ソイ・ディヴィジョン #5
「エーこのように、江戸58年に創業した弊社は、たいへん長い歴史を持っておりまして、地下で造ったショーユがここに来て出荷です」ジョウゾウ社の営業が先導し、ピットの上に渡された赤い橋の上で説明を行う。すぐ後ろには、ラオモトとネヴァーモア、そして湾岸警備軍副長官のダイギシがいる。 22
2013-02-02 22:58:15「古いテンプルを訪れた時のような、そういった厳かな気持ちにさせられますね」ダイギシは微笑んだ。「では皆さんには早速、最高級ショーユをここで味わって頂きますよ!スケジュール的には30分後に部長からのプレゼンです!」営業はトロスシが置かれた特設チャブテーブルへと彼らを案内する。 23
2013-02-02 23:10:58黒漆塗りの皿に、スシが美しい同心円状に並べられている。まるでスシの花火だ。その横に小さなショーユ桶。「まさか君ィ、例のケモ兵器ショーユじゃないだろうな?」ダイギシが意地悪そうに笑う。「そんな、まさか!長く寝かせていたやつですよ!」「ムハハハハハ!ダイギシ=サンも人が悪い!」 24
2013-02-02 23:19:05三人はトロスシをひとつ摘み、ショーユをつけて笑顔で咀嚼した。あとは食べない。社交辞令だ。「エー このように、職人の確かな手作りの技術によってケモ兵器も作られており、たいへん高品質です。実際いかがですか、ダイギシ=サン?」営業が問うた。このシナリオはラオモトが全て書いている。 25
2013-02-02 23:28:02「かなりいいですね」ダイギシがにこやかに答える「資金は潤沢ですから、効果的で高品質なものが欲しいんです」「そうでしょうとも!」営業がもみ手をする。カイジュウに対する防衛費が認可されて以来、湾岸警備軍は実際潤っている。しかしカイジュウの実在はまだ正式には証明されていない。 26
2013-02-02 23:36:27ナムアミダブツ!何故こんな子供騙しのブルシット法案が罷り通るのか!それは湾岸防衛軍が暗黒メガコーポ群の上客だからである。防衛費とは兵器に黒いマネーを流す装置に過ぎないのだ。そしてラオモトの狙いは、未だアガメムノンの息がかかっていない湾岸警備軍上層部を支配下に置く事にあった。 27
2013-02-02 23:45:46一方、そこから数十メートル離れたショーユ木樽の陰では……「くそったれめ……何でこんな時に、ショーユ工場に視察が……!」UNIXヘッドが忌々しげに舌打ちした。「おい、どうすんだ。あっちも、こちも、ヤクザだらけだぞ」バラキがせっつく。アケダは不安げにだらだらと脂汗を流していた。 28
2013-02-02 23:58:12「あと少しなんだ。プラントの向こう側……ショーユ樽を出荷するために、大きなトラック……ワイパーが四本もある巨大なトラックがやってくる」UNIXヘッドは狂気の発作を使命感で抑えながら言った。「その荷台に載って俺たちは逃げるんだ。お前たちを逃がしてやる。今度こそ俺は失敗しない」 29
2013-02-03 00:09:50「怖い……実際怖い……地上に出ても、死の世界だし、生きていけない……」アケダが今更怖じ気づいた。「もう後もどりなんか、できねえんだぞ。逃げ帰ったら、シロキ=サンに、アノヨで殴られるぞ」バラキが圧し殺した声で言う。「そうだ、そうだ……」アケダは自分に言い聞かせるように頷いた。 30
2013-02-03 18:09:30「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」部長室では、ムラキ部長がシロキに対して連続カラテを食らわせていた!シロキは殴り飛ばされ、「春」と書かれた大きな床置きボンボリに叩き付けられる。シロキのカラテは皆無!この暴力はベイビー・サブミッションと言わざるを得ない! 32
2013-02-03 18:14:56「黙って私にファックされていればよかったのだ!負け犬め、私をナメるなよ!私のカラテは十段だ!」ムラキ部長はジャケットを投げ捨て、残酷なファイティングポーズを取る。ムラキ部長は怒りに燃えていた。プレゼン前にストレスを解消すべく奴隷職人を呼びつけたところ、何故か反抗したからだ。 33
