詩小説「有名人になるためには、血反吐を吐いて1日1回やればいい」レッズ・エララ神話体系、ほうき星町シリーズ昔話
- modernclothes24
- 1573
- 1
- 0
- 0
そして、6日をかけて、熊の群をすべて弔った。少しの達成感はあっただろうか。しかしその達成感すら、すでにひとつの欺瞞なのだ。なにせまだ「紅葉」は枯れていない。ひたすらにこの山を支配する「怨」の声が、月読を始終苛む。まだまだ、まだまだ。まだまだ、いるぞ。躯は……腐りゆく躯は…… 22
2015-07-24 21:23:02そう、彼の逆走ルートは「どんどん腐っていく死体」を次々に見ていくルートであった。往けば往くほど腐っていく。仙人に師事していても、やはりまだ彼は人間であった。この臭さ、ぬめり、たかる蠅、蛆の群、淀んだ血、そしてぼろぅりぼろぅりと落ちる肉……骨……。23
2015-07-24 21:26:00ひとつひとつの「在りし命」を彼は埋葬していく。そのたびに「なにをやっとるんだ儂は」と思う。ただ襲いかかってきた獣を退治しただけじゃ、儂は。そこに何の問題がある……?
2015-07-24 21:28:03問題は、あったのだろう。さらに月読は思考する。修行のためとはいえ、儂がここに立ち入らなければ、場を乱すことはなかった。儂の魔力を見て獣どもが「防衛」を働いた、それは確かだ。獣はただその、群に対する義務……防衛本能でもって、戦った。ああ、よほど「戦士」ではないか。25
2015-07-24 21:30:08儂はどうした?それをあざけるように、呪殺一発で……。いや、手段の問題ではない。相手をどう思っているか、だ。--自然との一体、それが仙人、か……今や儂にとってそれはお笑い草だ。お笑い草な存在が儂なのだ。自然に対する敬意……ずいぶん口の端に乗せたものだ、儂も。26
2015-07-24 21:33:04そして月読は今日も埋葬する。1日、1体の獣の躯を。当然、腐っていく。より、1日ごとに、醜く臭く腐っていく。山はひどい有様だ。はやく、はやく、と、一時期は月読は思った。だから、大規模回復魔法をかけようとしたこともあった。ところが、なぜか魔法は発動・動作しなかった。27
2015-07-24 21:35:02どの魔法を使ってもダメ……ひとつ、思い当たる節がある月読だったが、それを振り切り、彼はとにかく、手仕事での埋葬を行うことにしたのだ。28
2015-07-24 21:38:03彼の「縛りプレイ」はまだ続いている。というか、縛りが増えた。魔法のレベルをある一定のところで収めておく、のはそのまま。そして月読は、未だ襲ってくる獣を、呪殺で片づけることなく、どうにかして知恵でもって、「あっちに行ってもらう」ことを考えるようになった。29
2015-07-24 21:40:03例えば、魔法で熟れさせた果実を、あちらに放って、自分は獣の躯を担いで逃げる、など。なぜそこまで自分はしているのだろうか、と月読はつくづく思った。でも、これが自分が決めたことなのだ。これが自分の責務なのだ、と。この山を陵辱した自分は、埋葬をしなければならない。30
2015-07-24 21:43:02雨の日はよりぬかるむ。血で塗れ、雨で塗れ、よけいに腐った臭いが立ちこめる。月読は真っ暗な林の中、獣を埋葬した。晴れの日はより臭いがすえて昇る。カッと照りし日光が獣の肉を焼く。そのたびに蠅が、鎖帷子(カタビラ)のようにまとわりつく。月読にもまとわりつく。苛むように……。31
2015-07-24 21:45:01地獄の1日1回(後)
詩小説、レッズ・エララ神話体系、ほうき星町シリーズ――「有名人になるためには、血反吐を吐いて1日1回やればいい」、 破「地獄の1日1回」(後)
