壁打ちまとめA

女体化で壁打ちしてるやつ
0
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

自分たちは中身が男だと知っているが他人はそうじゃない。普段通り振る舞えないのは色々うっぷんも溜まるし協力するのはやぶさかではないが、少しは警戒心と男の夢を壊さない程度の思いやりを持って。云々。 言うことは確かにもっともだが、尻を出さないように我慢するだけじゃ足りないのだろうか。

2016-06-17 21:08:49
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「いや尻出すとか脱糞は男でもアウトだからね!? いい加減わかって!?」 「具体的にオナシャス」 そう言うと、頭を抱え込んだ末にひとつの基準を提示された。 「大昔のさ、ダッサイ水着あるでしょ。しましまで半袖半ズボンみたいなやつ」 「あー……あれはさすがの俺でもダサくて萎える……」

2016-06-17 21:16:22
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「その姿で萎えるとか言わないで! 童貞の夢を壊さないで! ……で話を戻すけど、その水着の範囲は人に見せても触らせてもダメ!」 なるほどわかりやすい。 とすったもんだあった釣り堀の帰り道、椴松がチューブがふたつ連なったアイスを買って、半分くれた。コーヒー味のアイスが甘くて美味しい。

2016-06-17 21:21:22
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「僕ふたつもいらないし」 といかにも面倒臭そうに言ってはいたが、それならもっと安くて小さなアイスがいくらでもある。ニートなのだから余分な出費は抑えたいところだろうに。 椴松は椴松なりに、元気づけようとしてくれているのだろう。ほんとうに少しだけ、感謝してもいいかなと市松は思った。

2016-06-17 21:28:20
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「今回は本当に長いね」 著呂松が求人誌をぱらりぱらりとめくりながらどうでも良さそうに言う。どうでも良さそう。この距離感は嫌いじゃない。むしろ大げさに心配なんてされるより気が楽だ。 とはいえこれまで何人もの松にまったく同じことを言われているので返事のバリエーションが尽きた。

2016-06-18 14:03:43
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

とりあえずじっと視線を注いでみると、口をますますへの字にして見返してくる。そして開口一番。 「養わないからな」 とだけ言って再び視線を求人誌に落としてしまう。この求人誌にを眺めるという行為を著呂松がやめる気配はない。どうせポーズの癖に、と言おうと思った口は、しかし。

2016-06-18 14:08:17
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「あいつは養うのに?」 ついそんな言葉を口に出してしまってから、市松は鋭く舌打ちした。すると著呂松は深々とため息を吐いて、求人誌を閉じる。 「なに、養って欲しい訳?」 市松はひひひと笑ってみせた。 「まあこんななりだし……一生元に戻らなかったらそれも悪くないかなって」

2016-06-18 14:12:10
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

著呂松はわざとらしくため息を吐く。 「違うだろ。おまえが養いたいんだろ」 一瞬言葉に詰まる。言われた途端に脳裏によぎったのは深い青。 「別にね、本当の本当に困り果ててどうしようもなかったら、僕も鬼じゃないから考えてやらなくもないけどさ。ていうかあのときのあいつはそうだったけど」

2016-06-18 14:19:58
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

著呂松が立ち上がり、居間の戸口に向かう。 「今のあいつはたぶん僕らの中で一番就職とかできるタイプだと思うし、養ってって言ったら養ってくれるんじゃないの」 そう言い捨てて、著呂松は居間から出て行った。ややあって玄関の開閉する音が聞こえて、それきりしんとした居間で市松はうなだれる。

2016-06-18 14:24:18
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

そうだよ養いたいんだよ悪いかよ。 この数週間、ほとんど触れ合っていないふたつ上の兄のことを、市松はそのくらい好きで愛している。たぶん働きに出たら唐松の方がうまく社会でやっていけるタイプなのだろうけど、それでも。 あの素の笑顔でへにゃっと笑ってお帰りと出迎えて欲しかった。

2016-06-18 14:33:11
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

子供のままごとのようなそんな夢想は、告げることのできない想いを抱える市松にとってはささやかな慰めだった。 なにしろ同じ家に住んでいるのだから、時たま妄想と同じように出迎えてくれることもあって。でもそれは兄弟に平等に向けられていることも知っている。全員愛するブラザーなのだから。

2016-06-18 14:38:45
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

その長年ひっそりと抱え続けている想いは他の兄弟にはバレバレのようで、知らぬは当事者の唐松くらいだ。 でもそれでいいと思っていた。ままごとのような想像で自分を慰めて、兄弟として側にいられれば充分だと、自分に言い聞かせて。 けれど、最近その想像さえうまくいかないのだ。

2016-06-18 14:44:51
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

女性が外で働いて旦那を養う、という形態を批判するつもりは一切ないのだが、どうも自分にうまく当てはめられない。 想像の中の自分は常に男のままなのに、目を開ければ身体は女。その度にもやもやした気分が募ってしまう。 「早く戻りたい……」 ぽつりと呟いた弱音は、居間の畳に落ちて消えた。

