白石一文『翼』ツイッター連載小説

8月20日、連載終了しました。投稿回数=1,237回。連載期間=91日。ⒸKazufumi Shiraishi 白石一文Twitterアカウント→ https://twitter.com/kaz_shiraishi
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白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-26  狭い通路を縫うようにしてエレベーターホールまで出る。出社してきた幾人かの同僚たちと朝の挨拶を交わしたあと下りのエレベーターに乗り込んだ。一階ロビーでも数名の社員とすれ違う。つとめて元気に「おはようございます」と声をかけた。

2013-05-23 12:44:51
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-27  グリーンタワーの正面玄関を抜けると目の前が「中央公園北」の交差点である。巨大な都庁舎を右手にのぞみながら交差点を渡り、新宿駅西口方向にむかって北通りを真っ直ぐ歩く。今日も街全体がサウナ状態だ。皮膚を刺すような日射しが照りつけている。

2013-05-23 17:31:06
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-28  住友三角ビルを通りすぎるともう新宿三井ビルだった。

2013-05-23 17:32:14
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-29  淀橋浄水場跡地の再開発を主眼とした新宿副都心計画によって真っ先に建設されたのが京王プラザホテルや住友三角ビル、それにこの新宿三井ビルだ。竣工からすでに三十五年以上が経過しているはずだが、いま見上げても古びた感じはまったくない。

2013-05-23 17:33:01
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-30  大学入学を機に上京してきた私にとって、この林立する超高層ビル群は首都・東京の象徴のようなものだった。卒業後、東京本社に配属されてここに通いだしたときは浮き立つような晴れがましさを覚えたものだ。

2013-05-23 17:33:51
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-31  三月に戻ってきたときにも似たような心地になった。  ただ、今回は浜松光学という自由闊達(かったつ)な社風の会社が自分の性に合っていたのだろうな、という感慨の方が強かった。

2013-05-23 17:36:21
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-32 超高層ビルが何本も建ち並び、ある意味では都会の殺伐を絵に描いたようなこの区域がいつも魅力的に映るのは、会社や仕事に愛着を感じているせいに違いない。入社してすでに十三年。浜松本社時代の九年間を含めて、私は一度だって浜松光学を辞めたいと本気で思ったことがない。

2013-05-23 17:37:42
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-33  住友ビルと三井ビルを隔てる横断歩道を渡り、五十メートルほど先の正面玄関ではなくビルの脇に設けられた植え込みの方へと足を向ける。植え込みの間に細い道が敷かれ、その奥にもう一つの出入口があるのだ。

2013-05-24 09:16:37
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-34  その出入口の両脇には硝子で囲まれた喫煙室があった。左が男性用、右が女性用と分かれている。男女別々の喫煙ルームというのは浜松にはなかったので、最初に見たときは意外だった。さすがに東京だと感心し、会社に戻って同僚に話すと、

2013-05-24 09:18:38
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-35 「そういうのも新種の喫煙対策に違いないですよ。男女別々にしたら喫煙ルームで話が弾むってこともなくなるだろうし」  愛煙家の彼に言われて、なるほどなあ、とまた感心させられた。

2013-05-24 09:20:04
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-36  二つの喫煙ルームに挟まれた通路を抜けてロビー階に立つ。ここには三井住友銀行のATMがあるのでよく足を運ぶ。私の給与振込口座は三井住友にある。

2013-05-24 12:20:06
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-37  ロビーは広く、中央がエレベーターホールだ。そのエレベーターホールの先までロビーは続いているのだが、ここからは見えない。向こう側のフロアにはグランドピアノが置かれ、たまにミニコンサートなども開かれている。

2013-05-24 12:21:02
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-38  クリニックは四階なので低層階専用のエレベーターに向かった。  外を歩いているあいだに熱っぽさとだるさが戻ってきていた。館内の冷房のおかげで汗は引いたが、そのかわり全身に粟立つような悪寒が生まれている。

2013-05-24 12:22:48
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-39  クリニックは空いていた。  各診療科に分かれて幾つもの診察室が並んでいる。名前は「西新宿日野原(ひのはら)クリニック」だが、規模は総合病院の外来とさほど変わらない。各科の前のソファにぱらぱらと人が座っている。

2013-05-24 17:40:47
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-40  受付を済ませ、クリップボードに留められた問診票にあれこれ記入していると腋(わき)に挟んだ体温計が鳴った。取り出して表示部を確認する。三十九度三分。どうりでぞくぞくした寒けが舞い戻ってきたわけだ。

2013-05-24 17:42:09
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-41 三十九度を超える熱など学生のとき以来だろう。だがそれにしては我ながら元気だった。今朝の方がよほど具合が悪かった。

2013-05-24 17:43:08
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-42  問診票と体温計を戻すと、「ちょっとお熱、高いですね」と数字を確かめながら受付の若い女性がこちらを見る。 「先生に伝えて、順番を早めにしてもらいますね」  と小さな笑みを浮かべ、「四番の診察室の前に掛けてお待ちください」と言った。

2013-05-24 17:44:46
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-43  四番の前のベンチには先客が二人。六十代くらいの白髪の女性と四十代とおぼしき背広姿の男性だ。  まさかとは思うが、インフルエンザの懸念もあるので誰も座っていない隣の長椅子に腰を下ろす。

2013-05-25 10:41:21
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-44  診察室のドアに掛かったネームプレートを何気なく眺めた。 「長谷川岳志(はせがわたけし)」というその名前におやっと思った。  まさかと心の中で呟きながら名前の文字を読み返す。

2013-05-25 10:43:34
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-45  長谷川という名字はありふれているが、たけしを「岳志」と表記するのはちょっとめずらしい。そして、私が知っている長谷川岳志もまた医師だった。

2013-05-25 10:45:10
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-46  彼の出身大学とこのクリニックを経営する医療法人日野原厚生会とのつながりを考えてみる。日野原厚生会を設立した故・日野原譲治(じょうじ)博士は日本に於ける心臓外科の泰斗(たいと)だった。出身は彼と同じ大学だったはずだ。

2013-05-25 18:17:02
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-47 とすればあの長谷川岳志が、このクリニックで診療を行なっている可能性は充分にあった。大学の医局に籍を置きながら、指導教授の伝(つて)で各医療機関にアルバイト診療に赴く医師はすこぶる多い。

2013-05-25 18:18:05
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-48  ネームプレートを見やりつつそんなことを思っていると四番のドアが開いた。若い男性が「ありがとうございました」とか細い声で言い残しながら出てきた。身を乗り出すようにしてドアの隙間から中を覗き込む。すぐに閉まって何もはっきりとは見えなかった。

2013-05-25 18:19:21
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 1-49 「たみやさん。たみやりえこさん四番へどうぞ」  どうやらあの若い子が本当に順番を入れ替えてくれたようだ。  私はバッグを持って急いで立ち上がった。 <第1章 了>

2013-05-25 18:21:01
白石一文『翼』(鉄筆渡辺浩章) @kounoeakira

翼 2-1 「やっぱりきみだったんだ」  お互い顔を見合わせると、先に長谷川岳志が言った。 「田宮里江子(りえこ)とカルテに書いてあるからきっとそうだと思ったよ」  と笑みを浮かべている。

2013-05-26 08:10:27
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