20:21
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24. *** 「旅芸人?」 「うん、いろんな街回っとる」 「旅…、ってどがん?」 そうか、お安は旅したことなんて。 「彰太が見てきた街、一つ一つ違う?」 「うん。いろいろちゃう」 「たとえば?」 「食べ物やろ、寒さ暑さやろ、着るものもやし、あと…」

2016-05-23 22:21:21
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25. 「言葉も?」 「うん」 「そいけん彰太とわたしは話す言葉の違うと?」 「せやで」 「そうか」 静かに呟いて微笑む。 「彰太とおったら、一緒に旅しとるごたる」 「お安、ここから出たいと思ったことないん?」 口にした瞬間後悔した。

2016-05-23 22:22:19