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ライトノベル作家・扇智史のつぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード3

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バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

**つぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」:エピソード3**

2011-06-01 21:19:26
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ヒメナ山崎にしてみれば、とばっちりという他はない。帰宅する生徒と効きすぎる暖房と、それから不機嫌な時任羅紗。「……そんなにいらいらするくらいなら、いっしょに行けばよかったんじゃない?」「無理よ、小織が嫌がってるんだから。そこまで空気読めない子になりたくないもの」

2011-06-01 21:19:48
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

羅紗のぼやきは自滅的だ。野々瀬糸伊を”空気読めない”と罵った以上は、自分が出しゃばるわけにいかない。そう思ってるのは、たぶん羅紗自身だけなんだけども。「別にそんなこと、あの二人は気にしないと思うけど」「私が気にするの」「……ま、そうだよね」

2011-06-01 21:21:04
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

とはいえ、羅紗としてはこの状態もよっぽど落ち着かないのだろう。まるで安心毛布をなくした幼児が爪を噛むように、スマホの角を唇に押しつけてぐりぐりとさせている。「……どっか寄ってく?」気晴らししてもらおうかと提案するが、「……いい」にべもない。

2011-06-01 21:22:33
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

ふう、とヒメナはひっそり息を吐き、窓の外を眺める。高架を走る電車は、鞍条の幽霊駅を通過していく。フェッチが駅のシステムを破壊して以来、利用されていないこの駅は、お化けが出るだの攫われるだの怪談に事欠かない。

2011-06-01 21:24:00
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

いつもは羅紗もこの駅に興味津々で、スマホでホロをチェックするのが帰路の日課なのだけど、今日はそちらに目もくれない。これはもう重症で、話しかけるのも憚られた。狭く蒸し暑い車両が、よけいに重苦しく思えてくる。

2011-06-01 21:25:09
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

暑いの得意そう、とみんなに言われるが、ヒメナ自身は日本生まれの日本育ち、日本の湿気て暑苦しい夏は大の苦手だ。親譲りの黒い肌やブラウンの髪が南国系なのは重々承知だけれども、遺伝子より環境の影響が強そうだし、そもそも彼女は十二月の生まれである。どれが大事とか、決められない。

2011-06-01 21:26:22
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

無言の時間がしばらく続き、停車駅のアナウンス、ヒメナの降りる駅だ。「じゃあね」と手を振るヒメナに、羅紗は手を振り返すだけ。……もう一言、何か言ってあげたいと思ったけど、思いつかないうちに電車は行ってしまった。

2011-06-01 21:28:04
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

人の流れに沿って駅舎を出ると、冷えた空気が全身を撫で、温度差でひび割れそうになる。雪の降った昨日ほどではないけれど、寒いのも好きじゃない。帰り道のコンビニ、中華まんに目を惹かれるけど、我慢。こないだも、羅紗より体重が上になっちゃったことにショックを受けたばかりだ。

2011-06-01 21:29:20
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

マンションの五階、自宅のドアを開けると、「おかえりなさい*ヒメ*ナ*さん」と声がした。「ただいま、コメタ」答えて三和土に上がるヒメナの足元、こつん、と何かがじゃれるようにぶつかってくる。

2011-06-01 21:30:48
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

自走型の掃除機だった。丸っこい銀色の機体の下で、吸引部がくるくると回転しながら、その勢いに乗るようにして掃除機本体も左右に揺れる。その様は、まるでペットが懐いてくるみたい。ヒメナはしゃがんで、掃除機のてっぺんを撫でる。

2011-06-01 21:32:06
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「今日は*寒*かった*ですか?」声をかけてくれるのは、掃除機ではない。部屋の奥の方から、ドア越しにくぐもったぎこちない声が聞こえてくる。「そうだね。温かい飲み物、ないかな?」ヒメナが歩いていくと、掃除機もその後をきゅるきゅるとついてくる。

2011-06-01 21:33:25
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「体の*温まる*レシピ*を*用意しています」「いつもありがとね」ドアを開けると、世帯向けマンションにしては広いキッチン。コンロのそばに設置されたラックの一番上、白い炊飯器が、ちかちかと赤いLEDを点滅させていた。

