メイキングオブ『「悪」と戦う』 No.10

2
@takagengen

今日の予告編1 今日は子どもたちはふたりとも秒殺で寝てしまいました。忙しかったのでしょう。明後日に迫った遠足で持っていくのは「ウルトラマン弁当」か「ゴセイジャー弁当」かでおおいに悩んでいるようです。でも、いまはもう夢の世界に入ってしまいました。そろそろ、パパは「路上演奏」の時間。

2010-05-10 23:22:28
@takagengen

予告編2 今日は、読者の話をしたいと思っています。作者がいて、小説を書き、それを何百とか何千とかあるいはそれ以上の数の読者が読む。それがふつうです。というか、ぼくたちはそれをふつうだと思っています。しかし、中には、読者がひとりしかいない作家。読者がひとりもいない作家もいます。

2010-05-10 23:24:41
@takagengen

予告編3 では、そういう作家はつまらない、とるに足らない存在なのでしょうか。なぜ、読者がひとりもいなくても書くことができるのでしょうか。もしかしたら、それこそが理想の関係なのかもしれないと思うことがあります。そのことをうまくしゃべれたらいいなと思っています。では、24時に路上で。

2010-05-10 23:27:14
@takagengen

メイキングオブ『「悪」と戦う』10の1…伊藤整文学賞を受賞した宮沢章夫さんの『時間のかかる読書』はたいへん奇妙な本です。というのも、横光利一の『機械』という、原稿用紙で50枚ほど、一時間もかからずに読める短編を、実に11年もかけて読んだ記録だからです。なんという愚行でしょう!

2010-05-11 00:01:59
@takagengen

メイキング10の2…ぼくだって「全文引用」なんて馬鹿なことをしますが、さすがに宮沢さんにはかなわないと思ったのでした。そして、同時にこの宮沢さんの「愚行」にはきわめて正しいなにかがあるとも思ったのです。ぼくたちは通常、作家が何年もかけて書いた小説を半日で読んで、当然だと考えます。

2010-05-11 00:04:57
@takagengen

メイキング10の3…しかし作家が3年かけて書いた、ということは、彼はその作品を3年「読んだ」のです。3年かけて読まれた作品と、半日で読まれた作品は、たとえ同じ言葉が書いてあったとしても別物ではないかとぼくは思うのです。そして、時には、3年かかった作品は3年かけて読むべきだとも。

2010-05-11 00:07:52
@takagengen

メイキング10の4…いや、ぼくだってそんなことはしません。そんな時間はないのですから。なのに、宮沢さんは、25頁ほどしかない短編を(作家によっては一日で書いてしまう量です)11年もかけて読んだ。おそらく、宮沢さんは、作者の横光利一が見たのよりもさらに豊かな風景を見たはずです。

2010-05-11 00:10:39
@takagengen

メイキング10の5…ぼくが言いたいのは、もし横光利一が生きていたら「ぼくには、少なくともひとりは読者がいた!」と言ったのではないかということです。ただ「読む」のではなく、その先にまで進んでくれる読者が、と。それは、なんというか恐ろしく孤独な読者ではあるのですが。そして、ぼくは別の

2010-05-11 00:14:22
@takagengen

メイキング10の6…ある、極めて孤独な小説の書き手を思い出したのです。それは、数年前にドキュメンタリー映画が公開されたヘンリー・ダーガーという老人です。ダーガーは1892年にシカゴに生まれ1973年に81歳で亡くなりました。17歳から亡くなる直前間まで彼は病院の掃除夫でした。

2010-05-11 00:17:40
@takagengen

メイキング10の7…晩年の40年間、彼は6畳ほどしかないアパートの一室で誰にも知られず創作活動を行っていました。無口で独身で友だちもいない、病院とアパートを往復するだけで半世紀を過ごした彼が亡くなった後、ゴミで埋まった部屋から膨大な数の絵と途方もない長さの小説が見つかったのです。

2010-05-11 00:20:37
@takagengen

メイキング10の8…彼の凄まじい絵のはやがて「アウトサイダーアートの傑作」として知られるようになります。しかし、ぼくが魅かれたのは『非現実の王国』と題された、計算すると、長編小説75冊から150冊分ほどもある、天国的な長さの小説の方でした。どんな人間がそんな無謀なことをできるのか

2010-05-11 00:29:35
@takagengen

メイキング10の9…もちろんそんな長さのものは出版されてはいません。一部が彼の作品集の中で読めるだけです。それを読むと、読者は不思議な感覚に襲われます。いったい、発表のあても、つもりもなく、このような異様な(戦争)小説を書けるのだろうか、と。ダーガーは狂っていたのでしょうか。

