「アクティブラーニング」は、無能教師を増殖させる。子どもももちろん無能になる。

学び合い、協同学習、反転授業、そしてアクティブラーニング。精神活動と身体活動を混同し、がやがやと話し合っている児童生徒の身体活動っぷりを見て教師が自己満足しているだけの、最悪の授業形態。(ツイートを随時追加しています)
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福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

しかし文科省が言う思考力判断力を意図的に育てるには、「休み時間」のままでよいはずがない。

2016-01-06 15:43:00
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

意図的に与えられた知識技術によってでなければ、思考力判断力など育たない。

2016-01-06 15:44:58
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

休み時間にただ遊ばせていれば体が育つというのなら、体育の授業は要らない。しかし、体育の授業は存在する。なぜか。

2016-01-06 15:46:25
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

教え与えて初めて育つ技術があるからだ。他教科も全く同じ。

2016-01-06 15:47:13
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

「教えない」ことを崇拝する教師のもとで、子どもの持つ本来のアクティブさが開花することはない。

2016-01-06 16:01:57
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

アクティブラーニング推進派教師にとっての理想は学校(=積極教育の場)の解体なんだろうから、そうすればいいのに。せめて教師をやめればいいのに。公園かどっかでアクティブな子どもを眺めて微笑んでればいいのに。

2016-01-06 16:46:03

その後、さらに追加。

福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

それにしても授業記録が生きている。どの問いで誰がどう間違えたのか。あるいは正解したのか。主要な問いに関しては、それが全て残っている(記録は授業中につけている)。だから、数カ月前の授業中のリアルな様子を、今でも再現できる。

2016-02-22 01:55:45
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

ちなみにアクティブラーニングにはそういう記録がない。ほんとに信じられない。評価というものを、単元ごとにしか行わない市販業者テストの成績とイコールでよいと思っている。とんでもない。評価というのは、まず授業中の即時個別評定を基準に行うべきもの。一定期間ごとのテストの結果はその次の話。

2016-02-22 01:58:58
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

まして、自作したわけでもない(=実際の授業と関連性の薄い)市販業者テストなんて、何の意味があるというのか。

2016-02-22 02:00:01
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

話し合い・学び合い・教え合い活動、あるいは、なべてグループ活動というのは、その最中に個別評定のための記録を取るのはほぼ不可能。全グループにビデオでも設置しない限りは。たとえ教師が巡回しても、ある子を見ている間、他の子には背を向けることになる以上、大切な発言を聞き逃すことなどザラ。

2016-02-22 02:04:49
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

そもそも「発言」が主体であるから、記録に残らない。

2016-02-22 02:07:45
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

「ここは逃してはならない」という評価規準を設定し、一斉指導の形で授業する中で個々に思考させ=記述させ(いきなりの挙手発言もダメ)、個別にノートを持ってこさせて全員をチェックし、その都度その場で評定を与え記録する。発言は、そのあとでさせる。これが、基本的な即時評定の在り方。

2016-02-22 02:09:37
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

なお、ふくしま国語塾における国語指導と一般的な進学塾における国語指導の違いについて、こちらに書いています。ご参照あれ。 yokohama-kokugo.com/kokugo-ryoku.h… 学校(のアクティブラーニング)との比較ではないけど、大いに参考になるでしょう。

2016-02-22 02:11:38
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

アクティブラーニングの批判をしている私のツイートを読むなどして、「福嶋というやつは、いわゆる〈詰め込み〉を唱導しているヤツなんだろう」と思う人がいるかもしれませんが、全く違いますよ。勘違いしないでくださいね。

2016-02-22 02:13:27
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

知識の「詰め込み」という表現の危険性について、考えてみた。 - Togetterまとめ togetter.com/li/769404 @togetter_jpさんから

2016-02-22 02:13:59
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

週刊ダイヤモンドが塾・教育の特集だったのでKindleで買って読んでいるが。都立桜修館の数学アクティブラーニングが紹介されている。うわーもう、典型的な問題解決型学習。横浜市小学校の算数みたい。最悪最低ですね、このとおりなのであれば。

2016-03-01 02:45:42
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

正八角形の対角線の数(の数え方)を「考えさせる」。グループに分かれ、ホワイトボードを手に解き方を議論する。その後グループごとに発表する。ありがちすぎて泣けるわ。これを「論理学習」と呼ぶそうな。なんでじゃ(笑)

2016-03-01 02:49:19
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

「原理(公式)」を自ら発見することにばかり価値を置く算数数学の授業というのは、その原理を「活用」する練習に時間をかけられない。結果的に、宿題になる。最も肝心な部分が。

2016-03-01 02:50:46
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

なぜ、「活用力を高めること」より「原理を発見すること」のほうが優位なのか。その根拠はどこにある?

2016-03-01 02:51:57
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

先人は、原理の発見に時間を費やした。現代人が、またそこに時間を費やしてどうする? 原理は短時間で学べばよい。先人が発見してくれた原理を「活用」し、より新しい原理を見つけるべく前進することこそ、現代人に課せられた使命だろうに。

2016-03-01 02:54:10
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

国語でも全く同じこと。算数数学で子どもに公式を発見させようとする授業は、国語で子どもに文法を発見させようとするのと同じく、無理難題であり、同時に無駄である。時間が無限にあるのなら話は別。でも、時間は有限である。こと学校においては。

2016-03-01 02:56:39
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

「アクティブラーニングは昔から行われている」というのは、よく現場で言われていることだろう。それは事実である。昔から、このろくでもない授業法(というより非授業)が、続いているのだ。

2016-03-01 02:58:12
福嶋隆史@ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo

私が10年前までの5年間に小学校で見続けてきた最悪な授業が、いまも行われている。しかも、賞賛されながら。ほんとに、寒気がする。

2016-03-01 03:09:51