ヘイトスピーチの法的規制の可能性について――児ポ法との比較を軸にして(金展克氏・青識亜論)

近年、盛んになりつつあるヘイトスピーチ(以下、HS)の法的規制問題ですが、表現の自由との衝突が問題となる点では、児童ポルノ法による漫画・アニメ規制と同種の構造を抱えています。 今回は、HS規制派の金展克氏と、この問題について規制反対派として議論を行いました。 途中で金展克氏が議論に参加できなくなったため、中座したままとなっていますが、先日、金展克氏からまとめのご許可をいただきましたので、まとめさせていただきました。 続きを読む
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金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue ブランデンバーグ基準については、米判例で示されたもので、国内では(多少ズレますが)明白かつ現在の基準がこれに倣ったもの、とされています。下級審では採用された例もある考え方ですが、最高裁で採用された事はなかったかと(←あったらごめん)。

2014-12-16 13:38:23
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 長くなるのではしょりますが、《差し迫った危険が明白に存在する場合にしか表現内容の規制は許されない》という違憲審査基準で、最も厳格な基準の1つだと理解されています。この点はご承知の通りかと思います。

2014-12-16 13:40:56
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 他方で、青さんがどういうモノを想定して論じられているか、私には全く解りませんが、いま議論されているHS規制について、以下述べます。

2014-12-16 13:42:41
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue まず、最初に見るのは人種差別撤廃条約4条になるでしょう。この点は論を待たないし、青さんご自身も、日本が加入しているこの条約を遵守すべきだと述べられてますね。ただ、ここには2つ《問題》あります。

2014-12-16 13:45:40

人種差別撤廃条約

(あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html

第4条

 締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。

(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。

(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。

金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 1つは、日本はこの4条に留保を付けてる点。勿論、留保を付けていても規制法を作るのは自由ではありますし、現実に沢山の国が《解釈宣言》を4条に付けていながらも国内でHS規制法を作っている現実はありますが。

2014-12-16 13:48:14

外務省:人種差別撤廃条約Q&A

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/top.html

Q6 日本はこの条約の締結に当たって第4条(a)及び(b)に留保を付してますが、その理由はなぜですか。

A6 第4条(a)及び(b)は、「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけるものです。
 これらは、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広い概念ですので、そのすべてを刑罰法規をもって規制することについては、憲法の保障する集会、結社、表現の自由等を不当に制約することにならないか、文明評論、政治評論等の正当な言論を不当に萎縮させることにならないか、また、これらの概念を刑罰法規の構成要件として用いることについては、刑罰の対象となる行為とそうでないものとの境界がはっきりせず、罪刑法定主義に反することにならないかなどについて極めて慎重に検討する必要があります。我が国では、現行法上、名誉毀損や侮辱等具体的な法益侵害又はその侵害の危険性のある行為は、処罰の対象になっていますが、この条約第4条の定める処罰立法義務を不足なく履行することは以上の諸点等に照らし、憲法上の問題を生じるおそれがあります。このため、我が国としては憲法と抵触しない限度において、第4条の義務を履行する旨留保を付することにしたものです。
 なお、この規定に関しては、1996年6月現在、日本のほか、米国及びスイスが留保を付しており、英国、フランス等が解釈宣言を行っています。 *

金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 2つ目は、4条はどんな内容をどう規制すれば良いのかイマイチよく解らない、という点。明確性に欠けるんですよね。青さんは、国内の侮辱/名誉棄損罪の条文は明確性は満たすと言われてますので、条約4条の表現でも十分と考えられてるかもですが。

2014-12-16 13:52:58
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 正直、条約4条だけだと、裁判所も、弁護士さんも、現場の警察も、運用がよくわからなくて困る、とボクは思います。なを、条約の規定が、国内でも管轄や手続、効果といった点が全て明確なら、そのまま執行できる場合があります。

2014-12-16 13:58:36
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue そうした性質を《自動執行性》と言ったりしますが、残念ながら、人種差別撤廃条約4条は自動執行性がありません。ですので、誰がどんな方法でなにをどう規制するのか、国内法で定める必要が絶対にある、ということになります。

