井手口彰典『ネットワーク・ミュージッキング』について云々
- yaoki_dokidoki
- 4334
- 0
- 2
- 0
「持ち出し」であるならIpodクラシックが売れてるはずだ!というのは僕もまったく同意見だが、しかしDAPは「参照」にはならんし、もうDAPすら皆持ってないよw ニコニコのコンテンツ論のほうが2006辺りでよっぽど「参照」について語っていたと思うな
2013-05-13 18:59:57「いまここ」「リスト」「脱モノ」「類似者の生産」がどう結びついて「参照」になるか今一分からないが、それぞれの概念自体は正しい整理に思える
2013-05-13 19:12:16ここでは「共有」に立ち寄らず、「参照」を新たなそして高度な「所有」と見なし「いまここ」を何度も生産することが出来る、「消費者としての二次創作」能力がユビキタス化しているのが、音楽であるとし、それは動画よりもアマチュア的であり、普遍的に行われていると指摘した方がよさげだ
2013-05-13 19:46:23音楽は作品固有の世界観を限りなく薄めても成立する形式なので、没入しないということでコミュニケーションにおいて「言及」されるのみならず「参照」されることが「容易」で、この「容易」をポジティブに捉える方向も無くはない気もしたいですね
2013-05-13 20:09:54インターネットにおいて、音楽こそ「参照」されるものである、という主張であるのならば、ほとんどの動画が音声ではなく音楽を暗黙的に必要としてしまっている現状、必要に応じて適切なものが要請されるという意味で「参照」されているということも出来る これはむしろ「類似者の生産」とは異なる
2013-05-13 21:23:22辛辣に書きすぎてしまったのは、iphoneが出る頃にはほとんどのデータ化可能なコンテンツはぶっこ抜かれていた印象があるので、その意義を軽視しすぎていたのと、「AmazonによるCD取り寄せとipodによる大量の持ち出し」で、「リスト」と「モノ」が対立していなかったのが大きいなぁ
2013-05-13 22:02:13しかしぼくには、どうも参照は不便がつきまとうと感じる DL販売も落ち込んでいるのだし ニコニコに権利者が介入するようになってから、むしろYoutubeがグレーのままな印象が強いな Youtubeで参照するのは大変便利なのだが
2013-05-13 22:04:38