オバケのミカタ第二話『オバケのミカタと川獺』Aパート(1/2)

第二話Aパートです。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「まあ、とにかくうちでは気ぃ使わなくていいから。お母さんはまず明るいうちは帰ってこないし、お父さんはうちで仕事してるけど、こっちはこっちで部屋から出てこないから」「はあ、なるほど。お父様は何をなさってる方なんですか?」「んー、漫画家」「ハイ?」 #OnM_2 47

2014-12-06 23:05:06
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「だから、漫画家」「ハイ?」マコトは瞳をぱちくりさせた。「……マンガカって、そのう、絵とお話が一緒になった、コマ割りとか吹き出しとかのある、アレを描いておられる」「あたし他に知らないなあ」神奈はやや鼻白んだ。親が漫画家だと言うと、誰もがこうやって大げさに驚く。 #OnM_2 48

2014-12-06 23:06:18
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

その後続く質問もお決まりだ。「どんな漫画描いてるの?」有名な週間少年誌や、そこの看板作品の名を挙げて「○○に載ってる?」「○○みたいなの?」そして神奈が父の作品名を答えると、一瞬の沈黙の後、冷笑を浮かべながらこう言うのだ。「ごめん、知らない」 #OnM_2 49

2014-12-06 23:07:33
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だから神奈は先手を打ち、いささか攻撃的にまくしたてた。「『カミナリしげお』ってペンネームでさ。今Webに『コミックマクツ』ってのがあるんだけど、そこで描いてる。後は成人向け雑誌にちょくちょく……単行本は一冊だけ。まあ知らないと思」「カミナリしげお先生!?」 #OnM_2 50

2014-12-06 23:09:01
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フハッと鼻息を噴射しながら、マコトが物凄い勢いで突進してきた。壁際に追い詰められる。マコトは神奈の顔の両横にドン、と手を突き、逃げ場を封じた。「存じ上げてます! 私ファンです! 発表された作品全部読んでます!」鼻息が荒い。顔が近い。怖い。「え、あ、そう」 #OnM_2 51

2014-12-06 23:10:01
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「……本当に?」それでも神奈は懐疑的だった。娘の自分が言うのもなんだが、父の作風は女子高生が好んで読むようなものではない。マコトは頷く。「はい。確か半年くらい前、河童が出てくる読み切りを描かれてましたよね。あれが特に好きで」神奈はうなった。どうやら本当らしい。 #OnM_2 52

2014-12-06 23:11:14
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「……って、ちょっと待って。それ確か十八禁のやつ」「そうですが」神奈はマコトの鼻先に指をつきつけた。「……高校生」「あ」マコトはわざとらしく目を逸らした。「私、一級遅れで十八ですし……」「十八でも十九でも高校生は買っちゃいけないの! 描く方も困るんだから」 #OnM_2 53

2014-12-06 23:12:10
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「だってだって、上繁さんだって読んでるんじゃ」「読まないよ。あたしはただ、ネットで評判読んだりするだけ。その過程で概要をさ、ちょっと知っちゃうことはあるけど」「ええー?」「ふふん」神奈は微笑んだ。実態がどうであるかはまあ、お察しである。 #OnM_2 54

2014-12-06 23:13:59
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「ところで曲さん、いつまで立ち話する気?」「あっ」マコトはさっと手を引くと、顔を赤らめた。「すみません、つい興奮してしまって」「いいよ。お茶淹れるから。お菓子一緒に食べよ」「はい」立ち去り際、何気なく振り返ってみると、壁が二カ所、手のひらの形に陥没していた。 #OnM_2 55

2014-12-06 23:15:30
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紅茶を用意してリビングに戻ってくると、マコトはもう漫画に熱中していた。父の書庫から持ち出した、先月号の『ビビル』――ネルネ先生に没収されてしまったもの。「曲さん、お砂糖いくつ?」「はい」「……曲さん?」「はい」「聞いてる? 聞いてないよね?」「はい」 #OnM_2 56

2014-12-06 23:17:36
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はいじゃねえよ、と頭をはたこうとして手を伸ばしたら、即座に掴まれて極められて投げられた。背中からソファに叩きつけられ、神奈は目を白黒させる。「痛い……」「あ、あれっ? 上繁さん?」「何なのそれは? 当身技なの?」「すいません、つい条件反射で……」 #OnM_2 57

