四大聖戦:第一戦闘フェイズ【海沈船の間】

抗いしは華夏の勇者 @KaKa_Mater 対するは八衢の魔王 @yatimata_4
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華夏の勇者 @KaKa_Mater

華夏は、海を知らない。こんなにも広い空と、開けた視界と、大きな水溜りを見たことがない。足の下に大地がない場所は、河に架かる橋の他に知らない。傾いた甲板の上、フィリアはたたらを踏んで、体を支えようと船縁を掴んだ。 「――ッ」 凪いだ水面は遥か下方、淀んだ色の果ては見えず、目が眩む。

2014-09-28 19:02:18
華夏の勇者 @KaKa_Mater

ざあっと耳の奥で音が鳴る。血の気が引いて、よろめく。落ちるよりはましと思ったのか、船縁から手を放してへたり込んだ。狼の足取りが確かなのは、実体がないからか、四つ脚ゆえか。 這いずるようにして船室の外壁へと寄り、呼吸を浅く詰まらせながら、高鳴る胸を押さえる姿は、勇者の像から程遠い。

2014-09-28 19:03:04
華夏の勇者 @KaKa_Mater

武を示す剣も、魔を示す道具も持たず、くたびれて汚れた継ぎ接ぎのドレスを着た、貧相な小娘。今日(こんにち)、荒廃した世においても、ここまで見窄らしいものは稀だ。女神は何を思い華夏を選んだのか。魔王はこれを見て、何を思うか。

2014-09-28 19:03:40
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

扉を開けた先は中空。少女の裸の足が踏んだのは、幅の殆どない円形の木。 「ふわぁ!」 ぐらり。少女の身体が傾ぐ。 ——少女は落ちる。 ——【変転】する。 ——少女は落ちない。 「うん、しょ、」 少女は器用に姿勢を正す。さわり、さわり。白い髪が風に揺れる。黒いドレスが風に揺れる。

2014-09-28 20:11:34
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

にこにこ、にこにこ。少女はご機嫌。右を、左を、上を見て。一面広がる青、青、青。ぱちり。両目を瞬き、下を見て。 「ここなぁに?」 首を傾げる。 「『此処は船。お前が立っているのはマストの上。下に降りると良い、愛し子よ』」 少女の口が動く。少女のものではない重々しく禍々しい声が響く。

2014-09-28 20:12:37
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

ふうん。少女は瞬いて、足を踏み出した。 ——少女の身体は浮かない。 ——【変転】する。 ——少女の身体は浮く。 ふわりふわり。宙に投げ出された少女の身体はゆっくり降りる。ぺたり。甲板の上に立ち、身体を揺らす。ぐらぐら、ぐらぐら。足場はとても不安定。

2014-09-28 20:12:47
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

くすくす、くすくす。ゆれるのたのしい。少女は笑って、辺りを見回す。甲板、船縁、——船室の側。 「こんにちは!」 そうして見つけた女の姿に向けて、少女は元気にそう言った。

2014-09-28 20:13:31
華夏の勇者 @KaKa_Mater

声は頭上から聞こえた。幼い声はよく通り、何ものにも遮られることなく華夏の耳に届いた。はっとして見上げれば、太い柱の上、小さな足場の上に、風もないのに揺れ動く黒い衣と白い髪。 「魔王……あれが……」 空中に身を躍らせたその小さな姿は、舞い落ちる木の葉よりもゆっくりと降下する。

2014-09-28 22:59:12
華夏の勇者 @KaKa_Mater

そうして面白がるように、不安定な足場を揺らす。水に浮いているだけの船体はぐらぐらと、甲板で腕を突っ張るフィリアを嘲笑う。 マテルにフィリアを気にした様子はなく、ただ降りてきた魔王を見つめている。小柄なフィリアよりも小さな、まだ幼さの残る少女だった。額の角は人ならざる者である証か。

2014-09-28 22:59:32
華夏の勇者 @KaKa_Mater

掛けられた、弾むような声に、フィリアは身構える。ぐらぐらと揺れる甲板。魔王のように浮き上がる力などはなく、斜めの足場を滑り落ちないことが精一杯だが。 「……あなたが、魔王なの?」 細く消え入るような声を、精一杯強く張って、問いかける。 「精霊を奪って、シルウィスを枯らした……?」

2014-09-28 22:59:47
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

「うん!まおうだよ!」 女の声に、少女はニコニコ。ふふんと胸を張る。船が揺れる度に白い髪が、黒いドレスが揺れる。ふわり、ふわり。ぱちり、ぱちり。目を瞬いて。 「せーれー?しるうぃす?からした?」 少女は不思議そうに首を傾げる。精霊。シルウィス。枯らした。

2014-09-28 23:32:46
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

うーん、うーん。少女は顎に指を当てて考えてみる。けれど。 「……なんのこと?」 考えてみても、何も分からない。 当然だ。その少女は知らない。何も、何も。 少女が欲しかったのは甘いお菓子と美味しいケーキ。それから友達。 王様になればそれが得られると安直に考えた少女は、何も知らない。

