山本七平botまとめ/『”員数主義”に陥り易い日本人』~「不可能命令」とそれに対する「員数報告」で成り立つ”虚構”の世界~

山本七平著『一下級将校の見た帝国陸軍』/一、軍人は員数を尊ぶべし/134頁以降より抜粋引用
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山本七平bot @yamamoto7hei

1】~前略~S中尉は暗い顔で言った。「戦争は員数じゃないんだが……」と。だがその言葉には諦めに似た響きがあった。S中尉の言った「員数」という言葉にはその原意とは違った、軍隊内でしか通用しない独特意味があった。一応これを「員数主義」と言っておこう。<『一下級将校の見た帝国陸軍』

2012-05-28 02:56:48
山本七平bot @yamamoto7hei

2】このイズムは、もうどうにもならい宿痾、日本軍の不治の病、一種のリュウマチズムとでもいうべきもので、戦後、収容所で、日本軍壊滅の元凶は何かと問われれば、殆どすべての人が異口同音にあげたのがこの「員数主義」であった

2012-05-28 03:26:31
山本七平bot @yamamoto7hei

3】そしてこの病は、文字通りに「上は大本営より下は一兵卒に至るまで」を、徹底的にむしばんでいた。もちろん私も、むしばまれていた一人である。軍隊には、軍隊を皮肉った私家版地下出版物があった。~略~これらを収録したものを俗に「満期操典」と言った。

2012-05-28 03:56:47
山本七平bot @yamamoto7hei

4】その中に、この員数主義を皮肉った「六条の教え」という言葉があった。軍人勅諭には「一、軍人は忠節を尽すを本分とすべし」に始まり、礼儀・武勇・信義・質素を説いた「五条の教え」があって「五条の教え、かしこみて……」という軍歌もある。

2012-05-28 04:26:38
山本七平bot @yamamoto7hei

5】だが五条のほかに見えざる第六条がある如く、書かれざる第六条があり、それは「一、軍人は員数を尊ぶべし」だというのが「六条の教え」の意味である。これは、軍隊に対する最も痛烈な皮肉の一つであったろう。

2012-05-28 04:56:37
山本七平bot @yamamoto7hei

6】だが元来は員数とは、物品の数を意味するだけであって、いわゆる「員数検査」とは、一般社会の棚卸しと少しも変わらず、帳簿上の数と現物の数とが一致しているかどうかを調べるだけのことである。

2012-05-28 05:26:30
山本七平bot @yamamoto7hei

7】従って、問題は、検査そのものより、検査の内容と意味づけにあった。すなわち「数さえ合えばそれでよい」が基本的態度であって、その内実は全く問わないという形式主義、それが員数主義の基本なのである。

2012-05-28 05:56:50
山本七平bot @yamamoto7hei

8】それは当然に「員数が合わなければ処罰」から「員数さえ合っていれば不問」へと進む。従って「員数を合わす」ためには何でもやる。「紛失ました」という言葉は日本軍にはない。この言葉をロにした瞬間、「バカヤロー、員数をつけてこい」という言葉が、ビンタとともに跳ね返ってくる。

2012-05-28 06:26:39
山本七平bot @yamamoto7hei

9】紛失すれば「員数をつけてくる」すなわち盗んでくるのである。この盗みのことを、騎馬隊では「馭してくる」とも言った。いわば「盗みをしても数だけは合わせろ」で、この盗みは公然の秘密であった

2012-05-28 06:56:39
山本七平bot @yamamoto7hei

10】「軍隊は馭しつ馭されつ日が暮れる」という流行歌の替え歌がある程これが日常化し、皆がやっている事だから現行犯でも私的制裁(この場合は半殺し)ですみ、公の処罰には絶対にならない。ただし私物を盗めば別、これは「自己の為の泥棒」で「員数をつけた」のではない。ここに明確な一線はあった

2012-05-28 07:26:29
山本七平bot @yamamoto7hei

11】盗みさえ公然なのだから、それ以外のあらゆる不正は許される。その不正の数々は省略するが、これは結局、外面的に辻棲が合ってさえいればよく、それを合わすための手段は問わないし、その内実が「無」すなわち廃品による数合わせであってもよいということである。

2012-05-28 07:57:03
山本七平bot @yamamoto7hei

12】員数検査はもちろん命令である。それに対して「員数があってます」という報告さえできれば十分だということは、とりもなおさず、どんな命令に対しても、形式的に不備のない報告を出せばすむということになる。

2012-05-28 08:27:21
山本七平bot @yamamoto7hei

13】これが普遍的な意味の「員数」という言葉で、S中尉がロにしたのはその意味でもあった。この員数主義の基盤は”組織の自転”でありその組織の内部に手がつけられず、命令が浸透しないという現実と後述するもう一つの事に基因していた。これは入営して…周囲を眺めれば誰でもすぐ気づいた筈である

