「メタ存在論」の検索結果

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  • 私家版ハイデガースタディー10 沈黙から語りへの転回の内的必然性

    それはメタからしか得られないのです。しかし「存在者の全体」に対する「全体における存在者」というのは、いわばさらなるポストメタで、メタ自体は、時間は内時間ではなく内世界だ、ということです。事実的実存を分析する方法が基礎存在であるのに対して、事実性をカッコに入れて、現存在の生起そのものの方法を問題にするのがメタ... 続きを読む
    6655pv 38 5 2015年12月4日
  • 私家版ハイデガースタディー11 欠如態を暴く図式光景へ向けて

    無とは基礎存在あるいは対自即自性の無のことであり、メタあるいは脱自性の有のことだ、という文脈から始まる、といういわば図式性を告げると、それをメモっておられた。世界の無について、GA24だけに依拠していて、メタへ転回して無化された無時間的世界が、まだ維持されてそうな立論ですね。京都学派風なのかしら?GA26のメタへの内的必... 続きを読む
    3802pv 29 8 2016年3月26日
  • ハイデガー読解201701 オイディプス時間=仮象とは別の確実性が語る=触発すること

    丸山論文の「メタは基礎存在の内的必然性か」という定式化にあるように、実存論はカントの被制作性暴露の代わりに、先駆的決意性を抱かせた。それが内的必然性となって、カントの気分分析であるメタが可能になったわけです。その結果、最後の神への言及が始まる。そのためにまず生物論(実存論)が基礎存在として立論され、それが内的必然... 続きを読む
    6286pv 20 5 2017年1月28日
  • ハイデガースタディー タカ基地氏との解題01 非本来的時間論から、有無を含まない時。

    しかし、基礎存在では先駆的決意性だが、カント書へ至るメタへの転回以後、ハイデガーは死の先駆的決意性 という観念要請をしなくなる点ですね。それが基礎存在メタの違いでしょう。それは本来的・非本来的ではなく、存在的・非存在的を齎す時間は、内的時間ではなく時間地平だ、というメタ、と見えてきますね。そしてメタ... 続きを読む
    4414pv 26 1 user 4 2016年8月14日
  • 私家版ハイデガースタディー01 罪に問わない我々

    丸山文隆のメタは、存在と時間より日本人にはスリリングのはずよ。(^-^)/メタ…あはは(*^o^)> 欠点を踏まえて理解…大事ですね〜(*uou)/しかし、『存在と時間』では、辛うじてゾルゲだけで、未完化するのだが。 メタ…欠点を踏まえて理解ハイデガー読本お持ちなら、気分がどういうものかは、瀧将之氏の『メタ、不安と退屈、自由』が分かり... 続きを読む
    5047pv 24 1 user 2 2015年1月13日
  • 私家版ハイデガースタディー08 時間を現勢的有限の規定とするとき人間は有力化する

    それは自由の規定の誤謬推論だというのが、ハイデガーのメタなんだと思います。カント書からメタへの転回以後、決意性が削られるというのは、時間が規定され直したからでしょう。『存在と時間』でヘーゲル(の眼前の今という点、としての時間概念)を退けても、まだ時間が完全に規定性となっておらず、カント書において、存在を証明しないため... 続きを読む
    3874pv 38 4 2015年9月26日
  • 君たち、デカルトの原父語りを念仏にするのは侘しいよ、せめて世界内存在=愛を語ってよ。

    昨日の話していたのは、その1929年に、メタへの転回が起るとは、公共性というハイデガーの言う曖昧からは退屈の極意である閑暇(スコラゼイン)という、ギリシャ人の本来の根本気分に達したという話です。このように、ウィトゲンシュタインが「存在の呼び声」に呼び止められた1929年は、ハイデガーに依る形式の冗長化=退屈化=メタと同時期... 続きを読む
    2445pv 7 5 2017年1月11日
  • 三島由紀夫の死生観と、ハイデガーの転回

    それはハイデガーでは転回、ないしはメタと呼ばれるのだ。今日的に言えばAIの話だと思えば良い。やっとハイデガーの基礎存在までは読解が咀嚼できた、といいたいんだろうな。もちろん、ハイデガーはそうした先駆的決意性から一気に転回するのだが、転回できなかったんだろうな三島は。そういう超越論が存在となる地点。それは哲学が完全な文学とな... 続きを読む
    8712pv 14 21 2017年1月14日
  • 私家版ハイデガースタディー02 神無き客観、反地動説的地平の共有

