◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その十三)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第15回目 第1回目はこちら http://togetter.com/li/372910
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真上犬太 @plumpdog

◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その十三)」◆

2012-12-19 15:52:50
真上犬太 @plumpdog

◆宇都宮市全域で起こった連続NBC破壊事件。それは約三ヶ月前から始まっていた。その標的はさまざま、企業のデータを守るガード用から、何の能力も持たない違法ドールまで。手がかりはほとんど無く、目撃証言は少なかった。捜査は難航し、外相会談が迫ったことにより、捜査本部は縮小された。◆

2012-12-19 15:53:50
真上犬太 @plumpdog

◆フロントグラスに捜査概要を流しながら、クイの脳が貪欲に情報を読み解く。あの晩、リリーは規則を破って太平天国の外に出てしまった。相手はある企業の重役。金と権力に物を言わせて、情を通じ合った女を自分の家に連れ込む、よくあることだ。ただ、その日の二人は、この上ないほど運が無かった。◆

2012-12-19 15:55:08
真上犬太 @plumpdog

◆「人間に被害が出たのは、それが最初だ」言わずもがなのことを遠山が付け加える。防弾ベストを着込み、銃をホルスターに挿す。「NBCに対する悪感情を持った人間の犯行だと思われていたからね。対応が遅れたんだ」「機械が壊れたら買いなおせばいいってか」糾弾には及ばない、力ない事実確認。◆

2012-12-19 15:57:07
真上犬太 @plumpdog

◆高価な機材ではあるが、掛け替えの無いものでもない。国の研究機関や大企業のデータを管理するモノならともかく、一般企業や民間で用いられているNBCは、使い捨てが原則だ。有事の際にバックアップは厳重に取られるし『記憶屋』と呼ばれるデータストレージNBCも広まって久しい。◆

2012-12-19 15:57:59
真上犬太 @plumpdog

◆データの向こう側に見える景色は、すでに翳りつつある。一応、本部とも連絡を取っているが、応援がいつ来るかは分からない。「目的地までどのぐらいだ」「あと十分ぐらい。名目上は古本の倉庫になってる」機械的なやり取りをしつつ、クイは考える。こいつは俺をどう思っているのか。◆

2012-12-19 16:01:04
真上犬太 @plumpdog

◆道具、現代社会に必須で、避けては通れないもの。同時に、必要悪であり、憎むべきもの。出来れば一掃したいと思っているもの。後ろでおぼつかなげにショットガンの具合を確かめている青年は、可もなく不可もなくといったところ。受け入れてはいるが、好悪はなく、家電製品レベルの感覚だろう。◆

2012-12-19 16:04:46
真上犬太 @plumpdog

◆では、リリーを連れ出した男は? フロントグラスに映るさえ無い中年男性。貿易会社の重役で、妻と子が二人いた。NBCの、強制された服従と刷り込まれた愛情に酔ったのか。人間の女と不倫するよりも安上がりで、あとくされが無い。そう言う理由で『異種姦』に流れる男も多いという。◆

2012-12-19 16:07:11
真上犬太 @plumpdog

◆クイの手が、胸に当てられる。心臓が動いている。そこから感じる鼓動は、紛れも無く自分が生きているという証。息をして、食事を摂り、眠り、そして考える。己と周囲の環境を、己と他者との境界を理解できる自分。そのことを口にし、意思を交わすことさえ出来るというのに。◆

2012-12-19 16:10:25
真上犬太 @plumpdog

◆その時、車に備わった機能が、クイの脳に事実を語りかけ、それを口にした。「目的地に着きました」ことさら、冷えた口調で同乗者に告げてやる。旧世界の、カーナビゲーションのごとき無感情さで。「中は」「電波遮断機構が働いています。建築物の中に入るまでは、内情は不明」◆

2012-12-19 16:14:04
真上犬太 @plumpdog

◆「突入、するんですか?」「バカ言え。といいたいところだが、時間が惜しい。最適戦術は?」問いかけに弾かれるように、計算が回転し始める。拳銃が双方二挺づつ、ショットガン一丁、暴徒鎮圧用のスタングレネードが二個。警察官のうち一名は勤続年数二年の若輩、荒事の経験は無し。◆

2012-12-19 16:17:59
真上犬太 @plumpdog

◆「施設周囲の監視と情報収集を提案します」「却下だ。今動かなけりゃ、物的証拠が消去される恐れがある」その言葉の意味を理解しているのか、それとも自身の仕事への使命感からか、遠山はクイに無造作に『死ね』と命令を下した。「……了解しました。俺が先行して内部をクリアリングします」◆

2012-12-19 16:19:17
真上犬太 @plumpdog

◆NBCの第一義は『人間の生命と財産の保護』だ。危険な業務を行うにあたり、人間がそういう場面に直面することになれば、まずNBCが先行し、状況を判断する。自分で判断し、考え、それでも容赦なく自分の以外の存在に命をベットされる。そう思った瞬間、心が冷えた。◆

