サツバツ・ナイト・バイ・ナイト #4
大気が張り詰めていた。ネオサイタマの穹に浮かぶ新月は、今宵の殺伐から目を逸らそうと、固く静かに閉じられていた。冷たい風。酷薄な風。ギロチンめいた殺意を孕んだ風。重金属酸性雨はしばし止み、ネオンの汚濁の海に霊峰フジサンの如く神々しく聳え立つのは、カスミガセキ・ジグラットの威容。 1
2012-05-05 21:34:25DRRRR……。夜闇に紛れパンキチ・ハイウェイを進む、アマクダリ軍団。ヤクザを満載にした武装ベンツが2,4,6……1ダース。そしてサイドカー付きの武装ハーレー。ハイウェイは偽の工事命令によって封鎖されており、彼らはジグラットの浮かぶ絶景を左手に見ながら悠々とニチョームへ迫る。 2
2012-05-05 21:44:02武装ハーレーにうち跨るは、筋骨隆々の異常巨体を紺のニンジャ装束で包むディスエイブラー。その腕には鎖が巻かれ、背には電子基盤が備わった鋼鉄カンオケ。サイドカーには痩身のサイバネニンジャ、バイセクター。殺人武器ギロチン・チャブが、ハイウェイ・ボンボリの灯を浴びて定期的に鈍く光る。 3
2012-05-05 21:55:14「そろそろインタビューが必要だな……奴らのドージョーの位置を…」バイセクターの人造声帯から電子音声が発せられる。金属のボディを包む布装束が風を帯びて膨らむ。「……ドージョーな?」ディスエイブラーが怪訝な顔で訊ねた。「何でもない」バイセクターは無表情に返した「電子的デジャヴだ」 4
2012-05-05 22:02:13「俺がニンジャになったのも、こんな夜だった」高速の彼方を睨みながらディスエイブラー「ラオモト=サンからニンジャネームを授かり、いくらも経たないうちに……ソウカイヤは壊滅した」「作戦遂行に何ら意味の無い話だ」とバイセクター。「シックスゲイツは俺にとっての伝説だ」と巨漢ニンジャ。 5
2012-05-05 22:09:49パンキチ・ハイウェイは死の静けさに包まれていた。巨漢は続ける「あんたはかつて、シックスゲイツだったと聞いた。ニンジャスレイヤーとの戦いで……瀕死の重傷を負ったと」。双眼鏡めいた両目で無表情に虚空をズームしながら、バイセクターは電子音声で返す「名誉と肉体とパートナーを失った」。 6
2012-05-05 22:17:49無表情な電子音声に、深い憎悪が滲み出ていた。「俺は肉体の8割を失い、集中治療室で眠り続け、目覚めてからソウカイヤの破滅を知った。恥辱だ」とバイセクター「……ハイル・アマクダリ。全てはラオモト=サンのために。……任務に集中しろ。ニチョームを襲撃し、邪魔者どもを断頭する。残虐に」 7
2012-05-05 22:32:32トントコトントントトントントトンアーハイハイハイハイ……三階のオザシキから電動タタミが突き出し、羽織袴の老人が小気味よい声とともに小太鼓をリズミカルに叩く。「ギリシャ」「ロマン」「サウナ」……神秘的なカーブを描く縦長のカタカナ・ネオンサインが、虹色のグラデーションを繰り返す。 9
2012-05-05 22:42:47ここはニチョーム入口にランドマークめいて立つ、12階建てのストリップ雑居ビル「ゼン・トランス」。斜めにカットされたT字路沿いの壁には、巨大なエロチックブッダ黄金坐像が埋め込まれ、虹色にライトアップされている。各階のバルコニーからは、無数のPVCノボリが斜めに突き出している。 10
2012-05-05 22:59:57少し離れた公道沿いの電柱には、マッチョな極太ゴシック体で書かれた「爆破して破壊」「ニチョームが悪い」「法案を通すぞ」などのアジテーション紙が無数に。ニチョームを快く思わぬ者は、少なからず存在するのだ。公道はニチョームのテリトリー外であり、住人達には剥がすこともままならない。 11
2012-05-05 23:06:02小太鼓やテクノの音に心躍らせながら、ペケロッパ・カルトと思しき2人のハッカーがニチョームの雑踏を酔歩していた。「今日はどこに行くんですか?」「やっぱりLAN直結小屋ですよね」「私もそうです、安息日ですからね」「顔が見えないのがいいですよね!」「ペケロッパ!」「ペケロッパ!」 12
2012-05-05 23:19:09その時!アンタイブディズム・ブラックメタルバンド「カナガワ」の1stアルバム「コロス・オブリヴィオン」を大音響で鳴らしながら大通りを走っていた黒塗りバンが、突如ニチョーム側にハンドルを切った!アブナイ!「アイエエエエエ!」「アバババーッ!」「ペケロッパ!」轢き殺される市民! 13