    このハイデガーの無、メタは、私が知るかぎり丸山文隆『無についてわれわれが語るときわれわれが語ること』の が一番美しかったよ。ただし丸山文隆氏は、メタに至るハイデガーのテクストクリティックが厳密 で、どのように黒ノートをクリティックするのかは、興味あったのだが。そこからいわゆるメタへの転回が、内的な理路として必然化さ... 続きを読む
    5377pv 57 4 2015年1月29日
  • ハイデガーの黒ノート日独会議、「一般読者」からの親近感

    黒ノートはトラヴニー氏によると、ユンガーを引用し、工作機械として近代形而上学を批判し、その際に「世界ユダヤ組織」という述語がでてくるようだが、黒ノートの最初の部分(94巻)は、カント書を否定し、メタに転回するために公共性を問うている、と斎藤氏は立論しているようだ。しかし、トラヴニー氏の指摘する存在史的反ユダヤ主義が存在する。黒... 続きを読む
    19205pv 74 11 users 6 2014年12月16日
  • 私家版ハイデガースタディー03 カント書へ還れ Vol.1

    それが最近は、とくに冒頭の丸山文隆 の、手許性が棄却されメタとなる、という論証が台頭してきた。カント書は、時間を受容する自由に対して、自発的理性の不自由という、純粋化の記述です。理性は肩身が狭い。そこからいわゆるメタへの転回が、内的な理路として必然化された、と丸山氏は論証しているように見えます。その後の現代思想では、大... 続きを読む
    6362pv 70 1 user 5 2015年2月16日
  • 談義 日下部後期ハイデガー観 主観性原理と存在原理 イギリス経験論によりアポリア化する日本と、量子論の対称性~etc

    ここを通過しなければコペルニクス的転回の転回も、メタへの転回も何もないことになってしまいます。 試合に行ってきます^ ^村井則夫『自性態の四方域』 では、近頃の思弁的な実在論を尻目に、ハイデガーの存在を、基礎存在では脱人間学の図式であり、非本来的形而上学の批判でしかないが、GA41原則論の裏本『寄与論考』では、形而上学である実在論... 続きを読む
    3319pv 18 8 2018年6月28日
  • 私家版ハイデガースタディー06 非現前的時間によるメタボレーの先駆

    ハイデガーも戦前のカント書で新カント派を完敗させて以降、メタに転回して、やめてしまう。 超越論的主観が与える時間性で押し切ることで不毛な観念論をしなくてすむようにする、という処置ということでしょうか。それで、バフチンの立場からデリダを読みかえたのが東氏の『存在的郵便的』やなぁ。理解というのは、先学問的・先存在的理解、つま... 続きを読む
    3715pv 26 1 user 2 2015年6月17日
  • 私家版ハイデガースタディー05 カント講義書とカント的退却

    ハイデガーも戦前のカント書で、学的存在を完了し、メタ(詩学)へ転回します。つまり学問が初めて正式に諸学になった。残された学的存在は、その転回の内的必然性の論証だけに収束した。それはカントがその必然性を言及できていないから、ということのようです。特にラカンなんてのはそれで、あいつの思想はハイデガーの存在にフロイトで味付... 続きを読む
    4114pv 38 1 user 6 2015年5月20日
  • 存在驚愕:「驚き」というメタファー(と「マインドフルネスの背後にあるもの」の背後にあるもの)

    だが、存在することそれ自体に「驚く」というのは、ある存在的事実を際立たせるメタファーとして有効だと思うが、それを「喜ぶ」「歓喜する」と言い換えうるとみなすなら、それはレトリックに溺れた誤謬推理か何らかのイデオロギー的誘導だといわざるをえない。宗教はよくこれをやるから注意が必要。「なぜ無ではなく何かが存在してはいるのか」という「... 続きを読む
    1590pv 1 65 2019年5月21日
  • メタ定理の証明はどこでなされているか?

    メタ理論としてZF+¬ACをとり,その中で数理論理学を展開するとたとえば完全性定理が成り立たなかったりするわけですか(つまりそこでは無矛盾だがモデルが存在しない公理系が存在しうるということでしょうか?).恐ろしいですね.(但し選択肢は3つ以上) もし有権者が有限であれば非単項超フィルターは存在しないので, UD, WP, IIA, NDを満たすSWFは存在しない. これがArr... 続きを読む
    6177pv 10 1 user 2016年6月17日
  • 『ギリシア棺の謎』と後期クイーン的問題

