◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その十三)」◆

真上犬太氏(@plumpdog)によるtwitter連載小説 第15回目 第1回目はこちら http://togetter.com/li/372910
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真上犬太 @plumpdog

◆甘い香りが漂っている。古書に使われた糊の成分、人間の鼻にはナツメグのように香るポリマーを嗅ぎながら、奥へと進む。増感された視界の端に映るのは、戦前に流通した”新古書”と呼ばれる本だ。一銭の価値も無くなった古い経済書や、経営について益体も無い一家言述べている紙束たち。◆

2012-12-19 16:59:47
真上犬太 @plumpdog

◆進むほどに本の種類は変わり、内容は怪しくなっていく。厚さ一センチ程度の文庫本。背表紙の軽薄な色はライトノベルと呼ばれたジャンルの三文小説群。すでに時代から置き去りにされ、省みられることも無くなったSF。共感することすら難しくなった過去の事物を書いた明治代の古典文学。◆

2012-12-19 17:04:37
真上犬太 @plumpdog

◆さらに進んで文化人類学や民俗学の棚を抜ける。精神性が人間の意識を改変できると無邪気に信じていたころの御伽噺。実存を証明できない超越知覚存在について、まことしやかに書き連ねた胡散臭い『実用書』。ご丁寧に古めかしく汚されて装丁された『魔道書』の類まであった。◆

2012-12-19 17:11:57
真上犬太 @plumpdog

◆その中でも人気があるらしく、同様の本が幾つか並んだ箇所がある。《東日流外三郡誌》《水穂伝》《ホツマツタヱ》などの、日本の「古史古伝」達。崩れ行く自我を必死で保とうとした、戦争末期に掘り出された妄言の数々。クイは足を止めた。ここがこの倉庫の主の精神性、その中心だ。◆

2012-12-19 17:17:21
真上犬太 @plumpdog

◆ただ歩いてきただけでも、収蔵品の異常性が分かる。この倉庫内には国外作家の書籍が一つも無い、全て日本人の手によって書かれている。ここはおそらく国粋主義の人間の、もっと言えばナショナリズムを押し出したテロリストの隠れ蓑。この倉庫のどこかに、更なる秘密が隠されている。◆

2012-12-19 21:58:14
真上犬太 @plumpdog

◆ゆっくりと見渡し、気配を探る。だが、自分の感覚に引っかかるものはまったく見当たらない。益体もない本棚から視線を外し、歩き出す。今度は芸術書の棚、浮世絵や近代画、彫塑についての解説書。だが、驚くほど数は少ない。◆

2012-12-19 22:00:09
真上犬太 @plumpdog

◆なぜなら、この項目で紹介するべき多くの作家が、海外の美術研究科によって『再発見』されたものだからだ。自国の不明と美術品の散逸を喧伝する必要も無いといったところか。その代わり、驚くほど大量の、漫画やアニメについての解説書が並んでいた。◆

2012-12-19 22:00:53
真上犬太 @plumpdog

◆ほぼ部屋の中心で、クイは耳を澄ませた。反響音は無く、自分の鼓動と息の音だけが響く。死線を潜り抜けることを覚悟していた割には、あっけない気もする結末。ほっと息をつき、本棚の間に置かれた、等身大のデッサン用トルソの脇を通り過ぎる――。◆

2012-12-19 22:01:44
真上犬太 @plumpdog

◆刹! 猛然と目の前を過ぎる黒い塊。濡れた鼻の先、僅かに一ミリの距離を大気ごと拳が貫く。こちらの反応が敵対者の透明な殺意に対応できたがゆえの僥倖。「……冗談じゃないぜ、まったく」黒いデッサンモデルは、目鼻の無いつるつるの顔をこちらに向けた。同時に、クイも両手を構え隙を消す。◆

2012-12-19 22:02:41
真上犬太 @plumpdog

◆「何者だよ。こっちは宇都宮っとぉっ!?」タップでも踊るかのような軽い靴音。そのステップインで一気に互いの距離が詰まる。漆黒の側踏蹴りが唸りを上げる。クイの体が地面に吸い込まれるように縮み、両手両足を使って大きく飛び退った。そのまま四つんばいのまま、睨みすえた。◆

2012-12-19 22:03:51
真上犬太 @plumpdog

◆「こんな格好で悪いが、こっちは宇都宮市警の巡査補、クイだ。あんたを公務執行妨害で現逮させてもらう」筋肉質の体を模した逆三角形の姿。足の形はブーツのように整形されていて、光を吸い込むような表面の質感をしている。『官憲のイヌ……というには奇妙な成りだな』◆

2012-12-19 22:04:54
真上犬太 @plumpdog

◆「こっちにも事情があってね。っていうか、あんたも喋れるのかよ」『おかしいか?』「ああ……おかしいね」視界に見える相手の体からは赤外線が僅かにしか放散されていない。熱量も感知されない。そして、呼吸音すらまったく聞こえない。「何の冗談だよ……それは」◆

2012-12-19 22:06:05
真上犬太 @plumpdog

◆仮面の奥からの視線を感じながら、身を起こす。背後の暗闇で、荒々しい金属音が巻き起こる。『閉じさせてもらった。これでお前を始末すれば、外の連中は入って来れまい』「お前はバカか? あと三十分もしないうちに応援が来るぜ」『そうか』漆黒のトルソは悠然と構えを取った。◆

2012-12-19 22:07:01
真上犬太 @plumpdog

◆『お前を殺して逃げるには、十分な時間だな』◆

2012-12-19 22:07:39

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