フィジシャン、ヒール・ユアセルフ #2
「アーアバー」「ナムサン!ナムサンッ!」「アバッアバッ!」「フゥー!フゥー!」「ダシテー」「カラテ!」……闇!そして、あちこちから聞こえる不吉な息づかい。ひっきりなしの、ガシャガシャという金属音。檻だ。檻を揺さぶる音である。あるいはガタガタという、重い箱を揺さぶるような……。 1
2011-11-12 14:13:02ブゥーンと音が鳴り、闇が四角く切り取られた。シャッターフスマが開いたのだ。ひょろ長い影が逆光に立ち、この不気味なカタコンブめいた巨大閉鎖空間を見渡した。……ニンジャである。暗青のニンジャ装束の上から白衣を羽織った異様な姿だ。そのルビー色の目が怪しく光る。 2
2011-11-12 14:17:32「ダシテー」「アバー」「カラテ!カ……カラテ」このニンジャ来客に、不気味なものたちは激しく反応した。檻を鳴らす音はいっそう激しい。ぼんやりしたダークボンボリが灯り、カタコンブ空間の全景が明らかになる。そこには……ナムアミダブツ! 3
2011-11-12 14:20:33「いいですね!元気!元気が一番だよ!」白衣ニンジャは大声で言った。そして仄暗い広間を歩く。天井からは無数の鎖で真鍮の鳥籠が大量に吊るされている。否、鳥籠ではない、もっと大きい……中に閉じ込められているのは……人間である。……人間?本当に? 5
2011-11-12 14:36:32「カラテ!カラッテッ!カーラテ!」ガタガタと籠を揺らすのはボロボロのニンジャ装束を着たニンジャだ。汚い汁が籠の縁から床へ滴り落ちる。他の囚人達もよくよく見ればニンジャ装束めいたものをそれぞれ身にまとっている。広間に充満する腐臭。「お前はダメ!アハハハ!」白衣ニンジャは笑った。 6
2011-11-12 14:40:02「ドーモ、ブルーブラッド=サン……」白衣ニンジャの背後から声をかけた者あり。背中を曲げた、ずんぐりしたシルエットの、これもやはりニンジャだ。片手にサスマタを持ち、片手で台車を引いている。白衣ニンジャ、ブルーブラッドは振り返った。「ドーモ、ラヴェジャー=サン!」 7
2011-11-12 15:03:23「お早いお着きで……」「アハハハハ!」ブルーブラッドは大声で笑い、ぴたりと笑いやめた。そして、むっつりとラヴェジャーを見下ろした。「満足いかない結果なんだよね!」「と、おっしゃいますと……」「ナックラヴィーの病毒だよ。もっとヒドイ事になっているはずなんだ。計算が合わない」 8
2011-11-12 15:14:54「効果が出ていないので……」「あいつのせいかな?フ、フブキの!」ブルーブラッドは尖った歯を剥き出した。「あいつがキョートで僕が恥をかくようにノロイをかけてるかな?あいつ……」ラヴェジャーは発作めいたブルーブラッドの様子に慣れているのか、否定も肯定もせず、奥ゆかしく待った。 9
2011-11-12 15:23:41「では再度ナックラヴィーを……」「あのシリコン女!まんまとキョート行きを手に入れて!リー先生の影を踏む資格すら無いのに!リー先生の頭脳!尊い!素晴らしい……ああ、そうするしか無いよね」ブルーブラッドは我に返り答えた。「結果を出さねば恥をかく!リー先生は何も言わないだろうが」 10
2011-11-12 15:34:14「なぜ効果が上がらなかったので……」ラヴェジャーはたずねた。ブルーブラッドはイライラと床を爪先で叩いた。「おかしいんだよ!それがわかれば苦労しない。なにかナックラヴィーの病毒を中和するような……なにかが……タマ・リバーの……イライラするなァ、劣等な貧民どものくせに、クソッ」11
2011-11-12 15:47:04「SYYYAAAAHHH……」奥の闇から気味の悪い吐息が漏れた。己の名に応えたのだ!「そォだ!お前だよ!」ブルーブラッドは闇を指差した。「ラヴェジャー=サン!出してやれ!だがくれぐれも奴に触れるなよ」「勿論です……」愚問だ。彼がこの広間の虜囚の世話を一人でしているのだから。 12
2011-11-12 17:28:39ラヴェジャーは闇の中へノタノタと進んでゆく。彼が操作したのは天井から下がる檻ではなく、床のカンオケだ。何重にも巻かれた鎖の錠を外すと、すぐにカンオケは内側から開かれた。「SYAAAHH……」ラヴェジャーが足速にブルーブラッドのもとへ戻って来る。その後に続き"それ"が現れた。 13