2014-12-16 14:02:23
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue で、こういう不明確な状況だとナニか参照でるものを探すことになりますが、ここで2つを挙げます。A.ラバト行動計画、B.人種差別撤廃委員会の一般勧告35、の2つです。

2014-12-16 14:05:03
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue ラバト行動計画は、2013年1月に国連人権高等弁務官事務所が発表した年次報告の付録としてまとめたもの。様々な提言が書かれてます。各国の司法に対して、犯罪となるHSをどう判断するかについて、かなり具体的に書いてあります。

2014-12-16 14:08:00

ラバト行動計画

(翻訳)
http://www.beyond-the-racism.org/wp-content/uploads/2013/04/ded3a9da987e26787bdcbaa1229796e7.pdf

(原文)
http://www.beyond-the-racism.org/wp-content/uploads/2013/04/2d1c5b0ea9126e2ca6a30488525cfcb4.pdf

要約

国連人権高等弁務官事務所は、国民、人種又は宗教に基づく憎悪煽動の禁止について一連の専門家ワークショップを組織した。ワークショップでは、この問題に関する立法のパターン、司法実務、政策が検討された。この報告は、このイニシアティヴの諸結果を要約するものである。本報告は特に、2012年10月にラバトで開催された総括的専門家会議の詳細を提供する。ラバト会議では、専門家ワークショップの結論と提言がまとめられ、差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道の禁止に関するラバト行動計画が、専門家たちによって採択された。ラバト行動計画をこの報告の付録とする。

金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 一般勧告35は、人種差別撤廃委員会が2013年9月に配布したもので、いわば、人種差別撤廃委員会がオフィシャルに出した条約の解釈/運用についてのガイドラインみたいなモノ。4条について、やはり具体的に書いてあります。

2014-12-16 14:10:36

人種差別撤廃委員会 一般的勧告35 (2013)

http://www.hurights.or.jp/archives/opinion/2013/11/post-9.html

15.第4条は特定の形態の行為を法律により処罰されうる犯罪であると宣言することを要求しているが、その条項は犯罪行為とされる行為の形態に関する条件の詳細な指針は提供していない。法律により処罰されうる流布や扇動の条件として、委員会は以下の文脈的要素が考慮されるべきであると考える。

スピーチの内容と形態:スピーチが挑発的かつ直接的か、どのような形態でスピーチが作られ広められ、どのような様式で発せられたか。

経済的、社会的および政治的風潮:先住民族を含む種族的またはその他の集団に対する差別の傾向を含むスピーチが行われ流布された時に、一般的であった経済的、社会的および政治的風潮。ある文脈において無害または中立である言説であっても、他の文脈では危険な意味をもつおそれがある。委員会は、ジェノサイドに関する指標において、人種主義的ヘイトスピーチの意味および潜在的効果を評価する際に地域性が関連することを強調した16。

発言者の立場または地位:社会における発言者の立場または地位およびスピーチが向けられた聴衆。委員会は、本条約が保護する集団に対して否定的な風潮をつくりだす政治家および他の世論形成者の役割に常に注意を喚起しており、そのような人や団体に異文化間理解と調和の促進に向けた積極的アプローチをとるよう促してきた。委員会は、政治問題における言論の自由の特段の重要性を認めるが、その行使に特段の義務と責任が伴うことも認識している。

スピーチの範囲:たとえば、聴衆の性質や伝達の手段。すなわち、スピーチが主要メディアを通して伝えられているのかインターネットを通して伝えられているのか、そして、特に発言の反復が種族的および人種的集団に対する敵意を生じさせる意図的な戦略の存在を示唆する場合、コミュニケーションの頻度および範囲。

