メイキングオブ『「悪」と戦う』 No.9

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高橋源一郎 @takagengen

今日の予告編1 今日、子どもたちは、奥さんに連れられて、多摩センターまで、奥さんの友だちのバンドの野外ライヴに行ってきました。ロック+パンク+ジャズなんだけど、しんちゃんはおおいに「ノッテ」、頭をふって楽しんでいたそうです。疲れたんですね、さっき寝かしつけたら5分で爆睡でした。

2010-05-09 23:26:11
高橋源一郎 @takagengen

予告編2 今晩は、写真と小説、それから、小説につきまとう「真実でなければならない」という幻想の理由について話すつもりです。まだ一度も書いたり話したりしたことがないことが多いので、うまくいくかどうかわかりません。でも、いいでしょう。ダメだったら、またやってみるだけの話です。

2010-05-09 23:28:55
高橋源一郎 @takagengen

予告編3 それから、きわめて個人的なことも一つ話したいと思っています。でも、しないかもしれない。スタートは決めていますが、どういうルートをたどり、どんな結末になるかはわかりません。おそろしい、でもわくわくするような感じです。確かに小説を書く時と似ているかもしれないな、では24時に

2010-05-09 23:32:03
高橋源一郎 @takagengen

メイキングオブ『「悪」と戦う』9の1 久しぶりにスーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし』を読み返して、以前読んだはずなのにすっかり忘れていたことにぶつかった。それは、ロベール・ドワノーの写真に関するエピソードだ。それはたぶん誰でも一度は見たことのある、ものすごく有名な写真。

2010-05-10 00:02:08
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の2…パリの街頭で、若い恋人たちが口づけを交わしている。左側の女の子は軽く半身で上を向き、右側の男は、カメラに正体するように体を向け、女の子に口づけ中。そんな二人だけの世界に入った恋人たちと無関係に、通行人が歩いている。右端の通行人はカメラがぶれてはっきり映っていない

2010-05-10 00:05:41
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の3…世界中で「パリの恋人」として知られたスナップ写真が「やらせ」だとわかったのは、撮影されてから40年後のことだった。もちろん、その写真を愛した人たち(ぼくもその一人)、はガックリした。「ほんとう」だと思っていたのに「うそ」だったから。写真自体には変わりがないのに。

2010-05-10 00:08:36
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の4…キャパのあまりにも有名な「崩れ落ちる兵士」だって、それが演出だとしたら、意味も価値もぜんぜん違ってくるだろう。写真に変わりがなくても。報道写真だから「事実」として受けとるのは当たり前じゃないかって? でも、ある時期まで、報道写真の多くに「演出」が入っていたのだ。

2010-05-10 00:11:13
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の5…写真を前にした時ぼくたちは、写真を見ているのではなく、もしかしたら、そこにあるはずの「真実」を見ようとしているのかもしれない。見たいのは、その映像ではなく、それが「真実」であるという確証なのかもしれない。でも、詩を読む時、書かれていることが真実か気にするだろうか

2010-05-10 00:14:17
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の6…映画を見て、どこにこの監督の生の真実があるか考えるだろうか。絵や彫刻を見て、その作者の生涯の隠された真実を探そうと試みるだろうか。でも、写真の前で、まず、ぼくたちは、「真実」かどうかを確かめる。そして、小説を読む時にも。もちろん、あらゆる小説を、ではない…

2010-05-10 00:16:59
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の7…あらゆる写真を、ではないようにだ。小説はフィクションだ、ウソだ、作り物だ、そんなことはわかっている、と言いながら、でも、そこになにより「作者の真実」を見たいと思う強い気持ちは残り続ける。なにより、小説家たち自身がそのように実践してきたのだ。『舞姫』は鴎外の……

2010-05-10 00:19:52
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の8…苦しい恋愛のドキュメントだし、漱石の作品の大半は彼自身の苦しい三角関係を描いた(と主張する人は多い)。「私小説」などという、ほとんどノンフィクションのような小説のことを考えずとも、そこに「真実」がある、という視線から、小説は逃れることができない。なぜそんなこと…