2011-11-12 17:38:51「ドーモ……ブルーブラッド=サン、ラヴェジャー=サン。ナックラヴィー、デス」恐るべきそのニンジャはオジギし、班の眼球を動かして二者を睨んだ。はだけた長布はギリシア哲人めいているが、裸の腰から上はおぞましいものだった。皮膚が無く、ただれた黒い筋繊維が剥き出しなのだ。 14
2011-11-12 18:05:35「マダ……仕事シタバカリデハ?」ナックラヴィーの死んだ瞳には邪悪な理性が輝いている。常人が覗き込めばショックで死ぬかもしれない!「もうひと仕事だ」ブルーブラッドは何の恐れも遠慮も無く言った。「お前のハカバ・ハンドがうまく行っていないんだよ!」「ソンナハズハナイ」 15
2011-11-12 18:10:48ナックラヴィーは不満げに言った。「ワタシノ、ジツハ、スサマジイ」「そんな事はわかっている!リー先生と僕がお前を作ったんだ!」ブルーブラッドは苛々と言った。「何かがお前のハカバ・ハンドの病毒を妨げているんだよ!」「ナルホド」ナックラヴィーは頷いた。「デ、マタ、ヤル」「そうだ」 16
2011-11-12 18:22:04ナックラヴィーは沈思黙考した。「……同ジ結果ニナルノデハ?」「……」ナックラヴィーとブルーブラッドは睨み合った。ラヴェジャーは場を離れ、台車に満載した血みどろのバイオチキンをサスマタで檻に投げ込む作業を始めている。夕食の時間だ。檻がやかましく鳴り、怪物どもが唸りをあげる。 17
2011-11-12 18:25:24「だから……もう一回やって!その中で!原因を探るんだよ!」「……モウ一回。ハカバ・ハンド」「そォだ」「……イイダロウ」ナックラヴィーは納得した。ブルーブラッドは何か悪態をつこうとしたが、呑み込んで、出口へ向かった。「一緒に来い!」「……原因ハ何デアロウナ」「それを調べる」 18
2011-11-12 18:40:30「……オタッシャデー」ブルーブラッドとナックラヴィーが出入口をくぐり出ると、ラヴェジャーの陰鬱なアイサツが響き、シャッターフスマがしめやかに閉じられた。……そろそろ読者の皆さんにこのジゴクめいた謎の施設が何であるか、彼らは何者なのか、明らかにせねばなるまい。 19
2011-11-12 19:03:21ネオサイタマの廃棄された地下トンネルを改造したこの巨大施設の名は、イモータル・ニンジャ・ワークショップ!ヨロシサン製薬出身の狂気の科学者、リー・アラキが建造した、暗黒の科学神殿である!リー先生の研究……それ即ち、ニンジャソウルを用いた死者の蘇生!究極目的は不老不死の実現だ! 20
2011-11-12 19:14:28白衣をはためかせ颯爽と廊下を歩くニンジャはブルーブラッド……かつてトリダ・チェンイチと名乗っていたリー先生の助手であり、死後、不浄のテクノロジーによって蘇ったヴァンパイア・ニンジャなのだ。彼はキョートに現在滞在中のリー先生に、施設の管理を任されているのである。 21
2011-11-12 19:20:32今までにも幾度か、このイモータル・ニンジャ・ワークショップが作り出したアンデッド・ニンジャは野に放たれ、そのたびネオサイタマ市民を恐怖と混乱に陥れてきた。全く悪びれない彼らの現在の不穏な行いは何であろう?ナックラヴィーのハカバ・ハンドとは?それは実際、非道な悪魔計画なのだ! 22
2011-11-12 19:26:07タマ・リバーにかかるこの「絶望の橋」を渡ると、目的地であるオオヌギ・ジャンク・クラスターヤード。なんとも言えぬ臭気が二人を出迎える。サイドカーのザクロはほとんど口をきかない。高熱に苛まれているのだ。「もうすぐだから」ヤモトは言う。ザクロは口を動かしたが言葉にならない。 24
2011-11-12 20:53:31道の両脇には潰れかかった平屋のプレハブが建ち並び、汚れた子供達がフラフープをしながら、この胡散臭い来訪者であるところのヤモトとザクロを見上げる。蒲焼き屋台や「おマミ」「餅に」の看板は錆びだらけで、あるいは路上で埃をかぶって眠る泥酔者。 25
2011-11-12 20:57:41