高橋源一郎さんの河出文庫『「悪」と戦う』刊行記念・「メイキングオブ「悪」と戦う」

高橋源一郎さんの河出文庫『「悪」と戦う』刊行記念・「メイキングオブ「悪」と戦う」。
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河出書房新社 文藝👑冬季号発売中💐創刊90周年❣️ @Kawade_bungei

メイキング2の⑧ ぼくは次の回で、「キイちゃん」が言葉を取り戻し、小説を終わりにしようか、と本気で考えた。だが、できなかった。祈りを捧げるように、しんちゃんのために、小説の中身を変えてもいいじゃないかと思った。だが、やっぱり不可能だった。「できない」とぼくは言った。「どうしても」

2013-06-04 19:31:18
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メイキング2の⑨ ぼくが、連載中の『「悪」と戦う』で、現実のしんちゃんと同じように、言葉を失って苦しむ「キイちゃん」の運命を変えなかったのは、それが不可能だからだ。小説家は、自分が書いている小説をどうにでもできるわけじゃない。なんでもしていいわけじゃない。できないことがあるのだ。

2013-06-04 19:31:41
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メイキング2の⑩ いまから45年前、大江健三郎が『個人的な体験』という小説を書いた。作者に似た主人公の「鳥(バード)」に子どもが生まれる。生まれた子どもは、脳に致命的な障害を持っていた。「鳥(バード)」は激しく悩み、彷徨する。そして、子どもが、自然に亡くなることすら夢想する。

2013-06-04 19:31:55
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メイキング2の⑪ 結局、「鳥(バード)」は、障害を持った子どもを受け入れ、その子と生きてゆこうと決意するところで小説は終わっている。大江健三郎の初期の代表作だ。問題は、『個人的な体験』が書かれてしばらくたってから起こった。誰も想像もしたことのない奇妙な問題だった。

2013-06-04 19:32:08
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メイキング2の⑫『個人的な体験』は、当時、結末部分が「ハッピーエンドすぎるのではないか」と批判された。仮に大江健三郎の個人的な体験に基づくものであるにしても、あまりにヒューマニスティックすぎるのではないかと。そして、後に、大江健三郎は、別の結末を持つ私家版を作ったのである。

2013-06-04 19:32:21
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メイキング2の⑬ 私家版の結末では、子どもは、無残に亡くなることになっていた。この、ふたつの結末を持つ小説について、江藤淳が、作者の大江健三郎は、雑誌で激論を交わした。江藤淳が批判したのは、作者が結末を変更した作品を書いたことではなく、「批評を受け入れる形で」書き直した点だった。

2013-06-04 19:32:32
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メイキング2の⑭ 江藤淳の厳しい追及に、大江健三郎は「結末はどのようにでも書ける」と意味の発言をした。ぼくには、江藤淳がどうして、あれほどまでに徹底的に問い詰めたのか、わかるような気がするのである。江藤淳という批評家は、誰よりも「私」と「公」を峻別しようとした人だった。

2013-06-04 19:32:46
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メイキング2の⑮ 小説は、それを書く小説家という「私」のものだろうか。違う。ひとたび書き始められた時、小説も、そこに登場する人々も、その固有の運命から逃れられなくなる。なぜなら、現実のぼくたちがそうだから。小説は、現実を映す鏡であり、作者が恣意的に「私する」空間であってはならない

2013-06-04 19:32:58
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メイキング2の⑯ 作者が恣意的に登場人物を弄ぶ空間に、どうして読者は入ることができるだろう。そこは恣意的な「私」空間であり、ぼくたちが運命をあずけることのできる「公」空間ではない。作者は、小説とその登場人物に対して、倫理的に振る舞う義務がある。「私」と「公」を繋ぐとはそのことだ。

2013-06-04 19:33:08
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メイキング2の⑰ 小説には、そんな、書いている作者にもどうすることのできない物質性のようなものがあるとぼくは考えている。それがたとえ虚構の人物であっても、作者は、その運命を恣意的に扱ってはならないのである。では、登場人物たちの運命を変える権利は作者にはないのだろうか。

2013-06-04 19:33:18
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メイキング2の⑱ 少なくとも一つ、登場人物たちの運命を、恣意的にではなく変える方法があるような気がする。それは、彼らの世界の傍らに、彼らが登場するもう一つ別の世界を作ってみることだ。ちょうど、『1Q84』や『クォンタム・ファミリーズ』がそうであるように。いや、『「悪」と戦う』も。

2013-06-04 19:33:31
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連投、失礼いたしました。明日は第三夜目をツイートする予定です。「弱者」についてあの時、高橋さんが考えていたこととは? お楽しみに。

