ケンペイ天狗「ブラックジャケット・アンド・サイバーサングラス」

アナ・イゴール @KNPITNG

「曙、泣くな。私は大丈夫だ……」「なに、なんであたしの名前を呼んでるの？」その時、ケンペイ天狗は自分の体が急に浮き上がったような感覚を覚えた。「なにその怪我、アンタ死にかけてるの？」「曙……？」鈍くなった体の感覚が、暖かい手のひらの感触を捉える。　25 #ケンペイ天狗

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突然の身体が浮き上がる感覚にケンペイ天狗は目を見開く。目の前で薄い黒のポニーテールが揺れた。イマジナリーではない本物の艦娘、曙が彼の体を背負っていたのだ。「ドーモハジメマシテ、曙です。……なによ、べつに、このまま死なれるのも気分悪いってだけよ！」　26 #ケンペイ天狗

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「そうか、それは助かる……」「……フンッ！」そっぽを向く曙の背中の体温を感じながら、ケンペイ天狗は大人しく目を閉じた。急激に意識が遠のいていく。艦娘の身体に触れたのが、随分久しぶりに感じられた。　27 #ケンペイ天狗

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（「ブラックジャケット・アンド・サイバーサングラス」＃１、おわり。＃２につづく）　#ケンペイ天狗

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【ブラックジャケット・アンド・サイバーサングラス】＃２（togetter.com/li/760318 の続き）　#ケンペイ天狗

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酷く懐かしい声が聞こえたような気がして、ケンペイ天狗は目を開いた。見知らぬ天井。なにか夢を見ていたような気がするが、思い出せなかった。　01 #ケンペイ天狗

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「ドーモ、目を覚ましたかい」馴れ馴れしい声のアイサツにケンペイ天狗は身を起こし振り返る。ベッド脇には、痩せぎすで背の高い男が座っていた。表情を隠す極低透過率サイバーサングラスと黒いバイオ水牛革製ヤクザジャケットが、男の風貌を酷く胡散臭いものにしている。　02 #ケンペイ天狗

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「ドーモ、スズキ・ミッキーです。スズキと呼んでくれよ」「ドーモ……」ケンペイ天狗はアイサツを返そうとして言葉に詰まった。彼の記憶は壊れつつある。自分の名前すら思い出せないのだ。「……」「名乗りたくないなら別にいいぜお客さん」スズキはニイと笑う。「俺も偽名だ」　03 #ケンペイ天狗

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「それよりお客さん、酷い傷なんだ。起きない方が良い」スズキの言葉にケンペイは自身の脇腹を探る。包帯が巻かれ、赤黒い血は止まっていた。「丸一日寝てたんだ。曙の応急処置が良かったお陰だぜ、お客さん。」「曙？」ケンペイは昨夜の記憶を探る。行き倒れた自分を助けた艦娘。04　#ケンペイ天狗

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「こらクソグラサン！さぼってないで買い物―――」「噂をすればだ」スズキがニヤリと笑い出入口を指さす。ケンペイが目をやると、そこには薄い黒髪をポニーテールに束ねた艦娘が立っていた。「うえっ？もう目を覚ましたの？」曙はケンペイの顔を見るとバツが悪そうに立ち止まる。05 #ケンペイ天狗

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「ドーモ、曙＝サン、助かりました」まずケンペイが深々とオジギをした。「この包帯も、親切にしてもらって」「優しい曙がいなかったら死んでたかもってよ」スズキが冷やかすと、曙は頬を赤く染める。「べ、別にあたしは親切とかじゃ！それより寝てなさいよ、傷口が開くわよ！」　06　#ケンペイ天狗

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「ドーモ、だが行かなくては……」ケンペイ天狗は足を床に下ろすと、立ち上がろうとした。「な、なに言ってんのよこのクソ赤眼！土手っ腹に大穴開いてたのよ？それに、どこに行く気よ！」 「それは……」慌てて道を塞ぐ曙に、ケンペイは口ごもる。当然、行くアテなど無いのだ。　07 #ケンペイ天狗

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ケンペイは腹部からの苦痛に顔を歪めた。「言わんこっちゃない、事情があるのは分かるが」スズキが真面目な声で言うと、壁にかけられたケンペイの第二種軍装に顔を向けた。「お客さんは、提督なのかい？」「……記憶が無い。あるいは」思考に霞がかかり、ケンペイは顔を歪めた。　08 #ケンペイ天狗