2012-05-05 23:27:58悲鳴をあげ、クモの子を散らすように逃げ惑う市民たち!バンはそのまま壁に激突!だがニチョームを守る装甲防壁はビクともしない!「ペケロッパ!アイエエエエ!ペケロッパ!」同胞を目の前で失ったハッカー教団員の片割れは、トマトスパゲティめいた死体の前にへたりこんで、成すすべなく失禁! 14
2012-05-05 23:34:03直後、破壊衝動と暴力衝動が黒いロングTシャツとスリムジーンズとトゲトゲのブレーサーによって形を成したかのような、10代後半のブラックメタリストたちが溢れ出して来る!手にはツルギやツヴァイハンダーやフレイルや火炎瓶などの物騒な武器!「ペケロッパ!」ハッカーは頭を粉砕され即死! 15
2012-05-05 23:41:47「コロセー!コロセー!」「殺戮の中に暗黒の橋が現れ俺たちをブッダの神殿へと導く!」獣じみた声で武器を振り回し暴力衝動を満たす少年たち!「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」ニチョーム自警団のヤクザ・ウォリアーたちが即座に動いた!チャカとドス・ダガーを構え、交戦状態に入る! 16
2012-05-05 23:49:04燃え上がるバン。市民らは道路沿いに並ぶ装甲防壁の後ろに隠れ、サイバーサングラス越しに成り行きを見守った。映画か何かを見るように。黄金ブッダ坐像も無言でこれを見守る。「アイエエエエ!」次々射殺される反ブッダ勢力。これしきの戦闘は、ネオサイタマではチャメシ・インシデントなのだ。 17
2012-05-05 23:59:57……数十メートル離れたニチョーム中心部。オスモウサウナ「キマリテ」のカワラ屋根の上を、ヤモト・コキとザクロが足早に歩く。先程までは駆け足だったが、速度を落とした。ザクロの手には紫のフロシキに包まれた重箱。彼女らのニンジャ聴力と視力は、大通り沿いの戦闘を感知していた。 18
2012-05-06 00:07:20「……手出ししなくても、テガタ=サンたちの……圧倒的勝利?」ヤモトが聞く。ザクロは小さく頷いた。「アータ、だいぶ、解ってきたじゃない」独善的に動けば、自警団のメンツを潰す。それはリスペクトを欠くシツレイな行為だ。彼女らが……ニンジャが動くのは、必要最小限でなければならない。 19
2012-05-06 00:19:11数秒前。最初の悲鳴が聞こえた時、ヤモトはすぐにイクサの顔に変わり、ザクロよりも一瞬速く路地裏の壁を蹴って屋根に上った。そして堅物テガタの身を案じた。それがザクロには好ましかった。……ザクロは重箱の中身が乱れていないか確かめてから、隣の屋根へ飛び渡った。ヤモトもそれに続いた。 20
2012-05-06 00:33:40ザクロとヤモトはそのまま誰にも見られることなく看板を蹴り渡り、ゼン・トランスの屋上へと着地。そして番人にアイサツ。「「ドーモ」」「ドーモ」狙撃銃を構えた自警団員タギザワが、狙撃姿勢のまま一礼する。足元には2個の薬莢が転がっている。2人の反ブッダ暴徒が射殺されたという意味だ。 21
2012-05-06 00:41:58「収まった?」ザクロが問う。「ああ、被害はゼロだ。いい気分じゃねえけどな」タギザワはくわえ煙草を吐きながら言った。「ガキみたいな奴を撃つんだぜ。でも仕方ねえ。薬でキマっちまってるからな。ホント、どうしようもねえ時だけさ、撃つのは。……昔はこんなじゃなかった。年々物騒になる」 22
2012-05-06 00:51:29「……世論もな。この街の終わりも近……」「何辛気臭いコト言ってんのよ、ヤメテ!」ザクロは勇気づけるように笑った。ヤモトは言葉を思いつかず、ただオジギした。下界ではまた、小太鼓の楽しくも哀しい音が鳴り始めた。上映後のエンドロールには興味が無いように、市民らは黙々と流れ出した。 23
2012-05-06 01:01:33「……あ、やっぱり」ヤモトは釈然としない理不尽を胸に抱え、踵を返した「タギザワ=サン。アタイに何か、できること、ないですか?アタイ、ニンジャですから、きっと何か……」「会議に出るんだろ?初めて」「ハイ」「頼んだぜ」初老の狙撃手はそう言って、また視線をストリートに落とした。 24
2012-05-06 01:12:17