2014-12-06 23:19:06
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

ひっくり返った紅茶を淹れ直して戻ってくると、マコトは再び漫画に熱中していた。神奈はもう彼女との会話は諦めて、自分一人でティータイムを堪能することにした。マコトが持ってきたお菓子は結構な高級品で、値段に恥じぬおいしさだった。 #OnM_2 58

2014-12-06 23:20:42
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(もっと、色々……訊くつもりだったのにな)どうして高校生なのに文化庁の仕事なんかしてるの、とか。どうして女の子なのにそんなに強いの、とか……。神奈は、紙面に顔を埋めるようにして読者投稿ページを読んでいるマコトを眺めた。 #OnM_2 59

2014-12-06 23:23:54
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彼女をどう捉えるべきなのだろう。あの日、神奈を助けに来てくれた彼女――私はお化けの味方だから、と言った彼女は――神奈とは違う世界の住人のようだった。彼女は日常の中に突如として出現した非日常そのものだった。怖くもあった。けれどそれ以上に好奇心をかき立てられた。 #OnM_2 60

2014-12-06 23:25:03
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では、今の彼女は? ……確かに少し、いやかなり変なところはあるけれど、あの日のような異質さは感じない。と、雑誌が床に落ちた。見ると、マコトはソファに背を預けながら眠りこんでいた。寝顔はまるっきりただの女の子だ。 #OnM_2 61

2014-12-06 23:26:08
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彼女が昼間寝てばかりいる理由も、今なら分かる。きっと彼女は毎夜、お化けの味方として戦っているのだ――人知れず。だけどそれは、マコトが女子高生としての時間を丸ごと犠牲にしてまで、しなければならない仕事なのだろうか? 彼女の代わりはいないのだろうか? #OnM_2 62

2014-12-06 23:27:51
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

唐突に、『イヤンなっちゃう節』の着メロが流れ出した。マコトの頭が弾かれたように持ち上がり、懐から取り出したスマホを耳に当てる。「哀? ……はい、はい。……分かりました、すぐ行きます」彼女は立ち上がった。「お邪魔しました。私はこれで」「えっ……」 #OnM_2 63

2014-12-06 23:29:09
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

厳しく引き締まった横顔を見て、神奈は事情を察した。「また、戦いに行くの?」マコトは頷いた。寝癖で乱れた髪の間から、彼女の額をざっくり切り裂く古い傷跡が垣間見えた。「仕事ですから」「高校生なのに」「歳は関係ありません」 #OnM_2 64

2014-12-06 23:31:27
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「……分かんないな。お化けって、そこまでして守らなきゃいけないほど価値があるものなの?」「価値というのは相対的な概念ですから、一概にある、ないと言い切ることはできません。ですが、人間の生活――例えば衣食住を得るために必要か、と言われれば」「言われれば?」 #OnM_2 65

2014-12-06 23:32:07
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「お化けには何の価値もありません。お化けがいなくても人は生きていけます。――だから守るんです」神奈は狐につままれたような顔になった。マコトが笑った。「漫画と同じです。漫画がなくてもヒトは生きていけます。でも、漫画がない世界は、味気ないです」 #OnM_2 66

2014-12-06 23:33:39
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

マコトはリビングに面した戸を開けてベランダに出ると、手すりから身を乗り出して、下を見た。ここは四階だ。「音楽やスポーツも、基本的には同じですね。生きる上では無駄なこと。無駄がたくさんある――ということは、それだけ心が豊かだということです」 #OnM_2 67

2014-12-06 23:35:07
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

マコトは玄関から靴を取って来ると、ベランダで履き替える。「過剰に無駄を廃そうという思想の行き着く先は砂漠――心の砂漠です。心が渇いてしまった人はもう何も生み出せません。壊すだけ。奪うだけです。後は際限なく砂漠が広がってゆく」「……それが、戦争?」 #OnM_2 68

2014-12-06 23:37:06
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「そう。だから私は、戦争の敵で」マコトはベランダの手すりを握り。「お化けの味方なんです!」一息にそこを乗り越えた。下階のベランダの手すりを足場にして、さらに下へ! 神奈が慌てて身を乗り出したときにはもう、マコトは地上に降り立っていた。 #OnM_2 69

2014-12-06 23:38:14
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「……曲さん!」神奈は叫んだ。叫んでから、言うべき言葉を考えていなかったことに気づいた。「……また明日、学校で!」咄嗟にそれだけを絞り出した。マコトはこちらに手を振ると、風のように駆け出した。彼女の姿が建物の陰に隠れて消えるまで、神奈はその場で見送っていた。 #OnM_2 70

2014-12-06 23:39:31