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「なに？アンタ、記憶喪失？」「ならなおさら、ここでゆっくりしていくと良いさ。『急ぐなら橋を叩け』というコトワザもある」曙とスズキは交互に言った。「しかし、あまり世話になるわけには……」「大丈夫よ、傷が治ったらアンタにもココの手伝いをして貰うから」「ココ？」　09 #ケンペイ天狗

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「そう、ココ」ケンペイ天狗の疑問に曙は憤懣やるかたないと言った様子でため息をついた。「ここはスズキ・ミッキー廃兵院っていうの。ホント、ダサイ名前なんだけど」　10 #ケンペイ天狗

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―――――――――　　11 #ケンペイ天狗

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一時間後、扉に「ナウ」と銅製プレートが付けられた、ソファとチャブ、テレビだけの殺風景な広間で、ケンペイ天狗は何人もの少女と一緒にテレビを眺めていた。『ここで野党がドーン！ポイント倍点！』『モッサリ！モッサリ！』内容より視覚的刺激が重点されたニュース番組。　12　#ケンペイ天狗

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「あはははは」床に仰向けに寝転がった元艦娘の少女が、番組内容の半分も理解しないまま笑う。曙はその様子を見ながらソファの端で鼻を鳴らした。「ほんっとくだらない」「えー、おもしろいじゃん？」『クリスマス！だから政権交代！』ケンペイも無表情のまま画面を眺める。　13 #ケンペイ天狗

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「なんだお客さん、ニュースはお嫌いかい？」「ニュースだったのか。バラエティ番組だと思っていた」２杯の合成コーヒーを持ってきたスズキがソファーの隣に座ると、ケンペイは無表情のまま赤い目を彼に向けた。「テレビくらいしか娯楽が無くてね。我慢してくれ」 14 #ケンペイ天狗

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「どうだい、何か思い出したかい？」「いや……」 サングラス越しの目線にケンペイは首を横に振った。「まあ、焦らなくて良いさ。記憶喪失くらいウチにもいる。なあイムヤ？」「うーん」座布団を枕に寝転がりIRC端末をいじっていた娘が生返事をする。艤装の無い元艦娘。　15　#ケンペイ天狗

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ケンペイは渡された合成コーヒーに口をつけた。味はしない。どうやら彼自身の味覚が失われているようだが、どうでも良いことだった。「廃兵院と言ったが……」「スズキ・ミッキー廃兵院」スズキが声を落とす。「まあ、私営だがね。戦争で傷を負った艦娘を受け入れて暮らしてる」　16 #ケンペイ天狗

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「傷？艦娘の傷はドッグで」「身体はドッグで治るが、心の方はそうはいかないんでね」「心……」「まあ、あまり酷いのは病院に任せてるがね。戦えなくなった艦娘を食い物にする連中が余りに多いからな」ケンペイの脳裏に『元艦娘なので見た目がいい』の猥雑ネオン看板が浮かぶ。　17 #ケンペイ天狗

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スズキは携帯IRC端末に夢中のイムヤを指さした。「こいつは元々潜水艦娘の伊168。敵の爆雷を頭に食らって、記憶が飛んじまった。当然戦闘技術も忘れてお役御免。自分が誰も分からない状態でウチに来た」ケンペイ天狗は顔を歪める。白い肌に赤黒い血管が浮かんだ。　18 #ケンペイ天狗

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「そこで寝てるキタは元は軽巡北上。相方の大井を目の前で沈められてから水に浮かべなくなった。その後、解体された挙句マイコセニターに売られそうなところを引き取った」「ろくでもないよねーほんと」キタがひらひらと手を振る。「そして曙は……」スズキはそこで言葉を切った。19 #ケンペイ天狗

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「まあ、政府の方から補助金を貰って細々やってるよ」そう言い終えてスズキはコーヒーに口をつけると、盛大にむせる。「苦いなコレ！」ため息をつきながら曙が続く。「子供ねークソグラサン、……ッ！？何この苦さ！コーヒーひとつまともに淹れられないの！？このクソグラサン！」20 #ケンペイ天狗