2015-08-10 20:44:33歸去來兮(かへりなん いざ)、田園將に蕪れなんとす 胡(なん)ぞ歸らざる。既に自ら心を以て形の役と爲す、奚(なん)ぞ惆悵して獨り悲しむ。已往の諫めざるを悟り、來者の追ふ可きを知る。實に途に迷ふこと 其れ未だ遠からずして、覺る 今は是にして 昨は非なるを――陶淵明「帰去来辞」
2015-08-10 20:48:25すべての骸を葬る――その一つとして手抜かりなく。手抜かり……なんという増長だろう。月読は自らの衣がボロボロになるのも厭わず、ただひたすらに己が呪殺してきた獣たちをとむらっていった。それは偽善、それは傲慢。力ある者の手慰み。それは百も承知であった。33
2015-08-10 20:50:36来る日も、来る日も。来る日も、狂う日も。来る陽も、来ない陽も。狂う目も、来る日も。いつになっても救いはこない。 来る日も、来る日も。狂り狂いて、来る日は来ない、やがて陽は狂り、陽の目は閉じ。いつになっても救いはこない。34
2015-08-10 20:53:25やがて月読の身体は崩れていった。病が常になり、手は裂け、足は腐っていった。あの眉目秀麗は今いずこ、ほとんど骸骨に肉がついているかのよう。己は……屍体になってしまったのか。「もう儂はそうなのだろうな」久しぶりに紡いだ言葉は、ぽろぽろ落ちていった。36
2015-08-10 20:56:18ところで時間軸はちょっと替わる。 月読がここまでボロくならなんだとき、少女師匠が突然現れたときがあった。いきなり酒を月読に振舞った。物凄い美酒である。そこから夜まで延々宴会を催した。「なんでこの師匠はこのような宴を……儂はもう許されたのか?」と思った月読だった。37
2015-08-10 21:07:07さすがに何か肉を食うというわけにもいかなかったから、そこらの木の実を啄ばんで肴にし、とにかく呑んだ。呑んだ。久々にたのしみというものを得た――で、日付が変わる23:55分になって、師匠曰く、「じゃ、今日の修行がんばんな」突然消えた。「…………」瞬時沈黙し、「……!」気づく。38
2015-08-10 21:08:49「あと5分でこれから今日の分の行……弔いをはじめろと!」そんなバカな!とさすがに愕然とした。だが師匠がこのようなときで嘘をいうか?恐らくここでやめたら、破門であろう。一気に酔いが冷めて、物凄い勢いで今日の分の弔いをした。もちろん弔いになどなっていない略式である。39
2015-08-10 21:10:22そして気づく。そんな略式埋葬を善しとしてしまった自分に。師匠が来た、宴会をした、というのは、何の理由にもなっていないのだ。 そして時間軸は雨の腐った月読の今に戻る。恐らく……恐らく、意志の強さとも関係ないのだ。ひとつ決めたことがあるからには、身体崩れてもやるしかないのだ。40
2015-08-10 21:11:54時間は関係ない……あのとき、略式埋葬を後悔した。師匠だったら何という?「悔やむんだったら、次の日さらに精進しな」そのくらいだろう。だがそれが真実だろう。「決めたことだろが」はき捨てるようにして。そうだ、自分はその程度の存在なのだ、と今更。41
2015-08-10 21:13:38若き東洋魔術師の名声……紙吹雪……他者の時計と自分の時計の速さの違い……書物……痛めつける我が身……脳髄に刻み込む魔術の文言……達成したあとの行楽……たのしみ…… 彼の頭の中の時計の針が戻っていく。西洋式のその時計の針は、過去のあれこれを刺し、ひとつづつねじっていく。42
2015-08-10 21:15:49すべては無だったのか……無だとしたら、今やっているこの埋葬はなんなのか……。無……? それを判断できる位置にいるのか自分は……? やがて時の流れがゆっくりになっていく。季節が巡っていく。秋は捨てられるように過ぎ去り、冬の寒さ、血を流しながら…… 43
2015-08-10 21:17:28