五大聖戦:第一戦闘フェイズ【第一の扉】

──激突するは華夏と赫焉。
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【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

土波に乗り迫る勇者らしくない勇者を、焼けた男を、何の感慨もなさげに魔の男は出迎える。掴もうと伸ばされる手も、避けようとはせず。 害虫程度にしか思っていなかった勇者に対して、何をしてやっているのだろう。自分の思考と行動がかみ合わないことに、内心首を傾げながら。

2014-10-30 15:57:55
華夏の勇者 @battle_atom

伸ばした手は、そのまま魔王の黒い外套を掴む。引き倒す様に、半ば倒れこむ様に。男はそれを掴んだまま、地へと落ちた。 ぐしゃりと身体の下で音を立て折れる草が煩わしい。 けして手を離さぬよう、強く強く黒を握りしめたまま。男は焼けた喉に空気を通した。

2014-10-30 19:30:56
華夏の勇者 @battle_atom

「…さいしょ、に、…俺が、勇者か勇者でないかという話をしたな。」 嗄れた声。それは、酷く聞き取り辛い。 「……今さら、それに答えるとするなら、答えは否だ。こんな無様な勇者がいるもんか」 魔王を目の前にして腰が抜ける勇者など、とんだお笑い草だ。 自嘲するように、男は笑う。

2014-10-30 19:33:39
華夏の勇者 @battle_atom

「…俺は怖いんだ。死が怖い、期待が怖い、負ける事が怖い。…仲間にいくら後押しして貰ったって、今も足の震えがとまらない、情けねぇ野郎なんだ」 とんとん。とんとん。 まるで扉でもノックするかの様に、男は義手で地面を叩く。 臆病な己の背を押してくれた勇者達に、心の中で詫びながら。

2014-10-30 19:34:28
華夏の勇者 @battle_atom

「…でも、怖いのと、出来ねぇのは別だろ?」 ぐず、ず、ずず、と。地中で何かが蠢く音が響く。 怯えたままの、けれども何か決意を固めた目で、臆病者は魔王に告げた。 「俺は、絶対にこの手を離さない」 「…持ってきた酒も、もう底を着きそうなんだ。遊びはそろそろ終いにしようぜ、魔王さんよ」

2014-10-30 20:50:37
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

「は、はは、どうりで。遊びだったわけだ。足元を這う虫をいたぶる幼子の戯事に過ぎなかったわけだ。今までは」 そんなはずはない。それまでの男は間違いなく、数少ない小袋を惜しまず使い勇者の殺害を試みていた。 ほんの僅かな対話の中で、自身さえ知らぬまま生まれた感情の名を、男は知らない。

2014-10-31 08:38:02
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

「離さぬつもりでいるなら、離さぬままでいるがいい。私とて、安全に扱える炎はもう残り少ない」 残り少ないどころか、外套の中に収められた小袋はあと一つしかない。掴まられている外套の中から、最後の一袋が取り出され塵と化す。発生する熱に呼応して、異形の腕の赤と外套の紋様の赤が明滅する。

2014-10-31 08:38:12
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

倒れ伏す勇者に、見せつけるように。さらさらとこぼれ落ちていく元は小袋だった塵を撒いて。 「終わりだ」 自身と、外套と。火傷することなど意に介さず、自分ごと発火。

2014-10-31 08:38:15
華夏の勇者 @battle_atom

ーースタハーノフの奴が勇者に選定されたらしい、神殿から書状が届いたとか ーーそれが本当なら大した名誉だが、あいつは確か、もう2年は寝込んでるじゃないか ーー最近はまた歩ける様になったみたいだから、問題ないだろう ーー労働英雄様の御復活か、ありがてぇや。奴が働いてくれりゃあ村が潤う

2014-10-31 15:31:58
華夏の勇者 @battle_atom

ーーしかも今回は女神様直々のお呼び出しだろ?うちの村から出たとなりゃ、村に箔が付く。国からの扱いも良くなるんじゃないか ーーまぁ、選ばれたのが俺じゃなくて良かったよ。あんな、半分死にに行く様なもんだろう ーー勇者様には、また頑張ってもらわなきゃならねぇな。村の為にも、国の為にもだ

2014-10-31 15:32:05
華夏の勇者 @battle_atom

(…ふざけるな。俺は英雄でも、勇者でもねぇ) 聞こえてきた幻聴に、映る走馬灯に、眉を潜める。 人間、そのちっぽけな体に背負えるものなど高が知れている。村も、国も、世界も、男ははなから背負う気などなかった。彼が守りたいのはいつだって、己にとって真に大切な、僅かなものだけだったのだ。

