- FiveHolyWar
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「あたしのマテルは、あたしを守ってはくれないわ」 否定の言葉。自分には与えられないという事実を、悔やむでもなく、他者を羨むでもなく、誇るように毅然として。 「マテルが守るのはファミリアの全部だもの。たった一人のフィリアを特別に守ったりはしない。そんなマテルにファミリアは守れない」
2014-09-29 13:46:50壁に手をついて、傾いて揺れる床の上に、そろそろと立ち上がる。透けた狼の背後で、赤毛の頭が這い上がる。 「そのかわりに、マテルはあたしに教え示してくれた。そうして身に着けた力と、ファミリアが、あたしを守ってくれた」 女の緑の瞳は、少女の赤い瞳の奥にいる『何か』を見据えて、告げる。
2014-09-29 13:47:01「フィリアが生きられないのは、マテルが生き方を教えなかったせいだわ。マテルが生き方を知らなくて、導いてあげられないせいよ」 守られてただ在ることと、生きることは違う。華夏はそれを知っている。華夏が少女へ向ける感情は、怒りでも憎しみでもない。それは今、『何か』だけに向けられている。
2014-09-29 13:47:13音を立てて異形を現した魔王の姿を見ても、華夏は怯まない。高さや揺れる足場には怯え竦んでいても。 「マテル、あたしを、使って」 小さな声を皮切りに、華夏は【萌芽】した。女の身体を引き裂いて、胸から、肚から、手足から、柔らかな緑の芽が吹く。 フィリアを種として、シルウィスが生まれる。
2014-09-29 13:47:26「『生き方を教えるが母、か。なるほど。……奪い、陥れるが魔の宿命。出来ぬ者は滅びゆく。されど我は導かぬ。我は代わってやるのみよ。なればこそ、我は我が愛し子の母では無いなァ』」 無表情のまま、『八衢』は言葉を返す。向けられる怒りも憎しみも、『八衢』には興味が無い。
2014-09-29 14:35:40それにとって重要なのは、少女が生きるか死ぬか。ただそれのみ。 女の身体から緑が生える。『八衢』は大仰に頷いた。 「『ああ、その緑。お前は土か。なるほど、なるほど。我とお前は戦わねばならぬ宿命にある』」 そして、ニヤリと口元だけで笑い。
2014-09-29 14:36:13異形の両腕を大きく広げ、振り上げると、船を壊しかねない勢いで拳を叩きつけた。幸い、船が壊れることは無かったが、ぐわん、と大きく揺れる。 少女の身体がその揺れに惑うことはない。『八衢』は異形の片腕を、女へと伸ばした。鋭い鉤爪で引き裂き、【変転】させんと。
2014-09-29 14:39:55突き上げるように衝撃。大きな揺れにがくんと膝が折れるが、フィリアが甲板の斜面を滑り落ちることはない。みるみる伸びる蔓草が船体に絡みつき、根を張り、フィリアを支えていた。 「そうよ、あたしはシルウィスの礎になるの」 ざわざわと音が聞こえそうな勢いで、緑は茂る。船を覆い尽くしていく。
2014-09-29 17:53:49鋭く巨大な鉤爪が迫る。蔓草が伸びて壁を編み上げ、フィリアの身を『守る』。鉤爪は緑の障壁を紙切れのように裂いた。引き千切られた蔓草は枯れたように色を失い、土塊と化して崩れ落ちていく。 『土から生み出す力』と、『命を土に還す力』の衝突。魔王が『宿命』と称すに相応しい対比。
2014-09-29 17:54:00ぶちぶちと障壁を殺していく鉤爪から遠ざけようと、さながら赤い花を付ける樹のように、緑がフィリアを持ち上げる。 【萌芽】する。「ぐ、ウッ」と呻き声。太い蔓を駆け登ったマテルが、気遣わしげに鼻先を寄せる。フィリアの喉から音は出ず、ただ唇が「平気」と形作る。
2014-09-29 17:54:23【萌芽】する。船を覆っていく緑が、甲板の少女へと迫っていく。蔓草の先が蛇のように這う。その隙間から、色とりどりの草花が顔を出す。白詰草、片喰、玄華、菫、竜胆、名も知らぬ花、見たこともない葉の形。御伽話に見るような、幻想的な自然の姿が、白と黒の少女を飲み込もうと裾を広げていく。
2014-09-29 17:54:37——【変転】せよ、【変転】せよ 伸ばした異形の片腕は蔦草の壁を引き裂き、千切り、土塊へと変え、赤い女を目指して動き回る。茂るならば千切り、阻むならば引き裂く。上へ上がったことなど大したことではない。異形の巨大な片腕は、ただひたすらに樹を攻撃しては、女を引き裂かんと伸ばされる。
2014-09-29 19:21:53残る片腕は、少女へと迫る蔦草の群れを船の甲板ごと抉り取るように破壊した。轟音。蔦草は見る間もなく土塊へと変わり、甲板には穴が空く。しかしそれでも蔦草の動きが止まることはない。少女を飲み込まんとするそれらを、引き裂き、阻む。だが、足りない。片腕では、全ては間に合わない。