スピーチの目的:個人や集団の人権を保護または擁護するスピーチは刑事罰またはその他の処罰の対象とされるべきでない17。

16.扇動とは、特徴として、他の人に、唱導や威嚇を通して、犯罪の遂行を含む特定の形態の行為を行うよう影響を及ぼすことを目的としている。扇動は、言葉によるほか、人種主義的シンボルの掲示や資料の配布などの行為を通して、明示的もしくは暗示的に行われうる。未完成の犯罪としての扇動の概念は、扇動によって実際に行動が惹起されることまでは要求しないが、第4条に言及される扇動の形態を規制するにあたっては、締約国は、扇動罪の重要な要素として上記パラグラフ14にあげられた考慮事項に加えて、発言者の意図、そして発言者により望まれまたは意図された行為がそのスピーチにより生じる差し迫った危険または蓋然性を考慮に入れるべきである。これらの考慮はパラグラフ13にあげられた他の犯罪についてもあてはまる18。

金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue いまガラケーでリンク貼ったりできないんで、また夜にでも貼りますが、ラバト行動計画も、一般勧告35も、HSについての判断手法については、ほぼ同じ内容です。

2014-12-16 14:12:26
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue また内容を見て頂きたいトコですが、6つの要素(要件)から判断しろ、という事を書いてるのですが(一般勧告35は5要素に見えますが、別の段落で+1要素になってて、結局6要素です)、これは、ブランデンバーグ基準と比較した場合にどうか、です。

2014-12-16 14:15:10
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue ラバト/一般勧告35のどちらもですが、要素の中で《差し迫った危険性》を挙げてはいます。これは、おそらくブランデンバーグ基準をある程度踏襲したものでしょう。そして、更に、《発言者》や《表現の形式》などの5つの要素を《過重》しています。

2014-12-16 14:18:25
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue ですので、ラバト行動計画や一般勧告35が示しているHS規制のモデルは、ブランデンバーグ基準とは細部において異なりはしますが、これと遜色ない程度に厳格な基準を示している訳です。

2014-12-16 14:21:09
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 先ほど述べた通り青さんはブランデンバーグ基準に固執されてるように見えます。どういうHS規制法を想定して論じられてるか解りかねますが、現実に示されてる客観的資料からみてブランデンバーグ基準から大きくズレた内容にはならない話なんですが。

2014-12-16 14:26:06
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 最後に、1)の話の最後で留保した部分について述べます。ラバト行動計画/一般勧告35では、HS規制について、現実の社会実情を要素として考慮する事を示しています。ラバトだと《対象となる表現を政治的/社会的文脈に位置づけて》としてますし、

2014-12-16 14:30:16
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue 一般勧告35だと《社会的風潮》に照らして、と書かれてます。《いまのその社会に扇動による危険があるか》を具体的に見ろ、という事でしょう。HS規制法の議論は、こうした慎重さを伴っている訳で、これは1)で述べた《因果関係》とも関連します。

2014-12-16 14:35:05
金展克 ★No Pasaran★ @HeartRights

@dokuninjin_blue つまり、この社会が仮に日韓朝ちょー友好的で、ヘイトデモなんてなくて、って実情ならHS規制法の運用にも絞りをかけろ、という示唆。この様に慎重な規制内容が示されてる。因果関係が曖昧な児ポ法の議論とは、この点でも顕著に異なります。(了

2014-12-16 14:40:05
青識亜論(せいしき・あろん) @BlauerSeelowe

「表現の自由は、すべての意見に及ぼされなければならない……。それが、どんなに愕然とするようなものであっても、また、体制に敵対的なものであってもそうである。したがって、人種優越主義や全体主義の見解も、そこから除外されない。」 ――トーマス・エマーソン(米・憲法学者)

2014-12-16 21:01:43

トーマス・エマーソン

アメリカの憲法学者。代表的著作である『修正第1条の一般理論に向けて(The First Amendment and Ecomomic Regulation)』は、表現の自由の不可侵性を規定した米国憲法修正第1条に関する「今世紀最良の書物」と評されている。

この中で、エマーソンは表現の自由の価値を以下の4つと規定している。

個人の自己充足(individual self-fulfillment)をはかるのに本質的な手段であること

知識を高め、真理を発見するための本質的なプロセスであると言うこと

社会の全成員が決定に参加するという前提に関して本質的であるということ

④共同体の安定化に資するとともに、健全な意見の違いを維持しながら、必要な際に社会的同意を形成することができること

(奥平康弘『なぜ「表現の自由」か』p.18 「エマソンの原理論――出発点として――」を参照した)