高橋源一郎さんの河出文庫『「悪」と戦う』刊行記念・「メイキングオブ「悪」と戦う」

高橋源一郎さんの河出文庫『「悪」と戦う』刊行記念・「メイキングオブ「悪」と戦う」。
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河出書房新社 文藝👑冬季号発売中💐創刊90周年❣️ @Kawade_bungei

メイキング3の⑬ すると、そのお母さんは笑って「そりゃ明るくしなきゃ、やってられないでしょ」と前置きし、こうおっしゃったのでした。「あの子は、うちの太陽だからです。そのことに、あの子が病気になってから気づきました。いまでは病気になってよかったと思えるぐらい」と。

2013-06-06 23:11:08
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メイキング3の⑭ ぼくはこう考えるようになったのです。ぼくたちがすることで「ぼくでなければならない」ことがいくつあるでしょうか。仕事をする。でも、その仕事は他の誰かでもできる。なにか楽しい遊びをする。勉強をする。抗議する。何だっていい。どれもぼくじゃなきゃならない理由はないのです

2013-06-06 23:11:24
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メイキング3の⑮ けれど、この世界には、どうしてもその人でなければならない、他に代わりがない事があります。しんちゃんが身動きできない体になったとするなら、その世話をするのはぼく(と妻)です。ぼくは「指名」されたのです。かけがえのないたった一人の人間として、です。

2013-06-06 23:11:37
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メイキング3の⑯ 過酷な条件と引き換えに、その「指名」された人間は、他の誰とも交換不能な「個」の徴を手に入れる。あの、説明不可能な「喜び」の感情の中には、その逆転があったのではないでしょうか。それが奇麗事であるのはわかっています。しんちゃんは、いまでもリハビリを続けています……

2013-06-06 23:11:54
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メイキング3の⑰ ……見た目にはふつうの子どもと変わりはありません。ぼくは結局「指名」されたのではなかったのですから。でも、それから、ぼくは、しんちゃんが陥りそうになった「弱者」の立場について考えるようになりました。そこには、小説の秘密が隠されているのではないかと思ったのです。

2013-06-06 23:12:11
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メイキング3の⑱ すいません。もう少しで終わります。ぼくもそろそろ限界です。なにかが繋がりそうなんです……。

2013-06-06 23:12:26
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メイキング3の⑲ 「弱者」は「守るべきもの」だと社会は言います。でもその「守る」は「排除する」という意味です。「弱者」とは「ふつうではない人々」のことです。しんちゃんがなるかもしれなかった「障害者」、「老人」、「病人」、もしかしたら「在日外国人」や「女・子ども」もそうかもしれない

2013-06-06 23:12:38
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メイキング3の⑳ 「弱者」とは「ふつうの人々」つまり大多数(と思われている)「強者」にとって、異質なものです。それは、要するに「他者」なのです。だから、社会は「他者」である「弱者」を排除しようとする。老人や病人は、家庭から病院へ連れ出し、障害者は逆に家庭に閉じ込めるのです……。

2013-06-06 23:12:51
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メイング3の21 それは、「弱者」を「強者」の目に入らないにするためです。けれど、「強者」だけの世界はもろい。均質な世界こそもっとも脆弱なのです。この世界が生き延びてゆくためには、そのすぐ傍に「弱者」を必要としているのかもしれません。三人を介護した佐々木さんはこう言っています……

2013-06-06 23:13:05
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メイキング3の22……「介護とは要するにその人の傍にいること。ただそれだけ」と。ぼくたちは、生きる力をもらうためにこそ「弱者」の側に立つべきなのかもしれません。そしてさらに、ぼくはこう考えたので。「では、いちばん弱い者とは誰だろう」と。もっとも弱い者、それは「個」なのです。

2013-06-06 23:13:38
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メイキング3の23 自分では「強者」であると、思い込んでいるすべての「個」は、やがて、老い、死に近づき、社会から排除され始めて、突然「強者」であることが幻であったと知る。そして、自分が「弱者」として分類されたことに愕然とするのです。だが、最初からそうだったのではないでしょうか。

2013-06-06 23:14:11
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メイキング3の24 ほんとうには誰のことも理解できず、ほんとうには誰からも理解されない。そのようなものとして「個」は存在しています。本質的な意味で「弱者」である「個」は、そのことを知らされないまま放置されるのです……。世界でもっとも弱い者として。

