ストレイトロード:ルート140(8周目)
- Rista_Bakeya
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白いボールが広場の中心に解き放たれると、藍が先陣を切って飛び出し、地元の子供達が後に続いた。ボールを蹴って運ぶ。時に味方の足も蹴る。声を掛け合う姿を見れば、誰もが真剣に楽しんでいると解る顔をしていた。余所者が入ってきたというだけで揉めたのが嘘のようだ。もう余計な心配は無用だろう。
2014-09-19 20:06:49「想像してみて。貴女が気紛れに起こした風が何を壊して、どれだけの人を苦しめたか」藍の耳元で女が囁く。止めようにも私は拘束され動けない。床から見上げた魔女の顔は恐れどころか穏やかな様子に見えた。「考えなくても分かるわ。人間がやることなんて全部同じなんだから」燭台の火が一斉に消えた。
2014-09-20 21:28:33信号待ちの途中、窓越しに声援を聞いて外へ目を向けると、河原を凧が走っていた。糸を掴んだ子供の後ろを低空飛行する姿が見える。力任せの往復を眺めていた藍が気だるそうに言った。「ほら、青信号よ。行って」車が走り出した直後、道路脇の街路樹が強い風に揺れた。遠くから歓声が聞こえた気がした。
2014-09-21 21:29:46私が食後のコーヒーを入れる間、藍は助手席で今朝買った新聞を広げていた。「あなたは自分の長所って言える?」投書欄に同世代の声を見つけ、その主題が気になったらしい。「咄嗟には出て来ませんね」「その固い頭もある意味良い所だけど」カップを受け取った藍が列挙する自身の長所に私は耳を傾けた。
2014-09-22 19:15:26村の家畜を怪物から守り通した夜。疲れた藍が宿で一眠りする間に、彼女の父親から電話がかかってきた。娘の近況を聞きたがる親へ私が正直に答えていると、後ろから突然肩を掴まれた。「何か告げ口してるんじゃないでしょうね」人の形に膨らんだ毛布が立っていた。精一杯の背伸びに震える足首が見えた。
2014-09-23 20:56:40藍は何かの野望を抱いた頃から家事を学び、一人旅立つ準備をしてきたという。しかし親が娘の目論見を甘く見たのか知識は軽い手伝い程度。私は様々なことを教え直してきた。「わたし本当に何も知らないのね」藍は手垢まみれの端末を布で磨いた。が、汚れを逆に塗り広げてしまい、無言で私に背を向けた。
2014-09-24 19:42:42丘の上からは高い建造物が密集した街の全域を見渡せた。かつて人間が築いた灰色の雑木林は今や怪鳥達の集合住宅だ。「あなたも探して。どこかにピンクの羽のが隠れてるはずなの」双眼鏡を構える藍にとって、都会という言葉は本来と違う意味だろうか。建物の最上階にまで人がいた時代を彼女は知らない。
2014-09-25 19:12:05パンクしたタイヤの交換を一人で、しかも徹夜明けの体に鞭を打って進めるのは無理があったらしい。いつの間にか私は壁にもたれて眠っていた。顔を上げると、藍がカメラを手に見下ろしていた。「じっとしてて」レンズが向く方を見ると、数匹の猫が私の足元に寝そべり寛いでいた。「すっかり懐かれてる」
2014-09-26 19:20:22山を越える途中、清流を見つけた私達は水を汲むついでに休憩を取ることにした。藍は何かの木を見つけ、果実をもぎ取って持ってきた。「それは食べられるものなんですか」「多分大丈夫」ためらうことなく一口。しかし青い実は苦味が強かったらしい。藍の表情が急に曇り、それから顔を覆って下を向いた。
2014-09-27 20:26:00140文字で描く練習、372。苦味。 知らない植物を調べもせず食べるのは危険です。勘に頼るのはもっと危険です。
2014-09-27 20:26:40山を越える長旅を終え、ようやく辿り着いた村の宿で私達を待っていたのは、山積みの洗濯物との闘いだった。自分の服を片付けてから藍を見ると、雑な縫い目が目立つ上着を握りしめて眠っていた。確か数日前に森の中で破いたと嘆いていたものだ。私は努力の跡を見なかったことにして、藍を揺り起こした。
2014-09-28 19:28:27路地裏を抜ける途中、藍が足を止めて倉庫の壁を指した。「これ、わたしたちの車ね」見覚えある車体の写真は燃費の向上を謳う新型車のポスターだった。躍る言葉に遠い時代を感じる。「書いてあること今の広告と同じじゃない。昔の車ってどれだけ酷かったの?」愛車の燃費は今の水準でもさほど悪くない。
2014-09-29 19:51:32怪物に人間の領分は関係ない。気紛れに荒らした集落で争いが起きる頃にはもう巣の中だ。私達が道中で見かけた人々は、守られた僅かな蓄えの前で互いを罵っていた。「あれって」藍の一声に私は危険を感じ、その口元に耳を近づけた。「誰のせいでもないのよね?」小声でなければ怒りが飛び火しただろう。
2014-09-30 19:45:27