2010-05-11 00:32:28
@takagengen

メイキング10の10…ある意味で彼は狂っていたのです。しかし、ある意味で、彼は、その過酷な生涯の中で、狂わずにいるためには、小説を書き続けるしかなかったのです。彼が生きたのはインターネットもなかった時代でした。というか、彼には、犬を飼うために必要な月に2$の金もなかったのです。

2010-05-11 00:35:08
@takagengen

メイキング10の11…彼は完全に孤独でした。彼が創作をしていることを知っている人間さえ生前には皆無だったのです。しかしそれにもかかわらず、彼は狂わずに小説を書き続けた。自分という読者に向かって? そうともいえます。いや、そうやって、わかったつもりになるべきではないのかもしれません

2010-05-11 00:38:23
@takagengen

メイキング10の12…フランツ・カフカは亡くなる前、友人のマックス・ブロートに全著作を燃やすよう遺言したとされています。しかし、ブロートは、カフカの言いつけを守らず、その結果、ぼくたちはカフカの作品を読めることになったのです。実際、カフカは本気でそんなことを言ったのでしょうか。

2010-05-11 00:40:46
@takagengen

メイキング10の13…カフカは「本気」だった、とぼくは考えています。彼は「書く」だけで充分だと考えていた。それが結果として、この世界に残り、読者に読まれる必要さえ彼は感じなかった。なぜなら、彼は、彼の作品を書いているその瞬間、瞬間に、「読者」の存在を感じていただろうから、です。

2010-05-11 00:43:12
@takagengen

メイキング10の14…たとえば『変身』を読んでください。主人公のグレゴールはある日突然「虫」になる。おそらく、「虫」になった人間はグレゴールだけです。『変身』は、世界でただひとり「虫」になった人間がそれを受け入れる物語です。人間たちは、「虫」の内面に人間がいることに気づきません。

2010-05-11 00:46:32
@takagengen

メイキング10の15…しかし、人間もまたその表面とは異なった「内面」をもっていて、それが伝えられないことで悩んでいるのではないでしょうか。だから、ほんとうは人間も「虫」なのです。グレゴールは、「虫」になり、すべての人間から「おまえが理解できない」と宣言されて初めてそのことに気づく

2010-05-11 00:49:39
@takagengen

メイキング10の16…部屋に閉じこもり、妹からの差し入れをドアから受けとりながら書き続けるカフカこそ「虫」なのです。「書く」ことを通じて、「虫」の孤独を知ること、それが「書く」ことがカフカに送り届けた最大の贈り物でした。だとするなら、それ以上のものを、他人に読まれることを……

2010-05-11 00:53:56
@takagengen

メイキング10の17…求める必要などあったでしょうか。「虫」たらざるをえない、にもかかわらずそれを知ることのない人間たちの、すべての運命を見つめることができたと確信した時、「虫」たることの宿命に従うことが、カフカにとって自然であったようにぼくには思えるのです。

2010-05-11 00:57:22
@takagengen

メイキング10の18…最後にもう一つ話をさせてください。とても個人的なことです。およそ三十年前、ぼくはデビュー作の『さようなら、ギャングたち』という小説を書きはじめようとしていました。準備はできていました。なにを書くかも決まっていました。でも、一つだけわからないことがあったのです

2010-05-11 01:00:05
@takagengen

メイキング10の19…それは、「誰に向かって書くか」ということでした。それがぼくにはわからなかった。思えば、その頃のぼくは頭がイカレていました。その十年前にみんなの前から姿を消し、連絡をとっている友人は一人きり。小説を書かなければ死ぬしかないと思い詰めて書き始めたのです。

2010-05-11 01:02:30
@takagengen

メイキング10の20…ぼくのことなど誰も興味がない。ぼくがなにかを書いたって読みたいやつなんかいるはずがない。そんなことばかりが頭に浮かび、部屋を歩き回り、犬みたいに吠え、また原稿に向かう。しかし、何行か書くと、不安のあまり歯ぎしりする。もうダメかもしれないと思った時のことです。

2010-05-11 01:06:02
@takagengen

メイキング10の21…深く影響を受けていた詩人の吉本隆明さんのことが思いうかびました。「あの人ならきっと理解してくれるにちがいない」。なんとなく、いや確信に近い気持ちで、突然、思ったのです。そしたら、書けた。そして、ぼくは「この世にたった一人の読者」に向かって書き始めたのでした。

2010-05-11 01:09:30
@takagengen

メイキング10の22…書き上げられた『さようなら、ギャングたち』は佳作入選で、ほとんど話題を呼びませんでした。どうしよう、とぼくは思った。これ以上なにをすればいいのだろう。数カ月後、突然、吉本隆明さんが当時の文芸時評で、『さようなら、ギャングたち』をとりあげてくださったのです。

2010-05-11 01:12:44