モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Autumn VI~
- IngaSakimori
- 2022
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「そうか。まあ、一分一秒を争うタイヤ交換のときに有用というわけだね」 「なるほど」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:31:57ぴかぴかに磨かれたRVFのリアホイールには、スパイスを散らしたように僅かな汚れがついていた。 それは爪先でこすれば取れてしまう程度なのだろうか。これとも、年月がこびりつかせたものなのだろうか。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:32:00「でも、この━━プロアームでしたっけ。 普通に走る分にはあんまり意味なさそうですよね」 「なかなかはっきりと物を言うな、お前さん。 まあ、そうだ……しかし、昔はみんなバイクが好きでな。そして、ストリートで乗るのも好きだったが、レースも好きだったんだ」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:32:13「レース……ですか」 「だから、レースから市販車へ導入された技術はもてはやされてな……要するによく売れたんだ。 ヤマハもスズキもカワサキも……どこもそんなバイクを造っていた」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:32:24「ひょっとしてそれが『レーサーレプリカ』っていうやつですか?」 「そうとも。 そしてこのRVFはな、最後のレーサーレプリカなんだ」 「………………」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:32:34最後の。 その単語を口にする老人の瞳は、まだ十代の志智にはうかがいしれない深い感情を含んでいた。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:32:46「長話になったな。私は奥原。 奥原一征(おくはら いっせい)だ。君は学生かな」 「三鳥栖志智(みとす しち)です。 高三です」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:33:06「若いな……高三か。 ちょうど私がバイクに乗り始めた年だな」 そう言いながら、老人━━奥原は目を懐かしむように細めた。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:33:14その日の夜。 自宅で夕飯を食べ終えた志智の足は、バイク販売店『ハング・オフ・モータース』へと向かっていた。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:33:31「今夜は冷えるなあ……」 剥がれかかっている歩道のアスファルトを踏みしめながら、白い息を吐く。 気温は一桁に突入していそうだった。出がけに千歳がかけてくれたマフラーがなければ、もっとひどい思いをさせられていたに違いない。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:33:41「しかし、たまには歩くのもいいな」 街路樹のイチョウもすっかり葉を黄色に染めつつある。 見るも鮮やか、というレベルまではいかないが、数週間も経たないうちに盛りを迎えることだろう。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:33:51「歩道にいるとわかるけど、結構なスピードで流れてるよなあ……」 ふと足を止めると、志智はいつも使っている片側一車線の市道を見つめた。 制限速度は40km。車の流れは詰まってなければ50km前後というところだろうか。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:34:06モーターサイクルにとっては鼻で笑ってしまうような低速でも、歩行者の視線で見ると恐ろしくてたまらない高速に思えてくるから不思議なものだった。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:34:24(俺もあれと同じ……か、もっと速いスピードで走ってるはずなんだけどな) そんなことを考えているうちに、目的地が見えてくる。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:34:27「こんばんは、祇園田(ぎおんだ)おじさん」 「なんだ、シー坊じゃないか。 ……ん? 今日はバイクじゃないのか。はっはあ、転けて壊したんだろ?」 「そんなんじゃないよ。 ただ、やたら寒いからさ。たまには歩こうかなって」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:34:47「冷えるからバイクに乗らないってか? 根性入ってねーなあ。お前が乗り出したときは、まだ真冬だったじゃないか」 「……そう言わないでよ。どうせバイトで嫌というほど乗るし、さ」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:34:57そう言いながら、志智は店の隅に設置されているオイルヒーターへ手をかざす。 あまり暖かくはない。そんなものだと分かってはいるが、もう少し即効性のある暖房手段ならよいのにと思う。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:35:06「で、なんだ。 愛しのスパーダは快調だとして、何か相談でもしにきたか。千歳ちゃんが一緒にお風呂へ入ってくれなくなったか?」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:35:20「どれだけ昔の話だよ……この前、墓参りいってきたとき、借りてたETCを返そうと思って」 そう言いながら志智はポケットの中から、少し分厚いスマートフォン程度の大きさの物体を取りだした。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:35:28「ああ、それか。そういや貸してたな」 見る者がみれば、一体型ETCを乾電池駆動に改造したとわかるそれを受け取りながら、祇園田は納得したようにうなずく。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:35:36「ありがとう。おかげで料金所とか楽だったよ。ETCって便利だね」 「いいってことよ。 しかしシー坊、バイトではETC使わないのか? よく首都高乗るんだろう?」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:35:46「首都高はいつも現金で払ってるよ。 短い距離だと乗らないから、付ける意味もないし……」 「そーいえば、今はETCだと割引ないんだっけな。 嫌だねえ、どこもかしこも知らないうちに値上げしてるんだからな」 真新しいカタログをめくりながら祇園田は言う。 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:36:07「今度MC……モデルチェンジするホンダのこいつなんかもな。最初は馬鹿みたいに安かったのに、結構値上げしてるんだぜ。 ったく、これも円安ってやつのせいなのかね」 「よくわからないけど、安ければいいっていうものでもないんじゃないのかな」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:36:26「それで祇園田おじさん、ETCの料金なんだけど」 「んー? 何のことだ」 「とぼけないでよ。 深夜割引だったらか安かったけど、全部足して1万とごせ━━」 #mor_cy_dar
2013-11-22 10:36:42