2014-09-28 23:32:50
華夏の勇者 @KaKa_Mater

「知らない?」 とぼけた様子でもなく首を傾げる様に、眉を顰める。華夏にひとの心はわからない。ひとに似た姿の魔王のそれも、やはりわからない。きっと、今自分がどんな顔をしているのかも、知らない。僅かに細めた目が、ぎらりと剣呑に光る。 「あなたは自分が何をしたのか、知らないの」 怒り。

2014-09-29 00:10:18
華夏の勇者 @KaKa_Mater

揺れる甲板に手をついて、自分の体を支えるだけで精一杯の有り様で、それでも魔王を睨みつける。かつてシルウィスが湛えていたのと同じ緑色が、血のような赤色と向き合う。 「魔王が精霊を奪ったせいで、シルウィスの木は枯れてしまった。獣たちは飢えて死んでいった!」 ぎり、と爪が甲板を掻く。

2014-09-29 00:10:29
華夏の勇者 @KaKa_Mater

「ファミリアは、生きるために、ひとの縄張りを侵さなければならなくなった」 訴える声は激昂して震え、甲高い鳴き声のように響く。 「そうしてみんな、殺された! あなたたちのせいで、あたしのファミリアはみんな死んでしまった!」 鳴き声――泣き声。緑の瞳から雫が零れ、頬を伝い落ちていく。

2014-09-29 00:10:44
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

女が激昂する。甲高い鳴き声だ。ぱちり。少女は目を瞬く。 「……?おこっているの?」 少女には女が怒る理由が分からない。木が枯れた理由など知らない。獣が飢え死んだことなど知らない。おろおろ。少女は困った顔をして、瞳を潤ませる。 「どうして、」 怒られるのは怖い。嫌われるのは怖い。

2014-09-29 00:42:59
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

正対する女の緑の目から涙が零れる。少女の目からも、涙が零れ落ちそうになった。 瞬間。 ——【変転】する。 「『我が愛し子のせいと泣くか、勇者よ』」 悍ましい声が響く。地を這うような声だ。少女の赤い目が残虐な光を放つ。 「『精霊が力を奪われたのは、精霊が弱かったせいだ』」

2014-09-29 00:43:06
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

「『お前を選び出した女神が、お前らを守ろうとしなかったせいだ』」 表情は無い。無表情で、少女は——否、『八衢』の魔王は女を見る。 「『理不尽に奪われるのは我ら魔の者も同じ。我が愛し子が生きゆく為に、精霊を殺すことは必要な通過点だった。まあ、お前には関係のないことだがな』」

2014-09-29 00:43:14
華夏の勇者 @KaKa_Mater

勇者と呼びかけられれば、フィリアは赤い髪を振り乱して強く首を振る。 「この言葉はあたしのものよ! この気持ちはあたしのもの! 女神の勇者じゃない。マテルのフィリアとして、ファミリアとともに生きた、あたしの悲しみよ!」 言い募ろうとするフィリアの眼前を、マテルが身体で遮る。

2014-09-29 10:37:29
華夏の勇者 @KaKa_Mater

機微に疎いフィリアは、魔王の露骨な変化にさえ気づいていなかった。視界を遮られてようやく、冷静になる。その意味を考える。 「女神のことは知らない。あたしたちは、女神に何も差し出していない。シルウィスを加護していたのは精霊で、ファミリアが聴いていた声はそれだけ」

2014-09-29 10:37:42
華夏の勇者 @KaKa_Mater

ごしごしと腕で目を擦る。感情を押し殺すように、声を低く抑える。唸るように。 「女神があたしたちに何かをしてくれる理由はない。だからあたしは、女神を恨まない」 考える。マテルの言いたいことは何か。目の前にあるのが、何なのか。 「……あなたは、その娘(フィリア)の、母(マテル)?」

2014-09-29 10:37:52
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

女の言葉を、ただ黙って聞いていた。否定する気もなければ、反論する気もない。議論の余地があるとは、『八衢』は思わなかった。 赤い目が、瞬く。 「『娘の母か、か。そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。もしもお前が、愛し子を守る者が母と呼ぶのなら、そうなのであろう』」

2014-09-29 12:12:55
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

赤い女と、その前に立つ狼の姿。同じ姿ではないけれど、きっと、あれらは母娘なのだろう。 『八衢』は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「『我は我が愛し子の平穏を望む者よ』」 赤い目が瞬く。その目は凪いで、感情を見せない。白い髪が波打ち、黒いドレスが波打つ。ギチリ。少女の背中で嫌な音が鳴った。

2014-09-29 12:13:21
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

「『心は魔の者らにもある。我が愛し子も例外ではない。虫も殺せぬ、優しき子よ。だと言うのに、精霊の加護する者らは愚かしくもただ恐れ、厭い、我が愛し子を虐げた。世界が変わらねば、悲しみ、苦しみ、嘆く、ただそればかりで我が愛し子は死ぬ』」 ギチリ、ギチリ。肉を引きちぎる音がして。

2014-09-29 12:14:13
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

「『ならば、魔王となり、君臨するより他にはあるまい。たとえ世界の調和を破壊することになろうとも』」 少女の背を裂き、二本の巨大な腕が現れる。ドラゴンのような鱗を持った、五本指の腕。その鋭利な鉤爪が、獲物を探すかのように、揺れる。

2014-09-29 12:15:38
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