フィジシャン、ヒール・ユアセルフ #7
覚えておいでだろうか?以前あなた方の前にその姿を見せた時の彼は、いかにもどっしりとした飼育係であった。しかして、この驚くべき移動速度……血相をかえて移動する彼の目には何が見えているのであろうか?「イヤーッ!ハッ!ハーッ!イヤーッ!フンーッ!ハッハーッ!」 2
2011-11-26 23:35:14やがて彼は巨大な電波塔、オミヤタワーの頂点まであっという間に辿り着くと、針の先めいた頂点に取りつき、片手を庇めいて翳し、遠方に……タマ・リバー方角に目を凝らす。曇天に黒い点が生じた。みるみるそれは大きくなる。接近してきているのだ。「フーッ」ラヴェジャーは厳かに息を吐いた。 3
2011-11-26 23:42:32「ァ ァ ァ ァ ァ……」遠方から飛来するその黒い塊は、何らかの音を発していた。「ア ア ア ア ア ア……」ラヴェジャーはゴキリゴキリと首を鳴らし、その方角をじっと睨んだ。「ア ア アアアアアアア……」「シューッ」肩を上下させ、さらに深呼吸する。 4
2011-11-26 23:45:35「アアアーッ!」ナムサン!飛来するそれは!顔だ!生首である!そしてラヴェジャーは、オミヤタワーにその生首が極限接近したまさにその瞬間、跳躍したのである!「イヤーッ!」空中でラヴェジャーは生首の白い髪を掴む!キャッチ成功!ラヴェジャーは空中でクルクルと七回転し、ビル屋上に着地! 5
2011-11-26 23:48:13「ハーッ、ハーッ……」生首は……ブルーブラッドは、己をキャッチしたラヴェジャーを睨んだ。「お前かッ!」「その通りで」ラヴェジャーは陰気に頷いた。ブルーブラッドは顔をしかめた。「言っておくが僕は……これは負けたとは言わない。物理的に間違いだ、敵が!」「……そりゃまた、ご災難で」 6
2011-11-26 23:57:09ブルーブラッドは己が生首であることにさほど恐怖や異常を感じていないようであった。ただ彼の心を満たすのは、不本意、悔しみ、そういったプライド的な感情ばかりのようなのだ。身体を失ってなお平然としたアトモスフィア……これがフジミ・ニンジャを身に宿すという事なのだろうか。コワイ! 7
2011-11-27 00:04:20「実験がうまく行きませんでしたなぁ」とラヴェジャー。「お前もモニタしていたのか!」「だってそりゃあ、ワシの役目じゃねえですか。ナックラヴィーは勿体無うございましたな。ありゃあ実際とんでもねえニンジャでしたのに、ツブしちまって。リー先生が何とおっしゃるか。始末書……」「黙れ!」 8
2011-11-27 00:18:43既にラヴェジャーは、ブルーブラッドの生首を片手で抱え、ひょいひょいとビルからビルへ飛び移って帰途についていた。生首が歯ぎしりした。「あの……あいつ……ニンジャスレイヤー……絶対に許さない!フブキの次に憎い!」「フブキ=サンの次にですか」「身体を用意してくれ!」「そうですなあ」 9
2011-11-27 00:25:32「こんどは、そうだ、ニンジャの身体がいい。身体能力さえあれば、あんな素性のわからぬニンジャに遅れをとる事も無いんだ。用意してくれ!」「ニンジャとはまた……」 生首と会話する不気味なニンジャ存在は、やがてネオサイタマのビルの合間にその影を消した。 10
2011-11-27 00:31:49オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードのはずれの大沼は、それを作り出した者が滅びたのちも、消える事無く残っていた。主を失った廃屋に向かって、数人の虐げられ者が、その日も汚水に身を浸し、繰り返しドゲザを行っているのだった。 12
2011-11-27 00:56:21「ナムアミダブツ……ナムアミダブツ」その廃屋の中、ヤモトとザクロは合掌を終え、センコの火を消した。「ケンワ=サン」ヤモトは目を伏せた。ザクロはそれを見下ろす。やがて言った。「そろそろ行きましょ」「うん」崩れた天井からは、ネオサイタマの曇天のくすんだ明かりが射し込んでいる。 13
2011-11-27 01:12:05「冴えないったらないわ」廃屋を出、沼地の道をさぐりさぐり歩きながら、ザクロが呟く。「え?」「アタシがよ!アタシがのびてる間に何もかも片付いちゃってさ」「え……うん」ザクロは足を止め、ヤモトの顔をまじまじと見た。「アータ何か……何か隠してない?」「え……何を」「知らないわよ」 14
2011-11-27 01:28:10「隠してないよ!」ヤモトは首を振った。「アタイも倒れてたから、だから、アタイも冴えなかったよ!」「……」ザクロは眉根を寄せた。「……まあいいわ」そして歩き出した。背中を見ながら、ヤモトは一人頷いた。寝ている間にやってきて去っていった、などとザクロに明かすのは気が引けたのだ。 15
2011-11-27 01:38:32「しかしホント、ずいぶんお店休んじゃったわ。しかも、休んだのに全然休んだ気がしないわ。気張るわ、今日から気張るわ」「うん」モーターサイクルのもとへ歩くと、二人は最後にもう一度、沼の中のテンプルを振り返った。雲間の光が啓示めいて、癒し手の墓無き墓標を上空から薄く照らしていた。 16
2011-11-27 01:44:02