2013-02-03 18:21:22「着信ドスエ、着信ドスエ」不意にムラキ部長の携帯IRC端末が鳴った。部長はシロキの背中を踏みつけながら応答する。背徳的光景である。まるでソイ・ディヴィジョンの縮図だ。「ハイ、ドーモ、ムラキです。プレゼンなら急遽ハタケヤマ副部長にやらせたまえ。私は忙しいんだ。何?……違う?」 34
2013-02-03 18:27:34「地下ショーユ工場で……火災発生だと!?」ムラキ部長の顔がさらに醜悪に歪む「この……イディオットめ!何でそんなことになったんだ!上では出資者がツアー中なんだぞ!ダメだダメだ!大袈裟な警報なんか流すな!責任者は誰だ!そいつに直接かけてこさせろ!ヨロシクオネガイシマス!」切断! 35
2013-02-03 18:33:24「よし、手早く身の程を思い知らせてやる!かかってこい!」「ウウーッ…」シロキが上半身を持ち上げ、反抗的な目を向ける。脱走計画の露見など無かった!共謀者を吐かせるための拷問も無かった!部長はただストレスを解消しようとしているだけだ!その杜撰さがさらにシロキの怒りを煽り立てる! 36
2013-02-03 18:47:58「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」シロキは殴り飛ばされ、部屋の隅にピラミッド状に積み上げられた空のショーユ樽の山を崩す。ナムアミダブツ!何たる無慈悲さか!実際ムラキ部長は自社製品に誇りを持ち、愛しているが、それを造る奴隷職人たちは愛情の対象外なのだ! 37
2013-02-03 18:51:31「着信ドスエ、着信ドスエ」不意にムラキ部長の携帯IRC端末が鳴った。部長はシロキの背中を踏みつけながら応答する。背徳的光景である。まるでソイ・ディヴィジョンの縮図だ。「ハイ、ドーモ、ムラキです。イディオットは君か!……何!?……ただの火災ではない!?ニンジャ!?」 38
2013-02-03 19:01:31「……ニンジャが大勢攻めて来た!?……下水道から!?ベトコン!?大ガエルに乗ったニンジャ!?鹿みたいなニンジャ!?……ファック・ユー!ニンジャは味方だ、このおめでたいヒッピー野郎め!ウッドストックの時代に帰れ!幻覚ショーユを舐めている暇があったら、消火活動に勤しみたまえ!」 39
2013-02-03 19:06:43「ヨロシクオネガイ」「イヤーッ!」シロキは相手がオジギする一瞬の隙をついて腕立てを行った!労働バーで鍛えられた逞しい筋肉が、ジャッキめいて上半身をプッシュアップ!見よ!カラテ段位すら持たざる弱者が、暴君を転覆させる光景を!「アイエエエエ!」バランスを崩し転倒するムラキ部長! 40
2013-02-03 19:19:46間髪入れず、シロキは机の上に置いてあった幻覚ケモショーユ瓶の封を開け、どす黒い液体をムラキ部長の顔にぶちまける!「アイエエエエエ!」痙攣するムラキ部長!形勢逆転である!己にカラテで勝ち目無しと悟っていたシロキは、このチャンスが到来する一瞬を、虎視眈々と待ち続けていたのだ! 41
2013-02-03 19:30:38彼はムラキ部長の携帯IRC端末を奪い取った。そして音声通話モードから物理タイプモードに変更し、成り済まし命令を行う!「警報を鳴らせ。ヤクザを全部下の消火活動に充てろ」スゴイ!それは極限状態のシロキが咄嗟に思いついた作戦であった!廊下で携帯IRCが鳴り、ヤクザが地下へ向かう! 42
2013-02-03 19:35:56「アイエエエエエ!虹色の象が……虹色の象が……!」果たして、ムラキ部長はいかにおぞましい幻覚を見ているのか……その詳細はここで語られるべきではなかろう。シロキはコケシ箪笥の中からムラキ部長の上等なスーツを奪い取って変装し、フスマに手をかける。外にヤクザはもういない。 43
2013-02-03 19:43:48だが……シロキは振り返り、部長の尻を衝動的に蹴り上げた!「俺をファックするな!」「グワーッ!」胸がスッとした。殉教者めいた悲壮な覚悟を決めた自分は何だったのか。世界は実際呆れるくらいシンプルだった。バラキは大切な事を教えてくれた。そして彼は再び振り返り、廊下に出るのだった。 44
2013-02-03 19:51:39