    探偵小説世界内存在である探偵は、世界の外側を知ることができない。『頼子のために』の真犯人の位置に、探偵は永遠に到達できないのである。そうすると探偵は、手掛かりが真か偽かについて、想像するより他なくなる。そして、探偵の想像は、メタ犯人、メタメタ犯人、…と無限に拡がっていく事になる『<偽>の犯人が無限に登場することは、あり得ない―Q.E.D(... 続きを読む
    3122pv 15 2015年8月4日
  • 超準解析において無限小量はいかなる意味で「存在する」のか

    「論理実証主義者」としてロビンソンが念頭に置いていたのが具体的に誰かは(私には)わからないが,どうもあの時代(1966年前後ということ)には「存在などくだらない」みたいな風潮があったらしい.(というより存在の復権ということ自体が最近の出来事らしい.)以上で,(1)クワイン風の説明;つまり存在を形式化することにより「存在」の価値を... 続きを読む
    2073pv 3 2018年4月29日
  • ミュンヒハウゼンのトリレンマと後期クイーン的問題

    しかし、〝メタレベルの無限階梯化〟がメタ犯人の存在を問題にしている限り、これが命題の無現後退と一致する事はないように思われる。既にでも言及しているが、犯人候補は膨大であっても有限であり、無限の存在を仮定できる命題とは異なるのではないか確かに法月の〝メタレベルの無限階梯化〟は、『メタ犯人による証拠の偽造を容認するなら、メタ犯人を指... 続きを読む
    2652pv 2 1 user 2016年10月22日
  • 【シューニャリアーナ】アラヤの抑止力と拮抗

    デリダは、テクストの限界極致を見出し、還元不可能性の領域を言語化(存在化)しようと試みた。ちょいプロフィールとしては未熟だが、おおかた外れちゃ無いはずだいずれも、実は共通しているように思うところは、その現象学的存在(?)は、『不在・非-在・非現前の、現実以前の・現実、物体外の』実在、めにみえないもの、の実在の現象学である、と言えうる... 続きを読む
    2011pv 5 2012年7月21日
  • メタキャラクター・メモ

    ベアトリーチェは「物語」外のメタであると同時に「ゲーム」のマスターであると読むと構図が分かりやすくなると思いますが、ちなみにうみねこは何話までプレイされていますか?ただ、メタ・ベアトリーチェの存在は、物語上のみの現象として収めるには、矛盾に満ち過ぎていて「あれは物語外の存在」という解し方で、僕はかなり腑に落とした所があります... 続きを読む
    2132pv 2010年8月18日
  • メタキャラクターとかのメモ書き

    その戦略性はメタ・視点、メタ・キャラクターの存在も想定し得るものだ…というのが昨日の話に接続するポイントですね。“物語外”を明示しなくても、アカシクレコードを手に入れると、メタキャラクターと同位存在かもしれませんね。そして件のものは天国にはあっても良さそうですw『空色パンデミック』を軽く解説すると、 「空想病」というものが存在して... 続きを読む
    2143pv 3 1 user 2010年7月21日
  • 数学の基礎づけ

    T |- φ⇔P(#φ) なる P は存在しない、という形で。対角化定理から A⇔¬P(#A) な A が存在して、一方 A⇔P(#A) となり矛盾します。ZFCは1階論理上に建てられて、だから1階論理はZFCに先行すると考えてよい筈だが、1階論理の完全性定理の証明に選択公理が必要という話になると、これは先にZFCが存在しないとまずいよね。ああ、スノッブな数学って、区体論とか角の三等分家... 続きを読む
    124pv 2011年9月5日
  • 集合論の非標準モデルについてのお話

    「ZFCからの矛盾の導出が存在しない」という仮定がメタ理論でなされている以上、メタ理論における自然数に対応するのがホンモノの自然数。ここで述語「x はホンモノ自然数である」が数学的帰納法の適用範囲にあると困るから、ホンモノとニセモノの区別は理論内では定式化できない。ZFCとそのモデルMがあった時にMの元がメタ自然数0か、1か、みたいなのはそれぞ... 続きを読む
    2282pv 20 2018年5月23日
  • 虚構内存在と後期クイーン的問題

    むろん全ての作中人物は「虚構内存在」なのですが、「実本格ミステリ」にはそれを「現実存在」に漸近させる意志があるわけです。そうした意志は、端的にいって探偵の「真実はいつもひとつ」という素朴実在論的な世界観に宿っていると思っています。確かに、「現実存在」を前提に描かれた作中人物が、突如としてメタな発言をし始めたら、それはリアリズムの... 続きを読む
    873pv 5 2021年2月20日
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