フィジシャン、ヒール・ユアセルフ #2
……本当に、ここに「癒し手」が?健康や清潔といったプラスの価値観から最も遠い位置にある世界を、モーターサイクルはゆっくりと駆け抜ける。「おい!金足りねえ!」「足りねえ上等よ!」「バカー!」「味が薄かった!」ヤモトは視界の端に食い逃げ集団とそれを追う店主を捉え、戦慄した。 26
2011-11-12 21:02:30交差点でモーターサイクルを一時停止し、ヤモトは耐酸性雨ブルゾンのポケットからメモを取り出した。キリシマが書いてくれた地図だ。ケンワ・タイのテンプルのありかに×印。「姉ちゃん、そのブレーキ売ってくれない?」「ガソリン交換しない?」「アメ買わない?」たちまち子供たちが群がる。 27
2011-11-12 21:08:02「エート」ヤモトがたじろぐ。ザクロは威嚇的に手を振った。「散れ、散りなさいガキども……クーッ」「ビョウキ?」鼻を垂らした子供がザクロに触ろうとする。それを年長のメガネ子供が押しとどめる。「やめとけ、うつっちゃうぞ」「シツレイね……だいたいアータ達から寄ってきて……あーダメ」 28
2011-11-12 21:13:35「ビョウキだ」「じゃあケンワ=サンのとこだ!」子供たちが口々に騒ぐ。「ケンワ=サン!それ!」ヤモトがメガネ子供の手を掴んだ。「その人を探してるんだ!私達!」「ビョウキだから?」「そう!」子供たちは飛び跳ね、「ビョウキ!ビョウキ!」囃し立てながら道を歩き出す。「こっちだよ!」 29
2011-11-12 21:20:22ヤモトはゆっくりとモーターサイクルを走らせる。「よかったねえ!」コケシヘアーの子供が振り返り笑った。「ケンワ=サン、今日なら混んでないよ」とメガネ子供。「……今日は?」ヤモトは訝った。別の子供が「だって、昨日までビョウキすごかったもん!」「ね!ビョウキね!」 30
2011-11-12 21:25:41「……」道のあちこちに、急拵えらしい張り紙や看板が目に付く。「たぶん川」「お水ちょっと待って」「役所で調査中」「飲まない」「ダメ」……「川?タマ・リバー?」「あのね、川が変なニオイがしてビョウキなんだ」メガネ子供が説明した。「今日は結構もう臭くない。魚釣っていいかなあ?」 31
2011-11-12 21:30:45やがて子供たちは二人に入り組んだ街路を抜けさせ、プレハブ小屋もまばらな、草がぼうぼうと生えた資材置き場に導いた。さらに進むと、ドブめいた臭いが強まる。……沼、だ。「ちょっとアータ達……」ザクロが荒い息で子供達に抗議しようとした。そして沼の奥に見えるシルエットに目を見張った。 32
2011-11-12 21:38:11「……あれが?」ヤモトはメモを見た。確かにここだ。テンプル……らしきもの。廃墟が沼の中心に建っている。もはやそれは腐れた木の塊でしかない。「だんだんこうなったの」コケシ娘が言った。「でもケンワ=サンいるよ」「これって……」ザクロが目を細めた。沼に体を浸した人々……。 33
2011-11-12 22:29:10「ナムアミダブツ……」「ナムアミダブツ……」「アー……救いたまえ」沼の中にまばらに見え隠れする人々は、カルトめいて、己が沼に浸る事も構わず、テンプルめがけ、ゆっくりとドゲザを繰り返している。二人は顔を見合わせた。だがここで引き返すわけにもゆかぬ。「立てる?」「……立てるわ」 34
2011-11-12 22:35:54二人はモーターサイクルを沼のほとりに停めた。子供達を振り返ると、もう興味が失せたのか、野草を手に手に持って囃しあいながら、町のほうへ去ってゆくところだ。「ナムアミダブツ……」「ナムアミダブツ……」「アー……アーナムナム……」ザクロがふらついた。ヤモトが肩を貸した。「行こう」 35
2011-11-12 22:47:46沼のぐるりを注意深く歩くと、道めいて浅くなっている箇所が、細くおぼつかない調子で、ほとりから廃屋めいたテンプルまで続いているようだ。ヤモトはザクロに肩を貸しながら、注意深く歩を進めた。「ナムアミダブツ……」「ナムアミダブツ……」「アー、アーコレダヨ」 36
2011-11-12 22:52:44「気にすんな外の奴らは!言ってもわからねえんだから!」テンプルの中から大声がした。「お前ら!お前らに言ってんだよ!」……ヤモトとザクロは互いに目配せした。「そこのその、デッカいのと嬢ちゃんだよ!他に誰がいるんだ!来い!」腐れた戸口で身じろぎする影がある。 37
2011-11-12 23:04:14「あ、あの!」ヤモトは声をあげた。「あの、治してもらいたくて」「わかってんだよ!んな事は!時間の無駄だ!」剣呑な声が答えた。「早く入って来い!」二人は深みに落ちぬよう気をつけながらテンプルの入り口に辿り着いた。階段に足をかける。戸口の闇から腕が突き出し、手招きした。 38
2011-11-12 23:09:04二人が戸口を潜ると、手招きの主は足を引きずるように屋内……といっても天井の半分以上が青天井だが……を横切り、べシャリと音を立てて腰をおろした。まるでヘドロのスライムめいたそれは、ぐしょぐしょに濡れた、どうやらフード付きのローブなのであった。「……そのデッカいの。来い」 39
2011-11-12 23:14:51「デッカいのって何よ!名前があんのよ!ザクロよ!ドーモ!」ザクロは言った。「こうなったら毒でも皿でもゲホッ、食ってやるわよッ!」「アー、そうかい。俺がケンワ・タイだよ、ドーモ」ヘドロめいたフードの奥から眼光が見返した。「おめぇらニンジャじゃねえか。嬢ちゃんもか。やれやれ」 40
2011-11-12 23:20:50(第二部「キョート殺伐都市」より:「フィジシャン、ヒール・ユアセルフ」#2 終わり。 #3へ続く) 41
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