2014-09-29 19:23:32少女の足に蔦が絡まる。異形の腕が引き裂く。蔦は枯れ、されどまた新たな蔦が足を掴む。片腕は何度となくそれを裂き、蔦は何度となく絡まった。 花々は咲いては枯れて行く。枯らすのは『八衢』。生み出すのは、あの女。 「『羨ましいな』」 『八衢』が言う。高くへ昇った、女を静かに見据えながら。
2014-09-29 19:24:01距離を思えば、聞こえるはずのない言葉だった。それがフィリアの耳に届いたのは、【萌芽】した緑によるものか。 「うら、やま、しい……?」 返した声は苦しげに掠れる。直接に打撃を受けたわけでも、肉を裂かれたわけでもない。けれど、緑の礎となっているフィリアは、疲弊しているように見える。
2014-09-29 22:41:48魔王を睨む目はどこか虚ろで、呼吸も浅い。女の身体を絡めて支える蔓草たちは、その身体を締め上げ、吊るしているようにも見える。異形の爪に守りを毟り取られ、根本を削られ、着実に脅かされていることを除いても、どこか無理を感じさせる光景。 「どうして」 この声もまた、届くはずのない声。
2014-09-29 22:41:59けれど確かに、魔王の耳に届けられる。 緑が白黒を覆っていく。絡まり、引き裂かれて朽ち、それでも残った茎の端と葉が、少女のドレスや髪にまとわりついて残る。枯れて土と化したものから、花の芽が吹く。 魔王は気付くだろうか。少女を絡めとる緑が、しかし少女の身を害そうとしていないことに。
2014-09-29 22:42:08少女の足に、髪に、ドレスに、蔦草が絡み、花が芽吹く。されど、それらは少女を害そうとはしていない。『八衢』はそれを疑問に思った。しかし、払わぬわけにはいかなかった。 「『泣くな、泣くな、泣いてくれるな、我が愛し子よ』」 赤い両目から涙が幾筋も落ちて行く。少女が泣いている。
2014-09-30 00:52:51『八衢』はその理由を知っている。少女が望むものを知っている。だから、払わぬわけにはいかない。巨大な異形の片腕では少女に纏わる蔦草を払い、片腕は女を仕留めんと動き続ける。 「『羨ましい。我は枯らすことしか出来ぬ。奪うことしか出来ぬ。導いてやることなど出来ぬ』」 土が舞う。
2014-09-30 00:53:24船の上に土が積もる。其処からはまた、緑が芽吹く。それをまた、異形の腕は引き裂き枯らす。 花は散る。少女の涙は止まらない。『八衢』の脳裏には浮かぶものがある。 「『お前からすれば理不尽よ。身勝手よ。まこと我は愚かよな。されど、』」 かつての草原。花が咲く地、星夜の下で笑った少女。
2014-09-30 00:53:43少女が望んだものは、ずっとずっと単純で簡単なものだった。甘いお菓子や美味しいケーキ、優しい友達なんかではない。 「『嗚呼』」 異形の腕は蔦草を払う。それは希望だ。触れ得ぬ希望だ。 「『泣くな、我が愛し子よ』」 払わねばならぬ。たとえ少女が望めども、得られぬならば、払わねば。
2014-09-30 00:56:53船が揺れる。傾いたまま、いまにも水底へ沈みそうな姿のまま、水面の上でぐらぐらと揺れ続ける。 朦朧とする意識の中で、華夏は魔王の言葉を聴いていた。もし魔王が言葉を行使するものなら、華夏は抗う術を持たなかった。許さないと言いながら、仇に心があることを認め、ただ奪うことを良しとしない。
2014-09-30 11:19:45華夏は、復讐者としては甘すぎる。 ああ、と、息を零した。 「……あなたも、迷い子なのね……」 闇雲に緑を枯らし続ける『何か』も、少女と同じ、導かれざる迷い子であるように、フィリアは感じた。わからないのだ。自分に、できることも、なすべきことも。だから、奪い、壊すしかできないのだ。
2014-09-30 11:19:58あたたかい雫が、ぽたりぽたりと緑に落ちる。フィリアはそれを拭ってやりたいと思った。女の身体が、緩慢に腕を動かす。けれどその先に、手はなかった。 【萌芽】している。“種”の形は、失われていく。一度芽吹いた“種”は、二度と元には戻らない。緑(フィリア)は引き裂かれ、土に還されていく。
2014-09-30 11:20:09細い蔓の先が黒いドレスを這い上がり、少女の濡れた頬を優しく撫でた。少女の鼻先で小さな蕾が膨らんで、弾ける。可憐な花が、赤子をあやす親のように、顔を見せる。 「シルウィスは、優しかった。豊かで、綺麗で」 今はもう失われてしまった、緑の森を想う。魔王が壊してしまった、故郷の想い出。
2014-09-30 11:20:26