はなのえ文庫~空想の街/氷涼祭2016

空想の街の小さな図書館、はなのえ文庫の氷涼祭。 ※とりあえずの完成。
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一日目

空想の街公式アカウント @humptyhumtpy

おはようございます。気持ちのよい朝ですね。本日午前中には白鴉の渡りが観測されそうだ、と聞いています。風船の準備がまだの方は、時計塔広場でも配布していますからいらしてくださいね。今日も暑くなりそうですから帽子もお忘れなく。それでは、いってらっしゃい。(情報窓口 佐々木)#空想の街

2016-07-01 08:05:30

朝 わたしのお話。

こみや@空想の街 @Ne2_co

好文あゆ子は目を覚ました。 鳥の声。朝だ。 ふわ、とあくびを一つして、夏布団を這い出す。もう一つ欠伸をかみ殺しながら布団を上げて、顔を洗いに行く。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:33:42
こみや@空想の街 @Ne2_co

あゆ子がこの家を預かって三回目の氷涼祭が始まる。 代々そこそこの素封家を続けてきた好文家の先祖の誰かが、別荘――というより隠居所として街に建てたのがこの家だった。 一族は皆街の外なので、今はあゆ子がこの家の管理をしている。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:35:07
こみや@空想の街 @Ne2_co

さて、この一族には、とてもとても厄介な病の血が流れている。 まずどれだけ前か分からない頃の御先祖様の一人が、この隠居所に蔵を立てた。 そして十何代か前の御先祖様の一人が、もう一棟蔵を立てた。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:36:05
こみや@空想の街 @Ne2_co

@tos 五代前の当主の兄が、この家の座敷をひとつ潰して棚を並べた。 三代前の当主、すなわちあゆ子の曾祖父の弟が、もうひとつ部屋を潰した。 その二棟の蔵と、母屋の二間を埋め尽くすのが、本だった。 #はなのえ文庫

2016-07-07 20:28:41
こみや@空想の街 @Ne2_co

誰が名乗ったか知らないが、文を好むとはよく言ったものだ。むしろその名に呪われているのだろう、とあゆ子は思う。 そう、好文家に流れる病の血とは、よく言えば本好きの――書痴の病の血なのだ。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:38:34
こみや@空想の街 @Ne2_co

とはいえ、毎度のようにそんな人間が発生するわけではない。 この膨大な本を前にするうち、もしくは書痴の気に当てられるうち、なし崩し的に常識的な範囲内での本好きになる者がいるにしてもそれはごく少数派だ。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:39:44
こみや@空想の街 @Ne2_co

あゆ子の祖父の長兄――つまり大伯父――も書痴としては穏便な方だったという。こんな反故の山売ってしまえという親族に苦笑しながら、本を売らず、あんまり買わず、時々街に来て本を読んで、また外へと帰って、それを繰り返すうちに生涯を終えた。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:41:28
こみや@空想の街 @Ne2_co

問題が起きたのはその喪中だった。 気の早い親族の一人が本の一角に手を付けたのだ。それは床を起きるのも儘ならなくなった大伯父が手元へと取り寄せたものだった。 とうとう、という安堵と愁嘆の声が漏れる中、ひとまず数十冊の本が古書肆へと引き取られていった。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:42:13
こみや@空想の街 @Ne2_co

次の日の朝、その本はリヤカー一杯になって戻ってきた。 唖然とする人々の前で、面倒だから店にあるものひっくるめて買い戻してきた、と言い放ったのは、あゆ子にとって叔父にあたる青年だった。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:43:15
こみや@空想の街 @Ne2_co

――らしい。 というのも、あゆ子の物心がついたころには、その叔父という人は既に勘当同然の扱いになってこの家へ引きこもっていたのだ。 半ば苦笑を籠めてその話が語られたのは、叔父の葬儀の時だった。叔父は三十になったばかりだった。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:43:56
こみや@空想の街 @Ne2_co

季節がわりの風邪をこじらせて、それが運の悪い方へ進んで、あまりに呆気なく息を引き取ったのだという。叔父も叔父で意地を張ったのだろう、やっと届いた本家への報せは死の報せだったらしい。 十二歳のあゆ子はその死に顔を見なかった。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:44:34
こみや@空想の街 @Ne2_co

そして、あの家だけれど、という言葉が両親の口から漏れたのは二年と少し前の春浅い頃だった。 あゆ子の母は本家を継いだもう一人の弟――本家の叔父に随分と愚痴を言われたようだった。本家の叔父も悪い人間ではないから、手を尽くしてはいたらしい。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:45:41
こみや@空想の街 @Ne2_co

だが、利かん気でならした不肖の末弟の記憶との闘いも楽なものではなかったのだろう。(母曰く、「幼いころから喧嘩するほど仲がいいと評判の兄弟だった」「けれど口でも腕でも弟に勝てなかった屈辱は死を間に挟んだところで美しい記憶に変わったりしない」とのことだ。) #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:46:32
こみや@空想の街 @Ne2_co

それを聞くともなしに聞いていたあゆ子は――ちょうど卒業を目前に控えていたあゆ子は――じゃあわたしが行くよ、と言ってしまったのだ。 え、と声をそろえた両親から、叱責の声が飛ぶのではないかとあゆ子は身構えた。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:47:16
こみや@空想の街 @Ne2_co

けれど、不思議なことに両親は――そうだね、それがいいだろうね、と、驚くほど穏やかに頷いたのだった。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:47:44
こみや@空想の街 @Ne2_co

寝間着を脱いで、着替える。夏は厚着をしなくてもいいから好きだ。 今日はとりあえずの麻の単。生成りの地に麻の葉模様を細い赤の線で散らしてあるのが刺し子のようで気に入っている。帯は紺の半幅。少し茶の勝った髪を梳って一本に纏める。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:48:52
こみや@空想の街 @Ne2_co

我ながら洒落っ気のないものだとは思うけれど、見せる相手もいないから構わないのだ……悲しいことに。最後に薄紅の前掛けを締めて。 さあ、門を開けておこう。誰が来たって来なくたって、それがあゆ子の一日の始まりだ。 #空想の街 #はなのえ文庫

2016-07-01 07:49:32
こみや@空想の街 @Ne2_co

木の門をあけて、門の外で。さあご飯ご飯、と戻っていくあゆ子の頭上、門に掛かった額の文字は―― #はなのえ文庫 。 いつの頃からか、街の人々にも開放されたこの家の暗がりで、古びた本たちが読まれるのを待っている。 #空想の街

2016-07-01 07:51:59

設定 その①

こみや@空想の街 @Ne2_co

【設定】#はなのえ文庫 好文(よしふみ)あゆ子…西区の南寄りにある個人図書館、はなのえ文庫の主人。22歳。 はなのえ文庫では好文家の本好きが代々収集した本(和古書中心)を公開しています。お暇潰し・調べものにどうぞ。雑多な種類の本があるので気軽にお問い合わせください。 #空想の街

2016-07-01 07:54:53

蔵書紹介

こみや@空想の街 @Ne2_co

『氷涼祭記』を閉じる。何代か前の先祖が書いた日記の特別篇で、本祭までに読み終わるのが目標だった。「この頃は風船に切紙の花を貼ったりしてたんだなあ…かわいいかも……風船!」 #はなのえ文庫 勢いよく立ちあがったあゆ子は、案の定、積み上げた本の山を崩落させた。 #空想の街

2016-07-01 15:03:11
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