2014-10-31 15:32:50
華夏の勇者 @battle_atom

それなのにいつの間にか、彼の知らない所で、背負わなければいけないものが増えていく。背負いきれなくて、守っていた大切なものが次々と手から零れ落ちる。男が本当に恐れていたのは、それだった。 「…俺は、臆病だからさ」 小さく、漏れる声。 魔王が放った火を避ける術は、男にはなかった。

2014-10-31 15:33:07
華夏の勇者 @battle_atom

全身が焼け、爛れ、炭と化していく。遠退く意識の中、それでも男は手を離さなかった。 「怖くて、一人じゃ死ねねぇんだ。……悪いけどあんた、この虫ケラと一緒に死んじゃくれねぇか」 全てを背負い切れないなら、必ず何か捨てねばならないなら。答えは単純だ、自分と言う存在を切り捨てればいい。

2014-10-31 15:33:26
華夏の勇者 @battle_atom

それ以外の全てを背負いきって、生ききればいい 。 それは、英雄でもない、勇者でもない、エゴール・スタハーノフという一人の男の、精一杯の選択だった。 一定間隔を開けて、自分達を囲む様に土層の柱が上がる。円柱達はその中心を向けて、崩れ落ちる様に、重なる様に、重い身体を横たえていった。

2014-10-31 15:33:39
華夏の勇者 @battle_atom

(…生きて帰れりゃ、格好もついたんだろうが) 臆病な自分には、この程度がお似合いだろうかと男は笑う。 自分の死は確実だが、魔王は違う。 最善手で相手の死を確信出来ない、勇者としては余りにも落人だ。 (……ごめんな、父ちゃん、やっぱ格好悪いな) かくして、男の意識は暗転する。

2014-10-31 15:34:34
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

こんもりと、異様な小山をつくった土塊のてっぺんから、腕が飛び出した。溶岩めいた黒く凹凸の多い形。マグマのように走る赤いライン。次いで、肩、頭と土に汚れた身体が這い出てくる。 勇者の最期の一撃も、魔王を仕留めるには至らなかった。

2014-10-31 17:22:40
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

ただ、一時でも窒息に近い状態になった男の意識ははっきりせず揺れていたし、晒されていた袈裟懸けの傷は土に汚れてじくじくと痛んだ。 全身を引っ張り出し、土塊の山から下りていく。 数歩進んでから山を振り返って、外套がないことに気づいた。

2014-10-31 17:22:53
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

「……離さなかったな」 先の言葉の通りに。 ――自身を、臆病者だと繰り返していたが。 「貴様がまことに臆病者であったなら、ここまでの気概は持つまいよ」 扉が現れていた。おそらく、勝者にしか開かないもの。 扉の前まで近づいていき、開く前にもう一度振り返った。

2014-10-31 17:23:03
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

青と緑の鮮烈なコントラストの中に、勇者と魔王、双方が残した爪跡がある。戦いの痕跡。その中でも目を引く、たった今抜け出てきた墓標のような土塊に目をやった。 作り物めいた美しさの中に、生々しい穢れを落としている。

2014-10-31 17:23:13
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

ふと、足元に生えた草々を引きちぎった。引きちぎった傍から塵に変える。使い慣れない燃料は調節に苦労するが、今に限ってそれは気にすることではない。質量を何倍もの熱量に変える。質量保存の法則さえ捻じ曲げて。 変えられた熱は、そのまま世界に放たれた。爽快な青空に紅を映し出す業火を見送る。

2014-10-31 17:23:27
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

息を吸い、声を張り上げる。袈裟懸けの傷が、痛む。 「私は赫焉の魔王、セティオ。かつては人であったもの。既に私は人でなく、また人であった時の記憶も遠い。どこまでも人らしくあり、また私の『ヒト』を呼び起こしたお前を、私の『ヒト』をもって弔おう」

2014-10-31 17:23:40
【赫焉の魔王】セティオ @Cettio_FHW

執拗に着込み続けてきた黒地に赤の外套は、人であった時から持っていた唯一の品だった。それも共に焼いてしまうことで、勇者とともに「人間のセティオ」を葬る。 「これで、孤独ではなかろう」 『魔王』の背は扉の向こうに消える。

2014-10-31 17:23:43