2013-06-06 23:14:40
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メイキンク3の25 小説とは、そんな「個」に、最初から最後まで寄り添うことを運命づけられた芸術だと、ぼくは思っています。小説は、なにも語る必要はありません。死ぬべく運命づけられた、孤独な、「個」の側に、無言で、けれども断固として立つのです……

2013-06-06 23:15:00
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メイキング3の26 ……そのような孤独な「個」の共同体がありうることを唯一のメッセージとして。死すべき者の側に立つことを最大の喜びとして。以上です。ご静聴ありがとう。

2013-06-06 23:15:17
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高橋源一郎『「悪」と戦う』文庫化記念。本日は<メイキングオブ「悪」と戦う>第11夜をツイーします。「『「悪」と戦う』は、ぼくにとっても初めてのタイプの小説でした。ある意味で、まったく偶然に、この小説はできたのです。一つの、どうしても忘れられない事件と共に。」では、始めます。

2013-06-08 00:30:44
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メイキングオブ『「悪」と戦う』11の1…『「悪」と戦う』には、ふたりの少年、いや幼児が登場します。そして、彼らはある避けられない理由で、正体不明の「悪」と戦わざるをえなくなる。この「ランちゃん」と「キイちゃん」という兄弟は、子どもたちを、れんちゃんとしんちゃんをモデルにしています

2013-06-08 00:30:56
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メイキング11の2…わたしは、自分の子どもたちをモデルにした小説を書くつもりなどありませんでした。わたしは、毎日、子どもの世話をしたり、相手をしたり、彼らを眺めたりして、それだけで充分だったのです。およそ、子どもというものは一瞬も休まず、日々、変化してやまない。それを追いかける…

2013-06-08 00:31:13
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メイキング11の3…彼らを追いかけるだけで充分だったのです。彼らが、目の前で、ことばというものを覚えてゆく様、人間以前の存在が、徐々に人間らしくなってゆく様を眺めているだけで、飽きることはありませんでした。書くことは他にも、いくらでもあったのです。だが、ある日、わたしは不意に……

2013-06-08 00:31:30
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メイキング11の4…気づいたのです。それは、おそらく、およそあらゆる親が自分の子どもたちを眺めていて気づくこと。つまり、自分の「死」についてです。不思議なことに、父が亡くなった時にも、母の心臓が鼓動を止めた時にも、悲しくはあっても、それは自分の「死」とは関係のない出来事でした。

2013-06-08 00:31:48
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メイキング11の5…けれど、まさに「生」のさなか、生命力そのものである、子どもたちを見ていると、彼が自分の年齢に達した時、わたしはもうこの世に存在しないのだという思いに呑み込まれそうになっている自分に気づくのです。風呂上がりに鏡を見て、ギョッとします。わたしの父親が映っている。

2013-06-08 00:32:02
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メイキング11の6…十年以上前に亡くなったはずの父親は疲れ果てた顔をして、幼い頃のわたしを抱いているのです…もちろん、それは勘違いです。わたしが、しんちゃんを抱いて立っているのです。わたしは、その「父とわたし」が「わたしと息子」にあまりに似ていることに驚きます。時間はそうやって…

2013-06-08 00:32:13
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メイキング11の7…折り返されるのかもしれませんね。とりわけ、六十近いわたしにとっては、子どもたちは、生命と死の両方を持って近づいてくる天使のようなものだったのです。わたしが、彼らをモデルにした短編を書いたの、その頃でした。それが何なのわからないまま、大きな手応えがあったのです。

2013-06-08 00:32:34
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メイキング11の8…もしかしたら、大切ななにかが書けるかもしれない。そんな予感がしました。焦ってはならない。それがどうしても必要なものなら、必ずそれは生まれるのです。わたしは、なかなか言葉を話すようにならないしんちゃんをダッコしながら、用心深く、耳を澄ましていたのです。そして…

2013-06-08 00:32:49
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メイキング11の9…わたしは、「ランちゃん」と「キイちゃん」以外の、もうひとりの登場人物に出会うことになったのです。そのことをうまく説明することできません。説明できないから、小説を書くことになったのですから。わたしは、いつも買い物に行っているスーパーで「彼女」に出会ったのです。

2013-06-08 00:33:01
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メイキング11の10…れんちゃんと同じか一つ年上の女の子だ、とわたしは思いました。とても可愛い格好をした女の子はわたしに背中を向けていて顔は見えませんでした。その時、わたしは異様なことに気づきました。店内に、溢れるほど買い物客がいるのに、なぜか彼女の周りだけが空っぽなのです。

2013-06-08 00:33:15
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