2012-12-19 16:23:36
真上犬太 @plumpdog

◆「ふざけんなよ」「……何か言ったか」「行動を開始します。侵入して五分以上連絡が無ければ応援を待ってください」車を降りて状況を確認する。人気の無い倉庫街の往来、すでに日は落ち、街灯が光を放つ。この辺りはNBCと僅かな人間たちで管理されるエリアであり、動くものは自分以外居ない。◆

2012-12-19 16:24:49
真上犬太 @plumpdog

◆門扉は閉じている。その向こうに広がるのは、緑化のために芝生と木が植えられたエリア。そして、三メートルはある倉庫への扉。門柱につけられた認識用の小窓に顔を近づける。応答は無い。LEDが『管理者不在:完全ロック』の表示を輝かせる。クイは自分の両手に嵌ったグラブに目を落とした。◆

2012-12-19 16:25:46
真上犬太 @plumpdog

◆自分の武器はこれだけだ。カドケウス、NBCの持つ体内電流を昇圧し、500Vの電撃を生み出すスタンナックル。同時に、コンピュータ制御された機材への侵入をするための装置でもある。手の甲には桜の形をあしらった紋章。権力か、暴力か。「宇都宮市警です」おもむろに威厳を告げる。◆

2012-12-19 16:29:31
真上犬太 @plumpdog

◆「ある事件に関係ありと見て、お宅を家宅捜索させていただきます。礼状は発行済みです」ポケットから取り出した紙切れ、容易くだませる電子の情報はその価値を減じ、今もこうした古風なやり取りが効果を持つ。紙幣、書類、印刷物。古臭く鈍い動きをするものが放散する権威の臭い。◆

2012-12-19 16:31:33
真上犬太 @plumpdog

◆ロックの外れる音が返事となり、クイの手が門を押し開く。緊張した面持ちの二人が、急ぎ足で追いついた。「礼状を見せた根拠は」「形だけだけど、これでこの施設の物流を一時的にストップできた。データ送信も警察で監視できる。気づかせたほうが相手の動きを止められる」「上出来だ」◆

2012-12-19 16:34:53
真上犬太 @plumpdog

◆「……試したのか?」視界の可視光範囲、磁界感知の感度を上昇させる。赤外線の帯が塀の辺りに浮かび、隠されたカメラの放つ磁界が脳をこすった。「NBCでもその辺の判断力は個体でまちまちだ。お前の戦術眼を見るにはいいチャンスだったんでな」「いい趣味ですね、警部殿」「勘違いするなよ」◆

2012-12-19 16:37:07
真上犬太 @plumpdog

◆銃を抜き、通用門の開き戸右に陣取る遠山は、暗闇でも分かりそうな苦い顔をしかめた。「お前の性能でこれからの行動が決まるんだ。それを確かめ、使えるか判断するのは俺の役目だ」井垣は左手側に陣取り、同じく銃を構える。「道具に八つ当たりするほど、俺は陰湿じゃないつもりだが」◆

2012-12-19 16:39:21
真上犬太 @plumpdog

◆「店では、あんだけ突っかかってきたくせに」「あれは犯罪現場だったからだ。そしてお前は道具だ。その辺りの線引きを間違えるつもりは無い」ノブに手を掛ける刑事は、ちらりとこちらに視線を送った。「危険を感じたらすぐに引き返せ。替えが効くとはいえ、むやみに機材を壊す気は無い」◆

2012-12-19 16:42:08
真上犬太 @plumpdog

◆男の節くれだった手が、取っ手を握り、ゆっくりと動かす。錠は外れている。ゆっくりとスライドし、闇の空間が開けてくる。「それじゃ、行ってくる」「気をつけてね」井垣の声を聞き流し、クイの体は、僅かな常夜灯が照らす空間へと滑り込んだ。◆

2012-12-19 16:44:58
真上犬太 @plumpdog

◆最初に現れたのは、小さな事務所のような空間。奥には外部からの埃を持ち込まないようにするためのクリーンルームがある。さらにその奥に、ほとんど闇に近い空間が見える。室内の管理用コンピュータに無言で侵入し、外の二人にマップデータと施設の情報を送りつけてやる。◆

2012-12-19 16:47:40
真上犬太 @plumpdog

◆『人間はいるか?』『人間どころか、NBCすら居ない。ロックだけは警備保障のNBCが管理してたみたいだけど、中は無人らしいな』読み出した情報には、この奥は巨大な収蔵施設になっているとだけしか分からなかった。先に行くことをデータの最後に添付して、クリーンルームを抜ける。◆

2012-12-19 16:52:07
真上犬太 @plumpdog

◆そして、現れた薄暗い空間。最初に目に付いたのは無数の書架だった。分類上『古書倉庫』となっているが、正確には稀覯本を保存しておくための施設だ。気温は約20度、湿度は40%程度に保たれ、紙を傷める光もほとんど無い。内部には操作できるコンピュータの類も、外部接続ポートも無い。◆

2012-12-19 16:55:56