不知火に落ち度はない その12

yamoto @yamoto

夜空に花火が上がっている。 花咲く大輪が、ひとつ、ふたつ。 俺はその光景をひとり見上げていた。 目の前には水槽。泳ぐは金魚。 アロハ姿の俺にはお似合いとも言えた。 基地祭夜の部。 暑苦しい制服から解放された俺は、今テキ屋のおっちゃんになってる。 #不知火に落ち度はない

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なんでこんな事になってるか？ 簡単である。 俺が希望して、こうしてノンビリしているのだ。 地元民の方々も浴衣姿でちらほら歩く。 基地の連中も一部を除いては、休暇代わりになる祭りを楽しむ側に回ってる。 物騒な日々の影はここにない。 祭り、最高。 #不知火に落ち度はない

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今時、金魚は人気がないと思ったが、案外そうでもないらしい。 様々な面子が、面白そうにやっていく。 ポイはお子様に低難易度小型を渡し、カップルでいい顔したい男には鬼難易度の大型を渡す。 紙を付けて１秒以内に破れる姿はカップルざまあ気分を味わえた。 #不知火に落ち度はない

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「よう、片目野郎。とうとうクビになったか？」 「お、なんだモグリ、来てたのか」 今日のゲスト、原潜乗りのモグリだ。 浴衣が似合い、頭を丸めたら立派な住職になる。 「ちょっと待てよ、今バリカン持ってくるから」 「お前俺の髪の毛に何の恨みがある」 #不知火に落ち度はない

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「そうそう、なにやってるのねー！ 提督！」 「お、１９に５８に８に……モテモテじゃね？」 両手に花どころじゃねえな、このモグリ野郎。 浴衣姿のうちの潜水艦面子が勢揃いで、こいつを囲んでいる。 潜水艦ハーレムとか。お前。 「持てない男の嫉妬でち」 #不知火に落ち度はない

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19は遊びで胸を当てて楽しんでるくさいが、58はモグリの腕をしっかり抱き込んでるあたり、本気度が伺えた。 おいおいいいのかモグリ。一応だけどこいつら国家機密だぞ。 「好きなモン頼んでいいっつったら、ご覧の通りだ」 「ケツの毛まで毟られろ」 モテ系め。 #不知火に落ち度はない

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「じゃ、ほれ、サービスだ。やってけよ」 ポイを差し出す。超高難易度のつけて1秒で溶ける奴だ。 「おうさんきゅ──」 「てぇい」 べちこーん。 おいこのでち公、なにしやがる。 「いかさまポイを渡すとはいい度胸でち」 ばれてーら。 #不知火に落ち度はない

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「ほら、さっさとまともなポイ渡すのね、提督」 「そうそう。58が魚雷ぶち込む前にさっさとするでち」 うっわー、脅しに来たぞこいつら。 「いやいやお嬢さん方。気遣い無用さ」 言うとモグリの野郎。さっき渡したポイを片手に笑みを浮かべる。 #不知火に落ち度はない

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「こんな小細工程度で勝つとか思ってねえだろな？」 「さあな、やってみろよ」 きゃーと、モグリの周囲から黄色い悲鳴。 なにこれ、完全俺アウェイじゃん。 19なんか、5匹以上取ったらキスして上げるとか言ってるし。 いいのかお前。モグリがあとで地獄だぞ。 #不知火に落ち度はない

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「ではお嬢さん方、このモグリめの鮮やかな手並みをごらんあれ」 調子づいたのか、かっこつけて一礼なんかしてやがる。 お前の頭をバリカンで丸坊主にしてやろうか。 そうして、あいつは戦闘態勢オン。 ほぼ水平にポイを構えて── ぱしゅ、と水が『切られる』 #不知火に落ち度はない

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ポイってのは、要するに紙を張ったもの。 水で濡れない限りは強度も保たれる。 逆説的に言えば、ポイを水で絶対に濡らさない技術があればいいわけだ。 見てみろ。 ポイで水ごと切り取り跳ね上げた金魚を、椀で拾うなんていうアホな曲芸してる奴が居る。 #不知火に落ち度はない

