高橋源一郎氏自身による、’’新著『悪と戦う』メイキング’’

非常に貴重な内容だと思われますので、文献として残す為、急遽まとめました。読者の方とのやりとりは割愛しました。編集の際は、予告編および本文のみで、お願いします。
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高橋源一郎 @takagengen

予告編⑤ 誰でも書けるようになる時代です。ということは、「歩行者天国」には無数の「路上演奏家」がいる。「コンサートホールでも演奏できるのに、どうしてわざわざ『路上』でやるんですか」と訊ねられました。みんなが「路上」でやるなら、ぼくは「路上演奏家」としても最上ものをやりたいから。

2010-05-02 23:14:30
高橋源一郎 @takagengen

予告編⑥ その上で「コンサートにも来てください。あっちは有料だけでその価値はあります」といいたいからです。いまどき、「コンサートホール」も赤字 なんだけど。

2010-05-02 23:16:03
高橋源一郎 @takagengen

予告編⑦ 24時スタートだけはなんとか死守するつもりです。「あっ、あの人、またあそこでなんかやってる」でいいんです。なんだか、銀座でいつも演説していた赤尾敏みたいだけど。赤尾敏は流れてゆく群衆に向かって、一歩も動かず、説得し続けようとしていました。バカだな。でも、得難いバカです。

2010-05-02 23:19:50
高橋源一郎 @takagengen

予告編⑧ それじゃあ、24時に。またお会いしましょう。

2010-05-02 23:21:09
高橋源一郎 @takagengen

メイキングオブ『「悪」と戦う』2の① 去年の正月、当時2歳と9カ月の次男(しんちゃん)が急病になり、救急車で病院に運ばれた。ただの発熱と嘔吐から、病状が一変したのは1月1日の早朝のことだった。水を飲ましても口からこぼし、話しかけても返答はない。時々獣みたに吠えるだけ。 2の①

2010-05-03 00:29:18
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の② 病院に着いたしんちゃんはすぐに腰椎穿刺を受け、MRIとCTの検査を受けた。ぼくと妻を控室に呼んだ医師ははっきりとこう言った。「急性脳炎だと思います。助かるかどうかわかりませんし、仮に助かったたとしても、重篤な後遺症が残る可能性が高いと考えてください」。

2010-05-03 00:32:53
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の③ ぼくは集中治療室のベッドにほぼ全裸でくくりつけられているしんちゃんを見た。体はほとんど動かないのに、その動かぬ体で、体から延びたチューブを外してしまわぬように、くくりつけられていたのだ。ぼくはすぐには事態を受け止めることができなかった。死ぬ? 麻痺? 植物状態?

2010-05-03 00:36:11
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の④ 集中治療室を出たのは、救急車で運ばれてから1週間以上たった時だった。生命の危機は脱したが、体はほとんど動かず、首も座らなかった。目は開いているのだが、見えているかどうかもわからなかった。声をかけても反応はなく、なにもしゃべらなかった。言葉を失ってしまったのだ。

2010-05-03 00:40:25
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑤ 医者は「小脳性無言症だ」と言った。小脳に強いダメージを受けたしんちゃんは発語機能を冒されてしまったのだ。ぼくはおそれおののいた。なぜなら、当時連載していた『「悪」と戦う』の中で、しんちゃんをモデルにした登場人物の「キイちゃん」はしんちゃんと同じ症状になるからだ。

2010-05-03 00:44:35
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑥ 「キイちゃん」は、「悪」と戦い、その代償として「言葉」を失う。でも、それは、小説の中の「お話」のはずだった。日頃、冷静な妻がぼくにこう言った。「あなたがあんな小説を書いてるからよ。いますぐハッピーエンドにして、小説を終わらせて」。ぼくは答えることができなかった。

2010-05-03 00:47:49
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑦ そんな馬鹿なと思われるだろうか。そんなものは偶然の一致だし、小説をどのように変えても、現実のしんちゃんの容体が変わるわけじゃない。もちろん、ぼくもそう思った。だが、そんな縁起の悪い話を書いているのなら、妻が言うように、ハッピーエンドにしてもいいじゃないか。

2010-05-03 00:50:23
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑧ ぼくは次の回で、「キイちゃん」が言葉を取り戻し、小説を終わりにしようか、と本気で考えた。だが、できなかった。祈りを捧げるように、しんちゃんのために、小説の中身を変えてもいいじゃないかと思った。だが、やっぱり不可能だった。「できない」とぼくは言った。「どうしても」