2012-05-28 08:56:58
山本七平bot @yamamoto7hei

14】たとえば私が入営したのは「私的制裁の絶滅」が厳命された頃で、毎朝のように中隊長が、全中隊の兵士に「私的制裁を受けた者は手をあげろ」と命ずる。中隊長は直属上官であり、直属上官の命令は天皇の命令である。軍人は忠節を尽くすのが本分だという。

2012-05-28 09:26:54
山本七平bot @yamamoto7hei

15】忠節とか忠誠とかいう言葉が、元来は、絶対に欺かず裏切らず、いわば懺悔の対象のような絶対者として相手を見ることなら、中隊長を欺くことは天皇を欺くこと、従って軍人勅諭に反するはずである。

2012-05-28 09:57:03
山本七平bot @yamamoto7hei

16】だが昨晩の点呼後に、整列ビンタ、上靴ビンタにはじまるあらゆるリンチを受けた者達が、誰一人として手を挙げない。挙げたら、どんな運命が自分を待っているか知っている。従って「手を挙げろ」という命令に「挙手なし」という員数報告があったに等しくそこで「私的制裁はない」事になる

2012-05-28 10:27:14
山本七平bot @yamamoto7hei

17】このような状態だから、終戦まで私的前栽の存在すら知らなかった高級将校がいても不思議ではない。いわば、命令と報告の辻棲はこれで合っている。そして合っていれば、それでよい。これが員数主義であり、この主義は、前述のように、全帝国陸軍を上から下まで蝕み尽くしていた

2012-05-28 10:56:55
山本七平bot @yamamoto7hei

18】人間は習慣の動物である。はじめ異常と感じたことも、やがてそれが普通になる。私自身、兵士のときは「員数をつける」ことでは優秀かつ俊敏で、将校になってからは「不可能命令」には巧みな「員数報告」で対応してきた前科があるから他を批判する資格はないわけだし(続

2012-05-28 11:27:19
山本七平bot @yamamoto7hei

19】続>今にして思えばずいぶん麻痺していたので、多くの、考えられぬ奇妙なことを見逃していたと思う。従ってここでは、当時の普通の社会人が、何の「馴れ」もなくこの員数主義に接したときの驚きをまず記そう。

2012-05-28 11:57:11
山本七平bot @yamamoto7hei

20】今までも時々引用した『虜人日記』の著者の小松さんは、軍人ではなく、軍隊経験は皆無の民間会社の技師で化学者であり、ガソリン代用のブタノールを糖蜜から製造する技術者として軍に徴用され、比島に派遣された人である。この人が、ただただ驚きあきれて、次のように記している。

2012-05-28 12:27:43
山本七平bot @yamamoto7hei

21】「形式化した軍隊では『実質よりも員数、員数さえあえば後はどうでも』という思想は上下を通じ徹底していた。員数で作った飛行場は、一雨降れば使用に耐えぬ物でも、参謀本部(大本営)の図面には立派な飛行場と記入され、又比島方面で○○万兵力必要とあれば、内地で大召集をかけ(続

2012-05-28 12:56:58
山本七平bot @yamamoto7hei

22】続>なるほど内地の港はそれだけ出しても途中で撃沈されてその何割しか目的地に着かず、しかも裸同様の兵隊なのだ。比島に行けば兵器があるといって手ぶらで日本を出発しているのに比島では銃一つない。やむなく竹槍を持った軍隊となった。日本の最高作戦すらこの様に員数的なのだ……

2012-05-28 13:26:47
山本七平bot @yamamoto7hei

23】小松さんが、最初にあきれかえったのは「ネグロス航空要塞」なるものの正体を見たときであった。この「航空要塞」は、当時比島では知らぬ者がないほど有名なもので、「これで米軍を叩きつぶしてやる」「ネグロス航空要塞が潰れたら日本は危ない」と言われたほどのものであった。

2012-05-28 13:57:00
山本七平bot @yamamoto7hei

24】ネグロス島はレイテ島の東にある。これを「不沈空母」にする。「米軍がレイテに押し寄せたら思う壷だ、相手は可沈空母、こちらは不沈空母、絶対に負けない。敵を上陸させて釘づけにし、空母群をおびき寄せて徹底的にぶっ叩いてやる」との事であった。

2012-05-28 14:27:10
山本七平bot @yamamoto7hei

25】だが…一市民の目に映った実体は、一言でいえば、あるのは「員数」だけで、結局は何もない、ということであった。「ネグロス空の要塞というから、どんな物かと思ったら…ピナルバカン…などに、毎日の爆撃で穴だらけになった飛行場群に焼け残りの飛行機が若干藪かげに隠されているだけだ

2012-05-28 14:56:59