2016-06-18 14:51:28
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

路地裏で、しゃがみ込んで親友を撫でながら市松は眉をしかめた。痛い。腹が痛い。 ここ数日、意識すれば腹が痛むかな程度の痛みがあって、何度トイレに行ってもすっきりしない。ゆるいはゆるいのだが、別に変なものは食べていないし、もし食中毒なら家族全員が全滅しているはずだ。

2016-06-24 02:04:25
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

内心首を傾げつつしばらくこらえていると徐々に痛みが引いてきて、市松はほう、と息を吐いた。心配そうに寄ってきた親友たちを大丈夫の意を込めて撫で、立ち上がる。 「またね」 なあん、と返事する彼らは市松が女になってもちゃんと認識してくれて、それが一体どれだけ慰めになったかことだろう。

2016-06-24 02:09:31
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

少しだけ口元を緩ませながら路地裏から表の通りへ出たところで、ふたつ上の兄と出くわした。 「お、市松」 声をかけてくるのを無視して、市松は家の方へと足を向ける。フリーハグの看板を掲げた皮ジャンの男なんて知らない。顔が似てる? よく似た他人もいたものですね。兄弟なんかじゃないですよ。

2016-06-24 02:12:28
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「い、いちまつっ」 心の中の声は、唐松の焦った声で中断させられた。嫌々背後を振り返れば、小走りに寄って来る唐松の姿。顔が少し強張っている。なんだ、と思う間もなく。 走りながら脱いだ皮ジャンを腰に巻き付けられた。 「はっ?」 唐突な行動に、どう反応していいのかわからない。

2016-06-24 02:17:23
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

ぎゅうっと皮ジャンの袖を腰で結ぶと、困ったような顔をした唐松がちょっと背を屈めて市松の耳元に囁いた。 「……市松、ズボンの尻に血がついてる」 耳を掠った吐息にぞくりとしつつも、言われた内容に市松は立ちすくんだ。 「なにか準備はあるのか?」 市松はふるりと首を横に振る。

2016-06-24 02:22:37
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「……ない」 タンスの奥にしまい込んだ巾着を思い浮かべる。そうか、と唐松が言い、市松の手を引こうとする。 「俺はよくわからないんだが、家までは行けそうか?」 そんなことを聞かれたって、市松にもわからない。だって初めてだこんなの。意識に昇ると、すう、と血の気が引くような気さえした。

2016-06-24 02:26:53
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

もしかしてよろめいたのだろうか。唐松が慌てた様子で市松の肩を抱いてくる。今の自分とは違う固い身体を間近に感じて、市松は泣きたいような怒鳴りつけたいような奇妙な気持ちになった。 肩を抱いている手を乱暴に払って市松は歩き出す。 「……家なら、あるから。とりあえずそっち行く」

2016-06-24 02:30:42
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

唐松はなにも言わなかった。もしかしたらうなずいのかも知れないが、それを見る前に市松は視線をそらしているからわからない。ただ普段よりずっとゆっくり歩く市松のペースに合わせながら、背後についてくる気配だけを感じた。 けれどこれ以上一緒にいたくない。 「ついてくんな」 「けど」

2016-06-24 02:34:55
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

市松の足が止まる。 「けど、なんだよ?」 意識的に低い声を出して睨みつけると、眉を下げてしまう。しかしどこかへ行く気配はなさそうだった。それに余計苛々する。数回口を開け閉めしたあと、唐松はやっとという様子で言葉を絞り出す。 「……皮ジャン」 ――胸中によぎったのは落胆と安堵。

2016-06-24 02:38:44
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

「……それ、結構高いんだ。だから家に着いたらすぐ手入れしないと」 ぼそぼそと言われる言葉に、胸中に氷でもつっこまれたような冷え冷えとした感情が広がる。 「すみませんねえクズのせいで大事な皮ジャン汚しちゃって」 平坦な声で言って踵を返す。唐松はなにも言わず、静かに後ろをついてきた。

2016-06-24 02:42:39
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

家に着くなり、市松は乱暴に皮ジャンを腰から取って、背後の唐松へと投げつける。その足で二階の子供部屋に行ってタンスから例の巾着と着替えを取って階下に戻り、汚したものを手洗いするついでに熱いシャワーを嫌という程浴びて出る。 血の汚れの落ちにくさにげんなりしながら洗濯機につっこんだ。

2016-06-24 02:47:24
イチ@ぐうたら類(原稿中) @ichi_p01

その頃にはもう唐松は家にいないようだった。再び出かけたらしい。 無人の子供部屋の中、拭われたらしい皮ジャンが鴨居に引っかかっているだけだ。 またフリーハグでもやりに行ったのかと思うと、胸の奥底がジリリとする。 市松はガリガリと頭を掻いて、苛立ち紛れに皮ジャンをぽすりと叩いた。

2016-06-24 02:51:17