2010-05-03 00:53:20
高橋源一郎 @takagengen

めいきんぐ2の⑨ ぼくが、連載中の『「悪」と戦う』で、現実のしんちゃんと同じように、言葉を失って苦しむ「キイちゃん」の運命を変えなかったのは、それが不可能だからだ。小説家は、自分が書いている小説をどうにでもできるわけじゃない。なんでもしていいわけじゃない。できないことがあるのだ。

2010-05-03 00:55:57
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑩ いまから45年前、大江健三郎が『個人的な体験』という小説を書いた。作者に似た主人公の「鳥(バード)」に子どもが生まれる。生まれた子どもは、脳に致命的な障害を持っていた。「鳥(バード)」は激しく悩み、彷徨する。そして、子どもが、自然に亡くなることすら夢想する。

2010-05-03 00:59:21
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑪ 結局、「鳥(バード)」は、障害を持った子どもを受け入れ、その子と生きてゆこうと決意するところで小説は終わっている。大江健三郎の初期の代表作だ。問題は、『個人的な体験』が書かれてしばらくたってから起こった。誰も想像もしたことのない奇妙な問題だった。

2010-05-03 01:01:13
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑫『個人的な体験』は、当時、結末部分が「ハッピーエンドすぎるのではないか」と批判された。仮に大江健三郎の個人的な体験に基づくものであるにしても、あまりにヒューマニスティックすぎるのではないかと。そして、後に、大江健三郎は、別の結末を持つ私家版を作ったのである。

2010-05-03 01:04:37
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑬ 私家版の結末では、子どもは、無残に亡くなることになっていた。この、ふたつの結末を持つ小説について、江藤淳が、作者の大江健三郎は、雑誌で激論を交わした。江藤淳が批判したのは、作者が結末を変更した作品を書いたことではなく、「批評を受け入れる形で」書き直した点だった。

2010-05-03 01:07:23
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑭ 江藤淳の厳しい追及に、大江健三郎は「結末はどのようにでも書ける」と意味の発言をした。ぼくには、江藤淳がどうして、あれほどまでに徹底的に問い詰めたのか、わかるような気がするのである。江藤淳という批評家は、誰よりも「私」と「公」を峻別しようとした人だった。

2010-05-03 01:10:17
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑮ 小説は、それを書く小説家という「私」のものだろうか。違う。ひとたび書き始められた時、小説も、そこに登場する人々も、その固有の運命から逃れられなくなる。なぜなら、現実のぼくたちがそうだから。小説は、現実を映す鏡であり、作者が恣意的に「私する」空間であってはならない

2010-05-03 01:14:33
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑯ 作者が恣意的に登場人物を弄ぶ空間に、どうして読者は入ることができるだろう。そこは恣意的な「私」空間であり、ぼくたちが運命をあずけることのできる「公」空間ではない。作者は、小説とその登場人物に対して、倫理的に振る舞う義務がある。「私」と「公」を繋ぐとはそのことだ。

2010-05-03 01:18:23
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑰ 小説には、そんな、書いている作者にもどうすることのできない物質性のようなものがあるとぼくは考えている。それがたとえ虚構の人物であっても、作者は、その運命を恣意的に扱ってはならないのである。では、登場人物たちの運命を変える権利は作者にはないのだろうか。

2010-05-03 01:21:26
高橋源一郎 @takagengen

メイキング2の⑱ 少なくとも一つ、登場人物たちの運命を、恣意的にではなく変える方法があるような気がする。それは、彼らの世界の傍らに、彼らが登場するもう一つ別の世界を作ってみることだ。ちょうど、『1Q84』や『クォンタム・ファミリーズ』がそうであるように。いや、『「悪」と戦う』も。

2010-05-03 01:24:29
高橋源一郎 @takagengen

今日の予告編① メイキングオブ『「悪」と戦う』も今日が3夜目です。昨晩は、24時スタートと言ったのに、30分ぐらい遅れてしまいました。まさか寝坊するとは……。今晩は大丈夫です。もう寝ませんから。

2010-05-03 23:22:13
高橋源一郎 @takagengen

予告編② ぼくが早寝早起きになったのは子どもたちが生まれてからです。この5年ちょっとの習慣が変わりそうです。まだ眠いけれどすぐに慣れるでしょう。いまから30年前、作家としてデビューする前まだ肉体労働をしていたぼくは、仕事が終わってから夜7時から9時までを小説の時間にしていました。

2010-05-03 23:25:55
高橋源一郎 @takagengen

予告編③ 激しい労働の後は2時間が、ぼくの肉体と脳が働く限度でした。最初はたいへんでした。体がつらくて。でも、半月もすると、午後7時になると、どんなに疲れた日でも不意に疲れがとれました。2時間するとウルトラマのカラータイマーのように点滅して、ドッと疲れたしまったのですけどね。

2010-05-03 23:28:29
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