2013-06-04 19:36:22
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河出文庫『「悪」と戦う』(高橋源一郎)刊行記念リツイート、第3夜です。「それは、今日初めて考えるのではなく、何度も繰り返して考えていたことです。でも、それは直接活字にするつもりはありませんでした。しかし、今日は、なんとかことばにしてみたいと思っています。」(予告編より)

2013-06-06 23:07:29
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メイキングオブ『「悪」と戦う』3の① しんちゃんが「回復不能な後遺症にかかる可能性が大きい」と言われたとき、あらゆる親がそうであるように、ぼくは、すぐにはその事実を受け入れることができませんでした。『「悪」と戦う』と同じようなことが起きているということなど、頭から消えていました。

2013-06-06 23:07:49
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メイキング3の② 医者に宣告された夕方からの記憶は少し飛んでいます。自分に向かって「ちょっと落ち着いて考えてみよう」と言っていたような気もします。でも、それは記憶の捏造かもしれません。なにか異物が頭か胸の中に入り込んでしまったみたいで、ただひたすら苦しかったのです。

2013-06-06 23:08:09
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メイキング3の③ 数日前まで、元気で、ゲラゲラ笑って、走り回って「ぱぱあ!」と言っていた子どもが、体も動かず、口もきけず、無表情のまま、何十年も生きてゆくだけなのかもしれない。そう思うと、ぼくは死ぬほど恐ろしかったのです。それは自分の死よりも恐ろしいものにぼくには思えたのです。

2013-06-06 23:08:24
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メイキング3の④ ぼくはあと20年ほどで死んでしまう。けれど、しんちゃんは、さらに50年も生きなきゃならない。その頃には妻もいないでしょう。世話は誰がするのか。金はどうするのか。ぼくは半日くらい、本気で「銀行強盗でもするしかないのだろうか」とまで考えるほど追い詰められていました。

2013-06-06 23:08:36
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メイキング3の⑤ 事実を受け入れることができたのは翌日になってからでした。ぼくは妻に「しんちゃんがどんな風になっても、すべてを受け入れ支え続けていこう」と言いました。すると妻は不思議そうに「なに当たり前のこと言ってるの!」と言ったのです。妻は、初めから事実を受け入れていたのです。

2013-06-06 23:08:53
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メイキング3の⑥ そして、あることが起こりました。きわめて不思議な、まったく予想もつかないことでした。どんなことがあってもしんちゃんを支え続けてゆこうと思った瞬間から、ぼくは、自分の内側から、ものすごいパワーが、生まれて初めて味わうぐらい凄まじいパワーが沸いてくるのを感じたのです

2013-06-06 23:09:11
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メイキング3の⑦ その圧倒的な感情は、一週間後、しんちゃんが劇的な回復をみせはじめるまで続きました。それは、生理的には、ある種の興奮のため、脳内のアドレナリンが沸騰したにすぎないのかもしれません。けれど、そんなことを感じたことは、いままでなかったのです。あれは何だったのてしょう。

2013-06-06 23:09:28
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メイキング3の⑧ その話を、詩人の佐々木幹郎さんにした時、佐々木さんは、「わかるよ!」と即答しました。佐々木さんは(確か)おとうさん・おじさん・双子の弟が次々と倒れ、介護しなければなりませんでした。一人目は愕然、二人目は呆然、けれど倒れた三人目の弟の歪んだ表情を病室で見た時……。

2013-06-06 23:09:45
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メイキング3の⑨ その時、佐々木さんは、やはり、激烈なパワーが沸いてくるのを感じたのです。病院で、緩やかに回復してゆくしんちゃんの相手をしながら、ぼくは、ずっとそのことを考えていました。その病院は、日本でもっとも大きな子ども専門病院で、重病や難病の子どもたちが次々入院してきます。

2013-06-06 23:10:02
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メイキング3の⑩ ……そして、どんどん死んでゆく。つい昨日までベッドに寝ていた小さな女の子の姿が見えない。昨晩亡くなったのです。深夜、しんちゃんをおんぶして、廊下を歩いていると、ガラス越しに、酸素マスクをつけた幼児を、両親が身じろぎもせず見つめています。

2013-06-06 23:10:18
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メイキング3の⑪ そしてベッドは空になっている。まるで、ぼくは戦場のようだと思いました。硝煙の中で、子どもたちがばたばた倒れてゆくのです。けれど、ぼくは、不思議なことに気づいたのです。そんな重病の子どもを持つお母さんたちの表情が、きわめて明るいことに(逆に父親の表情は暗いのです)

2013-06-06 23:10:31
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メイキング3の⑫ いったい、彼女たちは、なぜあんなに明るい(ように見える)のだろう。ぼくは、ある時、食堂で、三つの難病を抱えて、三つの病院を転々として、何年もほとんど家に戻れない子どものお母さんに、質問をしたのです。「どうして、そんなに、明るく振る舞えるんですか」と。

2013-06-06 23:10:49
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