2011-06-01 21:35:01
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「体温*が*下がって*います*カ*ゼ*を*ひく*かも」コメタはいつも体調管理にうるさい。基本はただの炊飯器なのだが、食は健康の基本、とばかりに、利用者の体温やら健康状態やらをチェックして、その都度、最適なレシピを紹介してくれる。

2011-06-01 21:36:22
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「手*洗い*と*う*がい*を*おすすめします」そのついでに、こんなことまで言ってくるのだから、まあ口うるさい親のようなものだ。「はいはい」ヒメナはカバンをキッチンに置き、コメタの忠告に従って洗面所へ。

2011-06-01 21:37:58
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

戻ってくると、「雑炊*の*おすすめレシピを*用意*しています*芯から*温まります*よ」コメタのディスプレイにレシピが表示される。雑炊も悪くはないけれど、今日はパスタかな、と”別のレシピを探す”ボタンに触れ、パスタのレシピを検索する。

2011-06-01 21:39:34
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

もちろんコメタが探してくるのは、炊飯器で作れるパスタのレシピ。炊飯器は万能、とコメタは言うのだけど……「別に炊飯器でなくてもいいんだよね」ヒメナは苦笑。けれど、音声を聞き取る機能は炊飯器にはついていないので、コメタは彼女の声を聞けない。

2011-06-01 21:41:05
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

たまには、コメタにちゃんと声をかけてあげたい。労いのつもりで、掃除機の頭部を撫でる。掃除機だって、炊飯器だって、さっき自動でついた蛍光灯だって、コメタが制御してくれている。お米を炊かない日があったって、コメタはこの家には欠かせない、フェッチだ。

2011-06-01 21:42:47
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

フェッチ――断片化地球外知性は、かつて、世界中のネットワークに拡散して大被害を巻き起こした。その痕跡、というか後遺症は、今でも世界のあちこちに残っている。だからフェッチと言えば、一般的には危険なウィルスのようなもので、羅紗のような趣味人には好奇の対象になる。

2011-06-01 21:43:58
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

コメタはかなり高い知性を持っていて、しかも正気だ。希少らしいのだけど、なにせ自宅の炊飯器を住処にしているので、ヒメナには実感がわかない。せいぜいが家電の便利な拡張機能ほどに思っていて、逆にそれだから、愛着があるのかもしれない。

2011-06-01 21:45:37
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

「パスタ*作りますか?」とコメタが問いかけてくる。レシピを探しはしたけれど、まだあまりお腹は空いていない。いったん保留と返答し、棚からインスタントのコーンポタージュを出してきて、電気ポットのお湯を注ぐ。と、携帯が震えた。

2011-06-01 21:47:07
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

『ね これ どっちがいーかな?』小織からの写メール。その両手に掲げたのは、皮の表紙のダイアリー。右手にはシンプルでシックなデザイン、左手には金の飾り文字がついた華やかなデザイン。今時、手書きの日記帳なんて珍しい。

2011-06-01 21:48:14
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

……そういえば、小織は両手がふさがっている。ということは、写真を撮っているのは同行した野々瀬糸伊ということだ。彼女に携帯を貸したのだろうか……会って間もないのに、たいそう仲良くなったものである。自然と、顔がほころぶ。人が親しくなるのは、基本的に悪いことじゃない。

2011-06-01 21:49:52
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

それはそれとして返信、『あたしは 右のシンプルなの好きかな でも小織ちゃんが決めるのが ベストだよ(^-^)b』『うーん でも迷うなあ(´へ`; らっこにも 聞いてみようかな?』『それはやめといた方が(>< ) 自分で決めなよ』

2011-06-01 21:51:29
バーチャル後方見守り女/扇智史 @o_g_s_t_

今の自分は、顔文字よりずっと渋い表情をしているだろう。羅紗に今のメールを送るなんて、火に油を注ぐようなものだ。そういうことにちっとも気の回らない辺り、どこか小織は天然なのだ。羅紗が普段、どれだけ小織を気遣っているか、たぶん意識もしていまい。

2011-06-01 21:52:53
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