モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer XI~
- IngaSakimori
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難西のVTRがコークスクリューへ進入する。完璧なライン、そして速度だった。谷川淳(たにがわ じゅん)の駆る『深紫のYZF-R1』ですら、ここでは遅れをとるだろう。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:09:01━━その、彼が。 「……は、ははっ」 乾いた笑いがこぼれた。 ミラーの中のスパーダがリアタイヤをセンターポールへ一度、二度と打ち付けながら、それでも転倒することなく、コークスクリューを立ち上がってきているではないか。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:09:19(本当に……馬鹿な奴だなあ……。 三鳥栖、とか言ったよな……ああ、やったよ……俺もやった……そういうの……な) #mor_cy_dar
2013-09-30 23:09:33この時、はじめて志智のスパーダはコーナリングスピードで難西のVTRを上回っていた。 コーナーを曲がる速度が速ければ、立ち上がりもまた速い。当然の論理である。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:09:42「……くっくっくっ。 くふ……ふふふっ。ははははははっ! あーっはっはっはっはっ!!」 ヘルメットの中で難西は哄笑した。 自分を押しのけようとするかのように、赤いスパーダがコーナーの進入でインに並ぶ。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:09:53「バーカ! ここはコースじゃねえんだぞ! こんなことを今時やる奴がいるなんて……はははっ。わはははははは! 馬鹿だなあ、お前っ……ボーヤよお!!」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:10:04ブレーキレバーへ込める力はそのままに。難西はスロットルを戻し、進入スピードを意図的に落とす。 志智のスパーダは軽くよろめきつつも、減速帯を乗り越えながら車体をバンクさせていく。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:10:16どうだ? かなり無理な進入といえる。曲がれるだろうか? 曲がった。突っ込みで無理矢理インをとったレーシングマシンが、頭を抑えつつ曲がっていくように、妙に低いスピードでスパーダは旋回していく。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:10:26「……ったく。本当に、馬鹿だな。コイツ」 難西は赤く、そして細いスパーダのテールランプをまじまじと見つめる。その走りは未熟で、隙だらけと言っても良かった。 だが、残り少ない『大人区間』でパワーに劣るVTRが仕掛けるタイミングもまた、残されていなかった。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:10:36「はあっ!!……はあ……はあ……はあっ……っ、はあ━━━━━━!」 川野駐車場でスパーダを停車させ、ヘルメットを取り去った志智が最初にしたことは、自分の左胸。つまり、心臓の位置を手で押さえることだった。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:11:05「生きてる……よ、な……」 「ど、どどど、どうしたんですか? お兄さん!? 顔が真っ青ですよ!?」 「ああ……い、いや……」 グローブを脱ごうとする指先に力が入らない。足は震え、サイドスタンドを早く出さなければこのまま転んでしまいそうだ。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:11:19「よう、ボーヤ」 「………………あ」 そして、そんな志智に向かって歩み寄ってきた難西は━━ #mor_cy_dar
2013-09-30 23:11:29「アホゥ!!」 「っ……!」 グローブの端をつまんで、志智の頬へ思い切りたたきつけた。ちょうど分厚い布か何かで、平手打ちをくらったようなものだ。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:11:45「なあ、ボーヤ。俺がなんで手を出したか分かるよな」 「……あ、ああ……ええ。はい」 「生きてて良かったな。どうだ、マジで死にかけた数分間は。 楽しかったか? 気持ちよかったか? どうなんだ」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:11:59「えっ……あの……あのあの、お兄さん……? VTRの人も……一体どうしたんですかっ?」 「はああ~……そうか」 呆然と立ち尽くすティックを、そして真っ青な顔の志智を一瞥すると、難西は大きなため息をつく。 そして、白い歯を見せて笑った。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:12:51「それならいい。もう二度とやるなよ。 はーっはっはっはっ!! だーっはっはっはっは!!」 「……なんですか、いきなり……?」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:13:06「いやなあ、懐かしくてなあ! おいボーヤ! お前馬鹿だろ!? さもなくば、天才級の大馬鹿だ! 今時、どんな頭してるんだ! はっはっはっはぁー!!」 背中をばしばしと叩かれながら、志智は戸惑うしかなかった。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:13:17(何だろう……この人。 難西さんだっけ……さっきまでと全然違う……) 自分が追いかけていたVTRのライダーは、いつの間にかどこかで入れ替わっていたのだろうか。 こんなにも朗らかで、楽しそうに笑う男ではなかったはずだ。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:13:31「懐かしい。昔を思い出したよ、ボーヤ」 「昔……?」 「そうさ俺と淳の奴と……仲間達が走っていた時代だ。 峠を暴走するローリング族ってな。言いたきゃ言えばいい。否定する奴にはさせておけ」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:13:48「でも、くだらねえかもしれないが、それが俺達の青春だったんだ」 「………………」 「さっきのお前みたいな頭のおかしい走りをする奴が、あの頃は腐るほどいた」 難西はそう言ってから、しばらく押し黙った。 そして、空を見て、山を見て。 次に志智の瞳を見た。 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:14:03「そう……いた。つまり過去形なんだ。 みんな、な。スリルがあるって。コーナーを攻めるのが楽しいって。そう言って、楽しそうに無茶やって……それで死んじまった。 結局、生き残ったのは俺や淳みたいな臆病者だけだ」 「臆病者、ですか?」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:14:16「そうとも。峠を速く走るにはな、臆病じゃなきゃダメなんだ。 笑って楽しんで無茶して走る奴は……みんな死んじまうのさ。 ほんの少しのプッシュでも怖えって……ビクビクして……そうやって、少しずつ速くなっていった奴が生き残ったんだよ」 「………………」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:14:28「ま、それこそ今の若い奴には分からない感覚だろうけどな。 バイクで速くなれるなら死んだっていい……そんな時代が、過去にはあったんだよ。 それをお前が思い出させてくれたからな……少し、感謝したくなった。きっと陽子のことも━━」 「陽子?」 #mor_cy_dar
2013-09-30 23:14:40