ライトノベル作家・扇智史のつぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード3

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バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「……いや。お前の誕生日、帰ってやれなかったから」

2011-06-02 21:29:09
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「何だそんなこと?」がっくりと、肩から力が抜けた。緊張の解けた胸の内から、自然と笑いがわき起こる。「あっはっは、そんなこと気にしてたの? だいじょーぶだいじょーぶ、誕生祝いだったら友達と盛大にやったからさ、むしろ親がいない方がいいくらいのもんよ、高校生の誕生日なんて」

2011-06-02 21:29:38
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ちょっと言い過ぎたかな、と思ったが、両親はほっとしたように相好を崩した。母はいつまでも持っていたお寿司の盆をテーブルに置き、その右手で、左手のボストンバッグを開ける。「何にもなしじゃ悪いからさ。年またいじゃったけど……お誕生日、おめでとう」

2011-06-02 21:31:00
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

あまり綺麗とは言えないラッピングの、ペットボトルほどの大きさの箱が差し出された。「うわ、ありがと!」もちろん、お祝いはあればあるだけ嬉しいものだ。本心からお礼を言って、ヒメナはそれを両手でがっちり受け取った。「ね、開けていい?」「どうぞ」

2011-06-02 21:32:06
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

リボンをほどき、丁寧にラッピングシートを切って開くと、中から出てきたのは素っ気ない紙の箱。「あんまり綺麗なもんじゃなくて、悪いな」「父さんが選んだの?」「ああ……」「なら納得」

2011-06-02 21:34:01
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

いたずらっぽく笑い返し、箱を開ける。と、中から出てきたのは、熟したフルーツみたいに朱色に輝く、ステンレスのトールカップ――小さなLEDやパネルがあちこちについた、ずいぶんガジェット豊富な代物だ。底部を見れば、何とコネクターまでついている。

2011-06-02 21:35:29
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「サーモカップ?」「ああ、しかもコメタ並みのメッセージ機能つきだ」父が、まるで自分が作ったみたいに胸を張る。「そのうえ、ちょっとずつ持ち主の好みも理解してくれるようになるってさ」「ほんとに?」それは眉唾だが、とにかく多機能なことは間違いないようだ。

2011-06-02 21:36:53
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「こんなの、どこで? 今時、こんなテラ盛りの多機能なのなんてないでしょ?」「出張先でさ。繁華街の裏通りに、こういうのをたくさん扱ってる店があって」ガレ横みたいな店だろうか、と想像する。娘への誕生日プレゼントを買うのにそういう所を選ぶ辺りが何とも無骨で、父らしい。

2011-06-02 21:38:37
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ジャンクかと思ったけど、ちゃんとしてたよ。請け合っとく」「なら安心だね」母と娘で笑い合い、父は肩をすくめる。「ともかく、ありがと。大切にするよ」「まだまだ寒いし、あったかい飲み物はいると思ってな」父は目を細め、「そしてこれは、コメタへの感謝の気持ちでもある」

2011-06-02 21:39:59
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「コメタに?」「いつまでも炊飯器とか掃除機だけじゃ、狭苦しいだろうし」「部屋から出られないものね」母は部屋を見回し、コメタが自分を分極している家電に目線を移す。炊飯器、掃除機、冷蔵庫に除湿器。持って歩くには少々難儀なものばかりだ。

2011-06-02 21:41:17
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ケータイは嫌いだっつうしさ。こういうのなら持ち運べるし、いいかな、と思って」「そうだね。これなら、学校にも連れてけるかも」「おお、いいね。あの子も喜ぶんじゃない? ほら」「ああ、らっこちゃん?」確かに彼女、前に遊びに来た時にはコメタをいじり回していた。

2011-06-02 21:42:52
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

彼女とコメタをじっくり会話させたら、すごく面白いことになりそうだ。まあ、まずはこのカップにコメタが移植できるかどうか、だけど。「それに、俺らもまたすぐ出張だしな」「ああ、テツクズが近いもんね」「この休みは、その前の骨休めってとこさ」

2011-06-02 21:44:20
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「で、俺らがいない間、お前が寂しくないように、とも思ってな」父が指さしたカップの側面、家族の名前が――コメタの名前もいっしょに、彫ってあった。「わ!」ヒメナは驚きを隠せない。こんな、ずっと残る物に家族の名前を刻むなんて、ここ数年、絶えてなかったことだ。

2011-06-02 21:46:03
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「ありがと……大切にするよ」自然と顔がほころび、涙が出そうになる。ヒメナはそんな湿った空気が好きじゃないから、あえておどけて、「それより、お寿司食べたい」「おっと、そうだった」父がうなずいて、お盆を包んだシートをほどく。

2011-06-02 21:47:27
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

三人前のお寿司を、家族みんなで――まあ、コメタはこんな時は仲間はずれになっちゃうけど――囲んで座る。たまにはこういう、ふつうの家族みたいな晩ご飯も悪くない。

2011-06-02 21:48:59
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「いっただっきまーす」「ワサビ抜いてないけど平気?」「大丈夫だよ、小学生じゃあるまいし。あ、いきなりトロ取らないでよ父さん」「まだまだたくさんあるからいいじゃないか。ほら、ウニやるぞ」「それよりイクラちょうだい」

2011-06-02 21:50:16
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

……その後、父も母も焼酎で酔いつぶれた。ヒメナもこっそりいただいたけど、まるで酔いを感じない。実は両親より強いのかな、と思いつつ、ヒメナはプレゼントのコーヒーカップを撫でる。小さなパネルには、まだ何の表示もされていない。充電が必要なんだそうだ。

2011-06-02 21:51:42
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

『コ*タツ*で*ねると*カ*ゼ*を*ひきます*よ』コメタが忠告しつつ、掃除機で父の頭をコツコツ叩くが、父はいびき一つかかない。「寝かせてあげなよ」とつぶやきつつ、ヒメナはカップとユニバーサルケーブルを手に、炊飯器の方へ歩み寄る。

2011-06-02 21:53:21
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「コメタ、ちょっとごめんね……」炊飯器のネットワークケーブルの横、ユニバーサルポートにケーブルをさしこむ。何だか、ひどく秘密めいたことをしている気がして、思わず、窓の方を見る。カーテンの向こうは夜、彼女に見えないホロ雪が降っているはず。

2011-06-02 21:54:56
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

息を止め、覚悟を決めて、す、と、カップのポートにケーブルをさした。つかの間、耳がきんとなるような、奇妙な沈黙。

2011-06-02 21:56:04
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

やがて、カップのパネルに文字が浮かんだ。『飲み頃』そのたった一言が嬉しくて、ぽん、とヒメナはカップのてっぺんを叩いた。そのうち、この新しい体にも慣れて、ずっといっしょにいられるようになるだろう。

2011-06-02 21:57:31
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

時間なら、たっぷりとある。あったかいコーンポタージュが冷めるより、それはずっと長い。

2011-06-02 21:58:52
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

**つぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード3ここまで。**

2011-06-02 21:59:21