確率的因果論の物理学・法学・社会学への継受関係:KriesからPlanck、Radbruch、Weberへ
- kuragari20nen
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夏休みで少し時間ができたので、『書斎の窓』連載中のWeberの方法論の話に関連して、当時の自然科学の動向も少し調べることにした。 Rickert流の文化科学/自然科学の二項図式は、Weberの方法論を理解する枠組みとしてだけでなく、科学論としてもいろいろ変だと私は思うのだが、
2016-08-22 14:00:14じゃあ実際の自然科学はどうだったかが気になったのだ。 v.Kriesの同時代人にはMaxwellやBoltzmannがいる。つまり、理論物理学にも確率論が本格的に導入され始めた時代だ。v.Kriesの『確率計算の諸原理』にももちろんMaxwellもBoltzmannもでてくる。
2016-08-22 14:03:13「そういえば当時は量子力学前夜だったよなあ……」と思い、Planckの「正常スペクトル中のエネルギー分布の法則について」(1901年)という論文を読んでいた。量子力学の始まりとして、どんな物理学史にも必ず出てくる超有名な論文なので、ご存じの人も多いだろうが、
2016-08-22 14:05:09ぱらぱら眺めていて、途中で、目が点になった。v.Kriesの『確率計算の諸原理』が引用されてるのだ! え、ええ、えー!! あわてて遥か昔に読んだ朝永振一郎『物理学とは何だろうか 下』や高林武彦『量子論の発展史』(最近復刊された(^^)をひっくり返す破目になる。
2016-08-22 14:06:06Planckはこの論文で、黒体放射の公式を、熱力学の第2法則を原子論的に基礎づけるBoltzmannの原理によって導き出そうとして、エネルギー量子仮説に至りつくことになる。プランク定数が発見された論文でもある。(我ながらあやしげな解説だなあ……原論文はwikiの
2016-08-22 14:06:42「プランクの公式」などからたどれるので、興味があれば自分で読んでください笑)。その途中で、Planckはどんな考え方でBoltzmannの原理を導入したのかを説明しているのだが、そこでv.Kriesの「遊隙Spielraeume」を引用して『確率計算の諸原理』が参照されている。
2016-08-22 14:07:23Planckがこの時点で「量子」についてどう考えていたかは、科学史上でもかなり論点になっていて(先のwikiの項目でも解説されている)、T.Kuhnも本を書いているらしいが、それに直接関わってくるわけだ。
2016-08-22 14:07:55英語圏やドイツ語圏の科学史ではすでに研究もあるので、確かな話を知りたければ、そちらを読んでもらいたいが、v.Kriesの「遊隙」をわざわざ引用した以上、Planckにとってエネルギー量子仮説は、たんなる計算テクニック以上のものだったと考えた方がよいだろうなあ……。
2016-08-22 14:08:25(原論文でも、接続法Ⅱ式もつかってめちゃくちゃ慎重な仮定をつけた上で、Boltzmannの原理の導入によって複数の「さらなる帰結weitere Schluesse」が引き出せる可能性に言及している。つまり、エネルギー量子仮説以外にも帰結があると考えていた、と考えられる。)
2016-08-22 14:09:34v.KriesやWeberが使っていた意味での「法則論的知識/存在論的知識」で表現すれば、元の存在論的知識が黒体放射のスペクトル(のWienの公式からのずれ)、それに対してPlanckのエネルギー量子仮説が適用されて、今度は「量子」が新たに存在論的知識になった、といえる。
2016-08-22 14:10:54存在論的知識は「事実の知識」とか「史実的知識」とか訳されてきたけど、むしろ、こういう意味、というか性質の知識だと、私は考えている。日本語でいえば「事実」というより「事態」に関する知識だ。 マイヤー批判論文ではわざと両義的につかっているので、「事実」という森岡訳が適切だけど。
2016-08-22 14:12:20【承前】しかしWeberの社会科学方法論の論文と、量子力学の始まりとなったMax Planckの論文と、そしてG.Radbruchの法学の因果同定手続き論と、この三分野の三人の重要な論文で引用参照される確率論の著作、というのもなかなか化け物である。
2016-08-28 04:53:42v.Kriesが定式化して、Radbruchが法学に、Weberが社会学に導入する因果特定手続きは「適合的因果構成」「相当因果関係説」と呼ばれている。でM.Heidelbergerも示唆しているように、これは現代の科学論や分析哲学でいう「確率的因果論」と同じものだ。
2016-08-28 04:54:14例えばv.KriesやWeberが「偶然的/適合的原因」と呼んでいるものは、P.Suppesの術語でいえば「贋のspurious/真のgenuine原因」にあたる。英語圏での出元がReihenbachなのだから、あたり前だけど。「贋の原因」は要するに「疑似相関」だ。
2016-08-28 04:56:35つまり、科学史や科学論としては、確率的因果論は19世紀の第4四半世紀にv.Kriesによって体系化されて、19世紀の終わりにRadbruchらによって法学に、20世紀の初めにWeberによって(歴史学と)社会学に導入されて、現在にいたっている。
2016-08-28 04:57:05そして物理学ではPlanckによる量子仮説の提唱にも一役買った。 --と考えるのが、それこそ歴史の因果的記述としては一番妥当だろうなあ。現在の知識状態では(^^;;。 さらにいえば、
2016-08-28 04:57:41マイヤー批判論文でWeberは、v.Kriesの『確率計算の諸原理』の一○七頁と一○八頁をくり返し参照指示しているが、ここで述べられているのは、現在の言い方でいえば、仮説の値と観測値での比率のずれを二項分布で検定する手続きなのである。
2016-08-28 05:00:32さすがにちょっと信じがたいが、M.Heidelbergerも実質的に同じことを指摘しているので("Origins of the logical theory of probability," 2001, p.41)、本当にそうなのだろう。
2016-08-28 05:01:26Heidelberger, M., 2001, "Origins of the logical theory of probability: von Kries, Wittgenstein, Waismann," in International Studies in the Philosophy of Science, 15(2): 177-188.
(もちろん、当時はまだ「有意水準」みたいな概念はないので、分布の頂点がずれて片方の裾が重い、みたいな分布の形状で説明しているが。)
2016-08-28 05:02:01