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海兵というのはある意味、暇人の集まりでもある。 だいたいはパチンコ系に走るが、航海中にそんなもんはない。 トランプで遊んだり、花札で遊んだりするやつもいる。 その中でも、モグリは悪質さでトップ。 この手の早さを活かして、カードをすり替える常習犯だ。 #不知火に落ち度はない

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ぽん、ぽん、ぽん、ぽんと。 金魚が空を舞ってお椀の中に入っていく。 ほれ、19よ。お前の言ってたキスのカウント入ったぞ。 お、笑顔が引きつってるな？ まさかここまでやる奴だとは思ってたんだろ。 #不知火に落ち度はない

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そして、カウントが10匹まで入ったあたり。 19が完全に焦りだし、58がおろおろし出した付近で、あいつはわざとポイを水につけた。 「おっと、ミスった。もっぺんやっていいか」 「うっせ帰れ商売あがったりだ」 しっしと手を振ってやる。 もち本気じゃない。 #不知火に落ち度はない

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さーて、奥様達見物ですよ。 あのモグリ野郎、結構なタラシなんですよ。 「さって、19ちゃん。俺5匹捕まえたけどどうする？」 「え！？ え、ええええ、ええと、えっ」 顔を赤くして下がる19。 ほら、大人からかったらこうなるんだぜ。 にやにや。 #不知火に落ち度はない

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「返事がないなら、かわいい金魚さんを持ち帰りしちまおうか」 「ちょ、こ、困るのね？！ こんなトコで…」 腕を19に伸ばして肩を抱き、顔を近づけていく。 顔は金魚のように真っ赤っか。ぱくぱくと口を開いたりしてる。 いや、あいつ思ったより純情じゃねえか。 #不知火に落ち度はない

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さて、モグリ野郎は気づいているでしょうか。 もう一匹の金魚がすっげえ顔になってるのが。 「でちぁあああああ！！」 およそ人類に発音不可能な声を上げて、58が椀を水槽にダンクシュート。 そのまま、迫ってたモグリの首根っこをひっつかむと強引に引っぺがす。 #不知火に落ち度はない

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「一匹も椀にいないから、19の賭けは無効でち！！」 来ました暴論。 女ってマジ怖って思う瞬間である。 そのままモグリの腕を完全ホールド。 おー、やれやれー。もっとやってやれー。 どういうこと？ って顔をしてるモグリ。 お前気づいてなかったわけ？ #不知火に落ち度はない

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「おーい、モグリ」 「お、おう？」 まずサムズアップ。 は？ って顔をしたので人差し指と中指で挟み込む。 「お前最低だな！？」 「はははは、がんばれよ」 手を振ってお見送りモードに転ずる俺。 顔を真っ赤にするモグリ。 ロリコンいっちょあがりー。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

そんなこんなでモグリの野郎のボルネオ行きが決まりそうなのを見送り。 その後はノンビリと客の応対をする。 だいぶん店の金魚も少なくなってきたあたりで、ひんやりとした気配を感じた。 首筋あたりに、ぞくぞくと感じるこれはまさか── 「提督」 出たー！！！ #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

白い浴衣に桜を散らし、布袋を片手に持った神通である。 あれからすっぽかしまくっていたから、直接出向いてきたのだろうか。 あの中には多分、真剣が入ってると思う。 「探しました……ここにいらっしゃったのですね」 か細い声で、こちらを見つめながら言う。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

ゆらり、ゆらり。その歩みは舞踊のようにも、或いは幽霊のようにも見える。 うっすら口元に浮かぶ笑みが、俺のデッドラインタイマーを跳ね上げる。 まさかここで抜くとかいわんよねこの子。 「おう。やってくか？」 ポイを差し出すと、その手の上に乗っけられる紙。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

果たし状──。 うん。ここまで徹底してるとちょっと感動する。 どんだけケリをつけたいのか俺わからない。 「お読みいただけますね？」 拒否権なしか、神通。 「今は営業中なんで後でな」 懐にしまい込む動作を見せると、こっくりうなずいた。 #不知火に落ち度はない

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そして、ポイを受け取ると金魚すくいを始める神通。 結局やってくのな。 一応渡したのは初心者向けのポイだが、やったことがあまりないようだ。 1匹すくう間に、紙が破れて逃がしてしまう。 「難しいです……」 「もっぺんやってみろよ」 サービスである。 #不知火に落ち度はない