2010-05-10 00:22:38
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の9…が要求されるのだろう。ぼくは思うのだが、それは読者が不信に満ちているからではないだろうか。美しい物語を作る、血沸き肉踊る物語を作る…それだけでは駄目なのだ。読者はもっと多くを作者に要求する。作者が保持している、作者が隠している、彼(彼女)だけの真実を提供せよと。

2010-05-10 00:26:13
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の10…作者に「犠牲の子山羊」を提出せよと迫るのである。それはなぜだろう。「個」という、逃れることができない場所にいる読者は、ただでは、小説という「公共空間」には踏み出さない。そんなものが信用できるか。ぼくに読んでもらいたいなら、おまえのもっとも大切なものを出してみろ

2010-05-10 00:29:30
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の11…そう読者は作者に迫る……ところで少し話を変えてみたい。この話が繋がるかどうか、ぼくにもわからないけど。少し前、このツイッター上で、小さな、個人的な事件があった。数時間、ぼくのアイコンを、息子のしんちゃんに変えたのだ。すると、娘の麻里ちゃんから厳しい指摘があった

2010-05-10 00:33:02
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の12…自分の意思を持てない幼児の写真をいろいろなリスクがあるのに載せるのは反対、と麻里ちゃんはいった。まったくその通りだとぼくは思った。120%、それは正しい。だから、ぼくはアイコンを戻した。だが、120%間違っていると思いながら、どうしても言いたいことがあったのだ

2010-05-10 00:35:12
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の13…アイコンに自分の子ども(娘)を使っている人がいる。東浩紀さんや宮台真司さんがそうだ。ぼくはそのアイコンを見る度、不思議な感覚に襲われる。あれは、もしかしたら、追悼の写真ではあるまいか。なぜなら、追悼の写真に使われるのは、その対象のもっとも美しい写真だからだし…

2010-05-10 00:38:14
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の14…もっとも美しく、過ぎ去ってしまえば戻らぬ瞬間を惜しむ気持ちとは、その季節への追悼だ。そして、その写真の真っ直ぐな視線には、撮る側の愛情も映し出されている。その時、ぼくたちは、また、写真の向こうに「真実」を求めてようとしているのだが、それはその写真が「真実」を…

2010-05-10 00:41:52
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の15…匂わせているからに他ならない。だから、あの、子ども(娘)のアイコンは、「愛」に関する「私小説」と同じ構造を持っている。そして、ぼくたちがそのように受けとることができるのは、「作者」が、あえて危険を省みず、娘(家族)を差し出している(ように見える)からなのだ…

2010-05-10 00:44:07
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の16…それがどのようなものであっても、そこに「真実」を見つけ出そうとするほどに、ぼくたちは病んでいる。しかも、それは逃れることができない病であるように思われる。だから、ぼくは、間違っているはっきり知りながら、なんの権利もないのに、一枚の写真を使いたいと思ったのだ…

2010-05-10 00:46:28
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の17…そのようにして、多くの「私小説」が書かれて、「私」はもちろん、「私」の近くにいる人々が、小説の中に投入された。そのやり方でしか「真実」が担保されないとはぼくは思わない。その多くが無残に終わったことも、中途半端な気持ちで、事実が消費されたことも知っている。だが…

2010-05-10 00:49:18
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の18…それが、小説という世界を成り立たせる必須の貨幣である場合もあるのだ。そのことによって、ぼくは、子ども(家族)を、戦場に連れ出してしまうかもしれない。そうしない、と断言することはぼくにはできない。小説家の多くは、みなそういうだろう。だが、と思う。それが……

2010-05-10 00:52:48
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の19…勘違いでないなら、連れ出された子どもが、どんな表情であるかを見てほしいと思う。いや、あのアイコンの写真を見てほしい。あれは「愛されている子ども」の写真ではないかと思う。だから作者は、渾身の力をこめて、その子を守るだろう。守りつつ、その戦場で、読者という孤独な…

2010-05-10 00:55:09
高橋源一郎 @takagengen

メイキング9の20…存在への関与も止めないだろう。両立させることは不可能なのかもしれない。それは周りに迷惑をかけるだけなのかもしれない。それにもかかわらず、作者は、止めないだろう。一枚の写真を高く掲げ、前に進むのである。バカだな……今日はここまでにします。聞いてくれてありがとう。

2010-05-10 00:59:21